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11、女の子 1

「このマンションはねえ、ちょっと持ち主が変わっているのよ」

 京は、僕達の視線に気付いたのか、どちらに言うともなく、カップにお湯を注ぎながら言った。

「変わっているって?」

 高藤が尋ねると、彼女は手に二つ白いマグカップを持って、それを僕達の前に置くと、

「インスタントでごめんね」

 と謝って、僕と高藤の間の椅子を引いた。高藤はチューリップの花の形のカップに口をつけると、京の方を見たまま答えを待っている。

「ここはこの界隈で一番大きい総合病院の持ち物なんだけど、そこの院長が昔からすごい人格者で、地域の福祉に協力を惜しまない人だったらしいよ。不動産屋がこっそり教えてくれたんだけど、ここの住人って、社会から締め出されたような人達、つまりはいろんな事情で普通に暮らしていけなくなった人がほとんどなんだって。借金や、DVや、虐待……。事情は様々のようだけど、そういう人を優先的に入居させていたらしい」

「駆け込み寺ってやつか」

 高藤がポツリと呟く。

「そう。でも、5年くらい前にここにやってきた女性が、部屋で自殺したことから問題になって、それからは受け入れはしなくなったようなの。元々営利を追求するつもりで建てたんじゃないだろうし、自殺者の噂が流れたら、なかなか新しい入居者は来ないわね。それにこの古さだし」

「じゃあ、幽霊が出るとしたら、その自殺した女の人じゃないの? なんで女の子なんだよ」

 僕の言葉に、二人は同時に顔を向けた。京は途端に困惑したように押し黙り、高藤はいさめるように口を真一文字に結んだ。

 口を挟んだ事が気に入らなかったのか、二人とも僕の話に答えない。

 何だか、僕もますます不愉快になってきて、

「噂でしょ? 幽霊話なんてどこにでもあるじゃない。それをさあ、マンションの事まで調べたりして、ホント変わったサークルだね」

 と、置かれたカップを手にして、ごくっと飲んだ。口いっぱいに、濃い目の苦味が広がった。

「にが〜っ!」

「あ、田崎君、ブラック駄目なんだね。ごめんなさい」

 彼女は慌てて立ち上がり、シュガーのスティックと小さいミルクを僕の前に置いた。「どうも」と軽く会釈すると、今度は笑いかけて、

「そのケーキ、貰っていいの?」

 と、テーブルに置いた白い箱を指差した。

「あ、潰れてていいのなら」

「ありがと。タカさんは甘いもの食べないよね」

 箱を持ち上げて、高藤に微笑みかける。「ああ」と返事する彼との距離が、近くて自然な感じがした。

 彼は、物静かでキザな男に見える。よく言えば大人っぽい、知的な感じ。すっきり高い鼻に薄い唇で、眼鏡のせいか冷たい感じもする。京が頼りにしているのは、誰が見てもわかる。

 潰れたケーキをとりわけた皿を僕に差出しながら、京は大きな瞳を見開いて、

「あっ、ごめん! 田崎君のこと紹介してなかった」

 と、思い出したように言った。そして、掌を上に向け僕の前に突き出して、彼に紹介した。

「タカさん、彼、うちの大学の理工なのよ。新入生。おまけに私の一つ向こうの部屋。すごい偶然でしょ? 名前は田崎……」

亮輔りょうすけ

「おお、亮ちゃんね。で、亮ちゃん。こちらの堅そうな御仁は高藤一哉さん。通称タカさん。私達の先輩で、法学部の秀才。サークルで知り合ったの」

 彼女は、小首を傾けながら明るい調子で僕らを紹介すると、満足したように目を細めて笑った。

「そうだ、亮ちゃんもうちのサークルに入らない? 面白い人もいっぱいいるし、不思議体験できるわよ」

 僕は潰れたケーキにフォークを突きたてながら、

「いや、そういうのは全く興味ないので」

 と、皿を見たままで答えた。すると、黙っていた高藤がポツリと呟くように言った。

「君には興味がなくても、あっちにはあるかも知れない」

「は?」

「女の子、見たんだろう?」

「見たって……。あの子は幽霊なんかじゃないですよ。はっきり顔も見えたし、深夜でもないのに! どこかの部屋に住んでる子でしょ?」

 彼は、ムッとした僕の顔をじっと見つめて、今度は京に言った。

「ここには、女の子なんか住んでないんだろう?」

 彼女は、高藤に見つめられ、浮かべていた笑みを消して伏せ目がちに答えた。

「うん……。不動産屋や、近所の人に訊いたけど、ここには女の子はいないって言ってた」

 彼女の言葉に、ごくりと自分の咽がなる音がした。


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