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5、気配 2

 何だろう……。

 チックチックチックチック――――。

 ベッドの脇のカラーボックスの上に置いた目覚ましが、一定のリズムを刻む。今、僕の周りで一番高い音だ。

 その秒針の音に、何かをひっかくような音が混じっている。


 カリ……カリカリ……カリカリ……カリ……。


 まるで硬直した死体のように、僕は体の動きを止めたままで、その音を耳で拾おうと感覚を集中させた。

 体からねっとりした汗が滲んでくる。その音に恐怖を感じているのか、何かを感じ取っているのか、とにかく目の玉を忙しく動かして、耳を研ぎ澄ます。

 部屋を一巡して、僕はぼうっと輪郭を現す窓へ目を動かした。

 そこに、ひらりと動く影が映し出された。一瞬、体を固くして息を呑む。

「ニャ〜〜オ……」

 低い猫の鳴き声。どうもベランダにいるらしい。端部屋の老夫婦の猫のようだ。

「なんだよ。猫か……」

 緊張して、強張った体から途端に力が抜けた。さっきのひっかくような音は、猫がベランダで爪を立てていたのだろう。

「ふう……」

 幽霊の正体見たり枯れ尾花――――体を伸ばして、寝返りを打ちながら、川柳を呟いて溜息を吐いた。

 そんなに簡単に幽霊やお化けに遭えてたまるか。顔の向きを変えながら、布団を首まで引き上げ、今度はしっかりと目を閉じた。

 初めて過ごす夜だ。神経が過敏になっているのかも知れない。それに古くてお化けでも出そうだと、実は僕が一番そう思っているのだろう。

 案外臆病だと自分に呆れながら、僕はやっと眠りに就いた。



 次の日。目を覚ますとすっかり太陽は頭上にあった。

 誰にも起こされないという環境は、楽だが、一日の予定を台無しにしてしまう。12時を指している時計の針を、舌打ちして見た。

 まあ、もう一日、ゆっくり片づけをしようかと思い直し、まずは昼飯を買うために外へ出た。

 

 駅へ続くメイン通りには、両側にいろいろな店がある。真っ白な壁のカフェテリアや中華料理店、和風の暖簾が掛かった食事何処。ハンバーガーショップに小さなレストラン。

 食べるところには不自由しなくて良いようだ。勿論外食ばっかりはしていられないので、一番有難いのはコンビニが近い事だった。

 僕は、Gパンに片手を突っ込み、コンビニのガラスドアを開けた。

 そして置いてあるカゴを手に取ろうとしたとき、

「こんにちわ」

 と、突然後ろから声を掛けられた。振り向くと、少し首を傾け微笑んでいる矢木京が立っていた。

「びっくりした。矢木さんも買い物ですか?」

 偶然とはいえ、ドッキリする出会いだ。マンション内で会うのと、外で会うのとでは雲泥の差。彼女と親しくなる良いチャンスじゃないか!

「ふふ、田崎君、まだ眠そうね。起きたてでしょう?」

 彼女は大きい瞳をくるくる動かして、からかうように笑った。

「はあ、何ていうか、夕べ上の階の物音に起こされちゃって、朝方まで眠れなかったんですよ。初日ですからね、一人暮らしの」

「上の階の音? そんなの聞こえる? うちはすごい静かだけど」

 彼女は、不思議そうな顔をして僕を見た。

「聞こえますよ。子供が駆け回ってる音。まあ、他が静かだから余計に気になるんだと思うけど」

「子供が……?」

 と、聞き返した矢木京の顔は、一瞬眉根を寄せ、暗い目をしたように見えた。そして、視線を足元に落として、何か考えている素振り。

「矢木さん?」

 彼女は顔を上げると、また笑顔になった。

「そっか、それは大変だったね。でも、すぐに慣れるよ。集合住宅って音の問題は何処でもあるから」

「うん。それほど酷いわけじゃあないから、気にしないけど」

 彼女は、もう一度僕に微笑んで、コクリと頷いた。そして、手に持ったビニール袋を腕に掛けた。

「あれ? もう買い物終わったんですか? これからマンションへ戻るの?」

「うん、私も引っ越して三日目だから、まだ何も台所用品揃ってないの。お昼はお弁当で済ませようかと思って」

「僕も同じ。あ、そうだ。矢木さん、時間ありますか?」

「え?」

「少し向こうに、白いカフェがあったでしょ? 良かったら、朝のコーヒー付き合ってくれませんか? まだ飲んでないんです」

 彼女は、プッ噴出して僕を見上げた。

「朝じゃないですけど、良いですよ。私も入ってみたいと思ってましたから」

 照れ臭さに髪を掻きあげた僕に、彼女は笑顔で言った。

 

 思いがけず、彼女に接近できてしまった僕は、舞い上がるような気持ちだった。

 二人で肩を並べながら通りを歩いていると、何だか街の風景も明るく見える。

 僕の大学生活は、素晴らしいものになる、そんな予感がした。


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