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43、 命日 7

 一ヶ月間もぶら下がったままの死体。

 昼間の悪夢を思い出した。あの夢は、僕の頭の中のイメージが映し出した虚妄の姿だとしても、あまりにおぞましい。

 精神的に不安定で発作的に自殺を図ったのか、何かの要因で追い込まれたのか……。孤独で薄幸の中本さんの死は、成仏できない程に、現世に想いを残していたのか? 

 夢のシーンに顔を歪めて、鳥肌が立つ思いに腕を組んで耐えていると、京が小さく呟いた。

「私……、子供を亡くした人が、真由子を手にかけるとは思えない」

 京の言葉を聞いて、桂木が身を乗り出すように声を上げた。

「だから、京ちゃん! 妹が死んだとか思い込むのは良くないって。幽霊が出たから妹が死んでるって、どこの誰が信じてくれる? 確証がないのに騒ぎ立てるのは、早計というものだ。とにかく、妹のことは切り離して考えよう。真由子ちゃんはきっと生きてるから」

「そうだよ、京。幽霊を見た事事態、警察はもとより、誰もわかってはくれないだろう。中本さんのことは、殺人犯としてみない方がいい」

 京は、黙って頷いた。

 僕も桂木も、京のことが心配だった。妹が死んでいると思い始めている彼女が、既に殺されていると思い込んで、ますます苦しむ姿だけは見たくない。妹の死を受け入れられるような証拠でもない限り、殺人という言葉は使いたくない。

「だけど、中本さんのことは調べてみよう。僅かな手掛かりでも、真由子ちゃんに繋がっている可能性があるなら、放っては置けない」

 僕がそう言うと、俯いていた京は顔を上げ、大きく頷いた。

 

 その後も、僕達が知り得た中本さんの話を桂木に聞かせて、三人で語り合った。桂木は、僕が霊を見たと知って、その方の知識も得ておいてくれた。しかし、本当のところは「信じられない」という言葉を連発するばかりだったが。

 九時を回った頃、

「亮ちゃん、私、もう部屋に戻るね」

 と、京が、僕の目覚まし時計を見て言った。

「え? 大丈夫なの? 京ちゃん」

 桂木が驚いて言うと、

「うん。心配しないで。何かあったら、すぐケータイかけるから」

 と、僕を見て立ち上がった。

「ホントにかけろよ」

「わかってる。じゃあ、帰るね。朝、起こしに来るから」

 そう言って、躊躇いもしないで玄関へ向かい、僕と桂木が不安な顔で見送る前を、手を振って扉を閉めた。

 桂木は、流石に心配して、僕をとがめるように言った。

「いいのか? 幽霊の話、本当なんだろ?」

「ああ、仕方ないよ。彼女なりに覚悟はしている。僕達が何て言おうがあの霊は真由子ちゃんだと思っているから、何があっても逢うと決心している」

「決心か……。そりゃあ、逢いたいだろうとは思うけど……」

 コトリとテーブルの上にケータイを置いた僕を見て、彼もそれ以上は言わなかった。


 深夜になって、桂木は僕のベッドでいびきを掻き始めた。僕はテーブルに胡坐を掻いたまま、ケータイをずっと見続けていた。一度かけた時は、まだ出て来ないと笑っていた。脅えているのはわかったが、無理やり笑っている彼女の気持ちを察して、僕も明るく答えてケータイを切った。

 今すぐ彼女の部屋へ飛び込みたい。傍にいる方がどんなに気が楽か……。一時間、こうして座ったまま、ケータイを見つめていた。恐ろしい光景は出来るだけ思わないように、京と過ごした楽しかったことばかり思い出すようにした。頭の中とはいえ、裸の彼女が浮かんできて、赤面してしまった。

「京ちゃん、これって拷問だよ……」

 明日からは、時間つぶしを考えようとマジで思う。


 ブブブブ……。ブブブブ……。

 しばらくして、ケータイがテーブルの上で激しく震えた。

「京!」

 反射的にケータイを取って叫んでいた。

「大丈夫か? 何かあった?」

 ケータイの向こうで、京は声を潜めるように囁く。

――――「亮ちゃん。真由子が来た。ほんの数分だったけど、私の傍に現われた。でも、直ぐに消えちゃった……」

「女は?」

――――「出て来ない。大丈夫、真由子だけ」

「そっか、良かった」

――――「心配かけてごめん。このまま寝るから、亮ちゃんも眠って」

「うん。でも、枕の横にケータイ置いとけよ。何かあったら、すぐ行くから」

――――「わかった。有難う」

 ケータイを閉じて、大きくため息をついた。

 安堵と苛立ち……。僕達はどうしてこんな不安な夜を過ごしているのだろう。また眠れない夜に苛まれるんだ。

 僕は唇を噛み締め、冷えてきた自分の肩を掴んだ。


  

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