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21、秘密 4

「私が中学三年の時……、家の近くの公園から連れ去られたの」

 京は、画面を見つめたまま言った。

「連れ去られた?」

 僕が顔を引きつらせたまま、その信じられない言葉を聞き返すと、コクリと頷いて、また画面に向かって話し出した。

「真由子はまだ5歳の幼稚園児で……。あの日、お友達と一緒に幼稚園から帰ってきて、家で私の帰りを待っている筈だったのに、一人で近くの公園へ行ってしまって。日が暮れて帰ったら、もう真由子の姿はどこにもなかった」

 瞬きする度に、頬に涙が零れた。京は頬を拭いもしないで、話を続けた。

「必死で探したの、私……。きっと、どこかで私を待っていると思って……。あの日、一緒に夕飯の買い物にいって、二人で3つ重ねのアイスを食べようって約束していた……。すごく楽しみにしていたから、きっと帰らない私を迎えに行ったんだと思った」

 彼女の呟くような声を聞いているかのように、PCに貼り付けられた写真は、どれも愛くるしい笑みを湛えている。奇麗に切りそろえられた前髪に、黒い大きな瞳。そのピンク色の頬にはえくぼがあって、小さな白い歯を見せて笑っている。

 何となく、京と目元が似ていると思った。妹の写真をじっと見つめる僕の気持ちを悟ったのか、

「私と真由子は、父親が違うの」

 と言って、京は心持ち顔を上向けると、妹の事を話し始めた。

「母は私が小さい時離婚して、ずっと二人で暮らしてきたんだけど、四年生の時再婚したの。真由子を身ごもって慌てて籍を入れたようだけど、私は仕事で遅くまで働く母を待つ生活だったから、新しい家族が出来たことが本当に嬉しかった。母も仕事を辞めて家にいてくれるようになって、義父も可愛がってくれたし、あの頃が一番幸せだった気がする。毎日毎日、妹の誕生を心待ちにしていた。母の大きなおなかにお姉ちゃんだよって、いつも語りかけて……」

 僕の反応を確かめるように、彼女は濡れた瞳を向ける。

「京……」

 椅子に掛けている彼女の後ろから、ほっそりした体を抱き締めた。今の僕には、どんな言葉を掛ければ良いのか分らなかった。

 ただ、彼女を強く抱き締めるしか出来なかった。

「真由子が生まれて、四人の穏やかな生活が始った。母が家にいて、会社勤めの父がいて、可愛い妹がいる。何不自由のない生活。妹は両親の愛情を一身に集めて大きくなった。父は本当に目に入れても痛くないという感じで」

 京は、マウスから手を離すと、巻き付いた僕の腕を掴んで、小さくため息を吐いた。

「真由子は本当に可愛い子だったの。明るくて無邪気で良く笑って……。それに甘えん坊で。私も可愛くて仕方なかった。歳が離れていたから、私は良いお姉ちゃんである事を両親から求められて、そうすることが私が家族として存在する証になったの。血の繋がらない父と、私の事で遠慮しながら生きている母に、真由子の姉として彼女を大切にする。そうすれば、二人は喜んでくれる。それは私の中で、幼いながらも会得した家族を愛する方法だった」

 僕はどうしようもなくせつなくなって、膝をついて京の首筋の黒い髪に口を埋めた。甘い花の香りが鼻腔を擽ってくる。

「京、辛いなら話さなくていい。過去の事なんか、本当は関係ないんだ。高藤にやきもちやいてたんだ」

 京はふっと笑みを零すと、椅子に座ったまま、僕の首に両腕を回した。そして安堵したように息を吐くと、

「何か不思議な気持ちなの。高藤さんには力になって欲しくて打ち明けたけど、貴方には私の事を全て知って欲しい。始めは幽霊に会いたいだなんて、へんな奴だと思われるんじゃないかって不安だったけど……。今は私の事を知って、許してほしいの」

「許す?」

 京は腕を解くと、僕の目を真っ直ぐに見た。

「そう……。私はひどい人間なの。真由子が誘拐されたのも、私のせいなの」

 瞼を閉じると、また涙が頬を伝った。僕は堪らずに京を抱き締めた。

 京の震える声が、僕の心を締め付ける。

「私、真由子が羨ましかった。皆に大事に思われて、可愛がられて……。中学生になって、友達も出来て、自分の世界が広がってくると、慕ってくる妹が段々疎ましくなってきたの。でも、また仕事を始めた母は、忙しくなった分、私に真由子を押し付けて来た。遅くなるからとか、休みに遊んでやってとか。勉強してても、妹の面倒は見ないといけないし、部活も許してくれなかった。父の手前、私に妹思いのいい子でいて欲しかったんだろうけど、何かにつけて我慢して来た私は、妹に冷たくなっていったの」

「そんな……。ひどいな、お母さん。でも、面倒みないからって、誘拐されたのは君のせいなんかじゃあないよ。僕だって、妹はウザイって思ってるし」

 京は目を瞑り、ゆっくり首を振った。

「母は看護士だったから夜勤とかあってね。父も帰りは遅いし、私が帰ってやらないと真由子は家で暗くなるまで一人なの。三歳で幼稚園に入ったけど、帰ってから預かってくれるところもなくて、始めは私も学校が終わると急いで家に帰ってた。でも、ある日、遅くなってしまって。そしたら、小さい妹がTVを見ながら、泣いて待っていたの。勿論、可哀想だって思った。だけど、心の中に、私だってそうやって一人で母の帰りを待っていたのよって、自分の小さい頃が重なったの。あんただって少し位淋しい思いしなさいって、自分の罪悪感を妹にぶつけていた。両親の前では、可愛がる振りをして、帰りは段々遅くなった。真由子は一人で、家で待つようになったの」

 京は辛そうに顔を歪めた。

「私さえ、しっかり真由子を見てやっていたら、誘拐なんてされなかった。自分だって辛かったくせに、妹の淋しさを思う事さえ煩わしかった。ひどい姉なの、本当に……」

 彼女のせいじゃない。そんな事、誰が聞いたってそう思う。だけど、誘拐という悲惨な事件が、京の家族に起こってしまったのだ。深く傷ついていて当然だ。

「だけど、一人で公園にいた真由子ちゃんが連れ去られたって、すぐにわかったの? 脅迫電話とかあったわけ?」

「真由子は一人が嫌になると、私の帰り道の公園で待っていることが時々あったの。そこには、遊んでいる子もいて。その日、そこにいた小学生が、真由子を知ってて、知らないおばちゃんと帰って行ったって教えてくれたの。でも、電話も結局なかったし、全く手掛かりもなくって……。公園から車に乗せられて、連れ去られたと分っただけで……」

 僕は、もう一度、PCの画面に視線を向けた。

「京……。犯人が女なら、今も生きている可能性は高いんじゃないか? 一緒に元気に暮らしているかも知れない」

 僕の言葉に、京も画面の写真を見つめながら言った。

「うん。五年間何の手掛かりもなかったけど、私も両親もそう思ってるよ。生きているって……」

「だったら、なんで女の子の幽霊の噂のあるここへ来たの?」

 京はまた沈んだ表情になって、俯いた。

「このHPを見た人からメッセが届いたの。真由子に似た女の子を見たっていう……。心無いいたずらみたいな書き込みはいっぱいあったから、またかと思う半面、少しでも手掛かりが欲しくて……。それに差出人の名前や、このマンションの事もはっきり書いてあったの。藁をも掴む思いで、その人にも会って話しを聞いたけど、結局分らなかった。だけど、ずっと心に引っかかってて、母が実家で養生する事になって、思い切ってここに住もうと思ったの」

「幽霊……でも? 京、幽霊ってことは……」

 京は、僕の言葉を遮るように抱きついて来た。

「わかってる。私、その噂を否定しに来たの。真由子じゃないって、確認したいの。そうでないと……、妹が生きてないと、父も母も私も壊れてしまう。真由子が戻ってくれば、また家族に戻れて、暖かい家で暮らせる。そう信じているから」

 苦しかった。京の背に強く手を宛がいながら、僕は言葉を失くした。

 僕の中で、あの正体の分らない女の子は、彼女の妹ではという思いが段々と強くなったきていた。でも、あの女の子が噂の幽霊なら、もう死んでるって事なのか。

 そんな事……、京に言えない!

「亮ちゃんは見たんでしょ? 女の子……」

 僕がぐっと、抱き締めた手に力を込めたのを、彼女は変に思ったかも知れない。京は、哀願するように潤んだ目を向けて来た。

「顔を見た? HPの写真……、似てる?」

 胸が締め付けられる。痛々しいほど脅えた目をして、僕の胸を鷲掴みにしながら訊いて来た。

 僕は涙が滲んできて、もう一度京を抱き締めた。

「似てないよ。真由子ちゃんじゃあないよ。大丈夫、きっとどこかで生きている!」

「亮……。よかった……」

 途端に、京は涙をぽろぽろと零した。僕はその頬に口をつけて、そして震えている唇にキスした。息の合間に泣き声を漏らしながら、ゆっくり舌を絡めた。本当は一番に、女の子の事を僕から聞き出したかったのだろう。やっと安堵したように、僕の胸で目を閉じた。


 京を立ち上がらせて肩を抱き寄せ、二人で沈黙したままデスクトップを見下ろした。暗い部屋に浮き上がるように、妹の笑顔が映し出されている。

 僕は、決心していた。

 もし、あの子が真由子ちゃんなら、京のために、真実をつきとめよう。そのためなら、とりつかれたっていい。僕のところにだけ現われるのは、何か言いたいのかもしれない。怖がっていたって仕様がない。

 京の肩越しに、パソコンデスクの右端に目を向ける。

 そこにボヤッと微かに発光している透けるような白い手があった。小さな五本の指が、デスクの端を掴んでいる。

 作り物のように動かないその手を、僕は静かに見つめた。

 

 


 


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