44 ……あなた(君)のことを、私は、ずっと忘れない。
「守くん」
「うん」
雨は一度、目をつぶって深呼吸をする。
それから雨は、しっかりと目を開いて目の前にいる水瀬守くんの顔を、じっと自分の心の中に焼き付けるようにして、見た。
「守くん。私は私の家族が大好き。私はこの自分の生まれ育った山奥の田舎の街が大好き。私はこの街で暮らしているみんなのことが大好き! ……そして、なによりも、あなたのことが大好きです!」
しっかりとした口調でそう言って、遠野雨は、なんだかいろんな悩みを振り切ったようなすっきりとした顔をして、水瀬くんの前でにっこりと笑った。
水瀬守くんはそんなすごく嬉しそうな顔で笑った遠野雨からの二度目の恋の告白を聞いて、びっくりしたようにして目を大きく開いて(それは、雨の始めて見るとても可愛らしい守くんの顔だった)、それから少しして、すごくおかしそうな顔で、大きな声を出して、雨の前で笑った。
「僕も、……雨のことが大好きです」
笑顔のあとで水瀬くんはそう言った。
雨はその水瀬くんの言葉にすごく感動した。水瀬くんが雨のことを、こうして雨と名前で呼んでくれたことは(雨が水瀬くんのことを、守くんと呼ぶようになったあとも含めて)今が初めてのことだった。
それから二人は、遠野東中学校の正門の前で笑顔で、お別れをした。
……涙はちゃんと我慢できた。
雨は、雨、と水瀬守くんが、そう自分の名前を呼んでくれたから、今までよりもずっと(本当は最初から嫌いだったわけじゃないんだけど)自分の雨、と言うお母さんがつけてくれた名前が、大好きになった。
それから、愛と瞳が待っている八橋までの道のりを、一人でぼんやりとしながら歩いている間、もうやってくることのない遠野東中学校の庭に咲くたくさんの桜や、大きな川の土手沿いに咲いている満開の桜の木々を見て、……あの日見た桜は、本当に、本当に、……世界で一番綺麗だったな。
今日まで、ずっと、ありがとう。……お母さん。
と、心の中で雨は思った。
すると、こちらこそ、どういたしまして。
と、にっこりと笑って、あの懐かしい声で(まるでお母さんがまだ本当に生きていたころの、雨の小さな子供のころのように)、雨の頭を撫でながら、お母さんが、きらきらと太陽の日差しが輝く桜の花びらの向こう側から、そう返事をしてくれたような気がした。
「雨ー!」
「雨ー、こっち、こっちだよー!」
八橋の近くまで来ると、そんな愛と瞳の声が聞こえてきた。
「はーい」
雨は大きく手を振って、愛と瞳の待っている、八橋まで笑顔で、まるで風を切るようにして、土色の道の上を思わず走り出して、新しい春の中を駆け出して、汗だくになって、二人のところまで駆けて行った。
それから三日後。
水瀬くんの引越しをする当日の日がやってきて、その日、……二人は本当に遠いところに、……離れ離れになった。
……あなた(君)のことを、私は、ずっと忘れない。




