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18、秘密 1

「いいよなあ、田崎は」

 大学内の広場のベンチにだらしなく座った桂木は、溜息を吐いて、とんびの声が聞こえそうな青い空を見上げた。

 今日は、本当に春爛漫と言う言葉がぴったり来る。ちらほらと桜が舞って、足元から暖かさに包まれるような穏やかな日。

 男二人で、のどかに日向ぼっこをしているのは、京の講義が終わるのを待っているからだ。

 彼女の講義が終わったら、桂木に紹介するつもりでいる。勿論カノ女として。

 その後、昨日届いたパソコンの設置に来てくれる。自称「北の国のハッカー」桂木にとっては、容易い事らしい。

「俺なんかさあ、親睦コンパも除外されたんだぜ。どう思うよ。なのに、同じように入学したお前ときたら、既に女の子と同棲か? 世の中不公平すぎるよなあ!」

 そう言って口を尖らせた桂木に、わざとニッと笑ってやった。彼は少しぽっちゃりした体に腕組みをして、四角い黒縁の眼鏡の奥から、一重の目ですかして見た。

「コノヤロ。オタクを敵に回すと怖いぞ。お前のPCにエロサイト、いっぱい貼り付けておいてやる」

「ジョーダン止めろよ。それでなくても、忍耐の限界に挑戦中なんだから」

 桂木は、両手で髪をかきあげ、天を仰ぐ僕をチラッと見て、

「お前、本当に五日の間、我慢したの? 一緒に寝てんだろ?」

 と、訝しそうに訊いてきた。

「ああ、マジな話、抱けない……」

 本当のところ、笑えるような気分でもない。

 京と気持ちを確かめ合って、それから五日間、京は僕の部屋で寝泊りしている。勿論、彼女が拒否してる訳ではない。毎日、気持ちは盛り上がるし、抱き締めないでいられない。

 でも……、最後の段階になると、興奮した僕らを嘲るような視線を感じた。

 いや、きっとそれは僕の思い過ごしであって、実際そんなことあるはずはない。だけど、あの女の子を見てから、僕の中で、いつも見えない何かに脅える気持ちが生まれていた。

 京が大事だと思えば思うほど、その脅えは大きくなる。夜の闇の全てが、僕の敵のような気さえして、明け方近くまで眠れないでいる。臆病者だと自分を罵って落ち込んでも、彼女には怪しい話は聞かせたくなかったから、言い訳も出来ない。

 流石に昨日の夜、京に、

「私って、魅力ない?」

 と訊かれて、本当に焦った。

 京とのことは話したが、桂木にも、女の子の事は言ってはいない。子どもが目の前で消えたなんて、誰が信じるというのか。


「亮ちゃん!」

 文学部の学舎から出てきた京が、手を上げて、僕達に近づいてきた。

 僕と桂木は、同時に彼女を振り向いた。

「京〜、遅いぞォ」

 彼女に手を振った僕に、桂木は、

「ヤベー。すっごい可愛い子じゃねーの。俺、お前のおとなしい息子の代わりにナリテーッ」

 と、赤い顔をして叫んだ。

「殺すぞ、テメーッ!」

 マジで頭に来て、首に手を掛けた。

「何やってんの?」

 京がキョトンとして、もつれている僕らの前に立った。


 ともあれ、桂木を紹介して、三人で駅から電車に乗った。

 桂木はPCには強いが、女の子には弱いらしく、京の前でしどろもどろになっている。

 確かに、京は明るく笑っていると、本当に奇麗だ。自分には勿体無いと、見惚れてしまう時がある。

 ただ、時々とても暗い表情になった。まだ、その理由を話してはくれないが、僕はその顔を見るたびに不安になった。京の過去って、僕がいても力になれないのでは……。

 もし、彼女の過去がどんなものでも、離れたりするつもりはないが、聞き出すのが怖い気もする。

「辛い過去」と、言った京の沈んだ表情が浮かんでくる。


「言っちゃ悪いが、本当にボロいマンションだなあ」

 建物の前に立って、桂木はしみじみと見上げて言った。

 京と顔を見合わせて笑った。彼は玄関の方へ歩きながら、

「お化けでも出そうだな」

 と、ポツリと呟いた。

「ああ、幽霊がコンパしようって言ってたぜ」

「おお、いいね。俺、大学生になったら、コンパするのすげえ楽しみだったんだ」

 京が、僕達の後ろで、けらけら笑っている。


 光の入らない薄暗い階段を上がって、三階の僕の部屋の前へ立った。

「ちょっと、待って」

 鍵を取り出して、ドアに差し込んだ。重い緑のドアが、ガチャリと金属音を立てる。

 僕は、ギッとドアを引き開けた。

 

お読みいただきありがとうございます。

更新遅れました(汗)申し訳ありません!

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