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15、君のために 2

「守護霊?」

「そう。君の先祖に高い徳をつんだ人がいるらしい。君は背中に光を背負ってるよ。それはとても眩い高貴な光で、成仏できない霊には、憧れの輝きだろうね」

 高藤は、ふざけた事をニコリともしないで、無表情で言い放つ。

 全く霊的なものを信じていない訳ではないが、いままで育ってきて、そんなことを聞かされたこともないし、霊的な体験だってしたこともない。

 今回、会った女の子が幽霊だとしたら、本当に初めての遭遇だ。

「おっと、時間だ。悪いな、京ちゃん、相談に乗ってやれなくって。とにかく、彼と一緒なら、滅多な事はないと思うから、守って貰って」

 高藤は、京の不安そうな顔に微笑みながら、優しく言った。そして、僕に手を上げると、さっさと門から出て行った。

 京と並んで、門に背を向け、彼の後姿を見送った。彼女は、何だか名残り惜しそうに見つめている。

「何なんだ、あいつ」

 僕は、遠ざかる彼に舌打ちして言った。

「タカさんは、不思議な力を持った人なの……。なんでも、小さい時から霊が見えるとか……」

「嘘だろ? だったら霊媒師とかやればいいじゃん。大学にいて怪しいサークルやってなくてもさあ」

 京は、ふて腐れて唇を突き出す僕を見て、プッと噴出した。

「弁護士目指してる人に、霊媒師やれっていうのはねえ。でも、彼の場合は光で感じるとか言ってた。姿が見えるんじゃなくって。その光ってね、先祖の霊とか死んだ肉親だったりするんだけど、その人に力を与えてるものなんだって。生命エネルギー……オーラみたいなもの」

「ふーん。じゃあ、僕には後光が差してるのか。釈迦の生まれ変わりか? 有難い事で」

 京は、けらけら声を出して笑って、満開の桜の木を見上げながら言った。

「釈迦は恐れ多いけど、田崎君は人をひきつける魅力があるもの。タカさんがいうのも、嘘じゃないと思う」

「え? そう? マジ、京ちゃんに言われると喜んじゃうな」

 そう言って、彼女の笑顔に赤面しながら、同じ様に桜を見上げた。二人並んで見る桜は、溜息が出るほど美しい。

 僕は、彼女の鼻筋の通った奇麗な横顔をちらりと見て、高藤が居なくなってよかったと思った。

「で、京ちゃんも高藤さんに、何か言われたわけ?」

「うん……」

 軽いノリで尋ねたつもりだったが、京はふっと笑みを閉じた。そして足元に視線を落とすと、

「私は、過去に辛いことがあって……。オーラが弱いって……。もっと強くなれって言われてるんだけど……」

 と、小さな声で、呟くように言った。

「京ちゃん……」

 彼女は、また暗い表情になり、唇を噛んでいる。

 僕は、堪らない気持ちになった。彼女が何かを背負っているのは分っている。「辛いこと」などと言わせた事を後悔した。

「京ちゃん。高藤に言われなくったって、僕が力になってあげるから。約束する」

 抱き締めたいのを我慢して、僕の手の傍にあった彼女の手を掴んだ。

「ありがとう」

 と言って、京は笑顔になり僕を見上げた。桜を見つめたままで、僕は彼女の小さい手をぎゅっと握り締めた。

 

 幽霊なんてものは、怖いと思うから怖いのであって、「四谷怪談」や「雪女」だって、所詮は作者がいる創作じゃないか。

 人の命を奪うのはいつも人間で、怨霊に殺されたなんて話は面白おかしく脚色されているだけだ。何の根拠もないことだ。

 高藤の話など信じられないし、それだからどうのなんて思わない。

 ただ、彼女を悲しませたり苦しめる事から、守ってやりたい。それが、たとえ幽霊であっても。

「とにかく、食事に行こう」

 僕達は、繋いだ手を離さないで、門の外へ出た。

 

 大学の周りに植えられた桜が、通りに薄桃の花びらを散らしている。

 大学生になって、一人暮らしを始めて、京に会って……。今年の桜は、何だか特別に美しく見える。

 花びらの舞い降りた石畳の歩道を歩きながら、僕の他愛のない話に声を出して笑う彼女が、すごく愛おしかった。

 京の辛い過去って、どんなことなのだろう。屈託ない笑顔を見つめながら、もっと京のことを知りたいと、心からそう思った。



 食事を二人で済まして、僕達はそれぞれの講義を受けるために大学へ戻った。

 京に、講義が終わったら一緒に帰ろうと誘ったが、サークルの友人達と集るから遅くなると断わられた。

 ちょっとがっかりの僕に、

「田崎君は遅くまでバイトでしょ? 私も、遅くなるから心配しないで」

 元気のない顔でそう言われると、バイトを辞めてしまいたくなったが、そういう訳にも行かない。一人で部屋に居たくないのはわかる。

「じゃあ、もし、また気味の悪い事があったら、僕の部屋にいたらいい。合鍵渡しておくから」

「うん。ありがと。ちょっと怖いから、嬉しい」

 京は躊躇いもせずに、僕から鍵を受け取った。余程、怖かったのだと思うが、本当に喜んでいるのを見て、思わず苦笑した。

 一応、僕も男なんだけど……。彼女は全く危険だと感じていないようで、少し複雑な気持ちだった。


 京と別れて、午後の講義に出た。

 そして終わった後、僕は友人になった桂木と、パソコンを買いに秋葉原へ行った。

 桂木は、京と会っていた事を話すと、昼飯をボイコットしたことを怒りもせずに、「紹介しろ」と繰り返し言った。

 彼は明るくて面白い奴で、お互い地方出身だし、これからもずっと付き合って行けそうだ。ただ、京を紹介するのに、なんて言ったらいいのか考えてしまった。

 まだ彼女でもないし、幽霊の取り持つ縁なんて言ったら、大笑いされそうだ。

 本当に、僕と京って、大学の先輩後輩で、隣人。それ以外の関係など、何もないのだから。

 

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