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35、幼い霊 3

 その手は、写真を三本の指で押さえたまま、じっと動かない。

 そして、その手の向こう、テーブルの天板より上に髪を垂らした女の子の顔が覗いている。

 その子は、広げられた写真を見回している。僕や京が目に入らないように、目を見開いて、写真に釘付けになっている。

 僕は息を呑んで、その子と京を見た。京は、下を向いたまま指の乗った写真に目を落として、動かない。

「京……」

 と、小さく呟いた。京は、目だけを上に向け僕を見ると、また俯いてその写真を見た。そして、自分の手をゆっくりと写真に滑らせた。

「白い……小さい指……」

 ポツリと京が言った。そして写真の上の女の子の指に、重ねるように自分の手を置いた。

「真由子……」

 僕は体を強張らせたままで、名前を呟いた京を見た。その時、彼女はふっと笑みを浮かべた。そして、その手に語りかけるように話し出した。

「この写真、好きだったよね。家族で海に行った時の……。海辺で、二人でモデルみたいにポーズを取って、お父さんに写してもらったんだよね。おニューの水着が、すごいカッコよかったよ」

 京の手の甲に、ぽたっと涙が落ちた。声は力なく震えている。

「楽しかったねえ。初めて家族で泊まったペンションは、お城みたいだった。真由子はお姫さまだよって言ってたね」

 京の手の下の小さな白い手は、すっと影のように写真から離れた。僕が「あっ」と、思わず声を漏らすと、その手は瞬間躊躇うように止まったが、宙に浮かぶように動いて、京の手の甲に乗せられた。そして、彼女の白いブラウスの袖を撫でるように、腕に伸びた。

 京は「うっ」と、込み上がった嗚咽を漏らした。もう片方の肘をついた手を額に当て、息と共に肩を震わせた。

 そして、

「真由子……、ごめんなさい……。お姉ちゃんが悪いの……。お姉ちゃんが一番悪いの……。真由子はちっとも悪くない……」

 と言うと、涙の滴った顔を女の子の方へ向けた。そのまま、椅子から滑り落ちるように床に座り込んだ。そして手を広げた。「真由子……」と、何度も名前を呼んで……。 

 僕は、静かに立ち上がる。二人の邪魔をしないように……。

 僕の目にははっきりと見えている。京が、妹を大事そうに抱き締めるところが。それは有り得ない光景だったが、感じていた恐怖は消え去っていた。恐れよりも京の気持ちが伝染したように、やたら悲しくて涙が零れた。

 彼女は、ただ泣いている。広げた指を宙に差し出したままで、泣いている。

 やっと、京は女の子を感じることが出来たようだ。京の胸に縋りついた、小さいぼんやりとした白い影の女の子は、静かに目を瞑っている。

 僕はテーブルの上に灯っている、照明を消した。部屋は流し台の上の小さい窓から入ってくる廊下の明かりで、ぼんやり形が見える程度だ。暗い中に、次第に女の子ははっきりと輪郭を現した。

「真由子……」

 京は腕の中の幻影の顔を確かめるように覗き込む。両手でゆっくりと、その髪に触れ、肩に触れた。

「おうちに帰ろう……。お母さんもお父さんも待ってる。おねえちゃんと一緒に帰ろう」

 女の子の細い手が、京の首に回った。


――――おねえちゃん……。


 女の子は甘えるように言って、嬉しそうに笑った。

 京にも、声が聞こえたのだろう。涙の顔に優しい微笑を浮かべた。


 ところが、突然に部屋の空気が変わった。瞬時に体がぎゅっと締め付けられ、動けなくなった。

「うっ……」

 ゾクゾクと戦慄が走り、髪が逆立つ。体中から冷たい汗が吹き出る。そしてひどい耳鳴りがして、僕は目を閉じ、苦痛に顔を歪めた。部屋の空気が鉛を含んででもいるように、重くて、息が苦しい……。一体、どうしたと言うのか……。

「いやっ」

 と、突然京が叫んだ。僕が驚いて視線だけを向けた暗い中に、彼女は床に座り込んだまま、顔を上に向けている。京のそばには、もう女の子はいない。消えてしまったのか? 

「京……」

 声を絞り出して、名前を呼んだ。京は微かな明かりの中に、脅えた目をして、奥の六畳間の天井を見上げたままだ。恐怖のためか、大きく開いた口を閉じようともしないで、体を硬直させている。僕は唯一動く目を、京の視線の先へ向けた。

「!!」

 声は出ない……。ただ、途端に恐怖が襲ってきた。

 その真っ暗な天井から、女が髪を垂らして、逆さまに頭から腰までを突き出していた。つまり、女の上半身が天井を突き抜けて、ぶら下がっている……。青白い弱い光を放ちながら、目をぎょろりと剥いて、僕達を睨んでいる。その顔は、明らかに怒りに歪んでいた。

  

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