13、女の子 3
僕はゴクリと唾を飲んだ。でも、口の中はからからで、咽が張り付くようだ。
理解できないものを見た恐怖が、じわじわと這い上がってくるように、僕は立ったままで震えていた。
どんどん!
目の前のドアがまた叩かれ、ドクッと心臓が跳ねた。
こんな時間に……。さっきの悪夢の続きかも知れない。僕は恐る恐る、ドアに向かって声を掛けた。
「誰だ……」
ドアの向こうから、呻くように震える声が帰ってきた。
「た、田崎……くん……」
「や、矢木さん?」
「お願い……開けて……」
その声は、酷く掠れて弱々しかったが、京の声に間違いなかった。ドアに飛びつくようにノブを掴み、慌てて押し開けた。
同時に矢木京が、滑り込むように入ってきて、そのまま僕の胸に飛び込んできた。
「矢木さん。どうしたの?」
彼女は僕の腕の中で、ガタガタと震えている。酷く脅えていて、覗き込んだ顔は血の気がひいて、真っ青で、唇が小刻みに震えている。
「とにかく入って」
京を抱えて部屋に上げると、彼女は安心したのか、力なく畳の上にへたり込んだ。眠っていたパジャマのままで、上着も羽織っていない。壁にかけていたジャケットを彼女の震える肩に掛けた。
「一体どうしたの!」
肩を掴んで顔を覗きこんだ僕に、ゆっくり脅える目を向けた。
「女の人が……、首を絞めてきた」
「えっ?」
「寝ていたら、急に苦しくなって、目が覚めて……。でも動けなくて……。そしたら、ベッドの上に女の人が立って……」
京は、羽織ったジャケットを前でぎゅっと掴み、脅えるように身を竦めた。
「く、首を絞められたの?」
コクリと頷くと、彼女は声を殺して泣き始めた。
「泥棒? 警察にいわなきゃあ。で、その女は?」
「消えた」
「え? 逃げたの?」
「分らないけど……。目の前で急に姿が消えちゃったの」
「消えたって? 本当に?」
「本当に消えたの……すうっと」
顔を上げて、涙の溜まった目で言うと、両手で顔を覆って、また泣き出した。
僕は泣いてる彼女を胸に引き寄せて、抱き締めた。
「夢だよ。悪い夢を見たんだよ」
さっき見た女の子の影が、僕の頭にも蘇ってきた。
そうだ、全て悪い夢だ。人が消えてしまうなんて、そんなことあるはずない!
「もう、怖いことないだろ? 今夜はここにいたらいいから」
彼女の背中をさすりながら、夢だと思いたくても、僕自身、不気味な体験を否定できないでいる。やっぱりこのマンションには、噂どおり、奇妙な事があるのか……。
しばらく肩を抱いていると、落ち着いてきたのか、彼女は泣き止んで顔を上げた。
「ごめんね。夜中に、びっくりさせて……」
と、僕から体を離した。
「大丈夫? 今夜はここにいなよ。何もしないから」
と、彼女に言って、急に照れ臭さで顔が熱くなった。
「うん」
京も恥ずかしそうに頷いて、はにかんだ。
僕は立ち上がって、彼女にコーヒーを入れてやり、寒くないか尋ねて、小さなテーブルの向かいに座った。
そして、もう怖い話はしないように気を使って、他愛もない会話を始めた。高校時代の話や田舎の家のこと、おかしな友人の話。彼女は、相槌を打ちながら聞いていた。
その不気味な夜が明けるまで、二人でずっと話した。笑顔が戻った彼女に安堵しながら、何も無かったように。
窓が白み始めて、
「有難う。田崎君」
と言った京に、
「何かあったら、いつでも来て。矢木さんなら大歓迎だよ。お互い一人暮らしだし」
と、笑いかけた。
「うん。京でいいよ。みんなそう呼ぶから」
そう言ってはにかんだ京は、すごく可愛くてドッキリした。
彼女は、明るくなった外を確認すると、自分の部屋へ帰っていった。
僕は、倒れこむようにベッドに寝転がった。
でも思いがけず過ごした京との時間は、あの恐怖を忘れるくらい、浮かれた気持ちにさせてくれた。京に頼られたことが、妙に嬉しかった。
「幽霊なんて、怖いものか! 僕が彼女を守ってやる!」
明るくなった天井を見ながら、僕は呟いた。
お読み頂きありがとうございます。
暇を見つけては更新してますが、なかなか進みません(泣)
京の秘密、早く書きたいのですが・・・。
次話も宜しくお願いします(^^)




