アイシス様の危険なお使い
今日の仕事が終わって夕食まで時間ができたので、久しぶりに剣で素振りでもしようと思い裏庭に向かう途中、運悪くアイシス様に見つかってしまった。
アイシス様は長いウェーブのかかった金髪を腰までたらしながら、相変わらずのぴっちりしたワンピースをお召しになり、肩の上に白色の医療班の証であるボレロを羽織って悠然と私の目の前に立ちふさがる。グラマラスな肉体にその優れた美貌が加わり、妖艶な雰囲気をかもしだしている。
「ああ、いいところに来たわね。医療班宛に薬品が届いてるのよ。郵便所に取りに行ってから、第2薬品庫の棚に片付けておいてちょうだい」
「アイシス様、でも私これからやるこ・・・」
「これは頼みでもお願いでもないわ、命令よ。下僕はわたくしの命令に 『 はい 』以外の返事をしてはだめなのよ。分かりまして?ク・ラ・マ」
丁重にお断りしようとした私を制して、女王様は威厳のある態度でいった。そんなアイシス様に逆らえるはずもなく、私はしぶしぶアイシス様の雑用を引き受けた。
「いい子ね。これで貸しがほんの少し減ったわね。まだまだ貸した分がたっぷり残ってますから、どんどん命令を聞いたほうが良くてよ。じゃないと利子ですら返せなくなるわ」
そういって赤くもったりとした豊かな唇でにんまりと笑う。まさに女王様だ・・。利子まで付いているとは聞いてない。だが私が女王様に借りがあるのは確かだ。イワノフ町に転移魔法で連れて行ってもらった恩もある。ここは大人しく従っておこう。
私はアイシス様と別れてすぐに郵便所へ向かい、くだんの薬品を取りに行った。そこには思っていたよりも大量の箱が山積みされていて、もう少しでその場に倒れこみそうになった。
こ・・・これを一人で片付けろだと?!!ふざけるなーー。女王様ってば鬼畜!!
暫く放心した後、なんとか気を取り直して荷台に箱を4つほど載せた。まだまだ20箱はあるようだ。単純計算で合計6回往復かぁ。よし頑張るぞ!!
気合を入れた途端、背後で誰かの声が聞こえた。
「大変そうだな。手伝ってやろうか?」
うひょ、天の助け!!
私が満面の笑みで後ろを振り向くと、そこにはマリス騎士様と同時期に騎士訓練場に派遣されてきたヘル騎士様が、クールな笑いを浮かべて立っていた。ヘル騎士様は他の騎士様に比べて線も細く、華奢な感じのハンサムな青年だ。なので他の騎士様の中に居ると、とても目立って一人異彩を放っていた。
筋肉と魔力のパワーで押して戦う騎士様が多い中で、彼は珍しく早さとその正確な狙いで、今年新しく騎士の称号をもらったそうだ。金色の短髪を前髪だけ長く残しておいて、横に流してある。そしてそのシャープな顔立ちに緑の切れ長の目は彼にとても似合っていた。
「これはアイシスに頼まれたのか?全くあの女は人使いが荒いな」
アイシス様を呼び捨てですか?!ヘル騎士様。しかもあの女呼ばわり!!大丈夫ですか?!
基本騎士の方が騎士団では最上位なので、医療班の高位の者にでも呼び捨ては普通なんだけど、アイシス様だけは別格って言うか・・・医療班に女性が少ないといった理由もあるけど、一番の理由はその体から発せられる女王様の貫禄といいますか・・・。この騎士訓練場でアイシス様を呼び捨てにしているのはもう、ユーリくらいのものなのです!そのアイシス様を・・・。
「まあいい、私が手伝えば早く終わるだろう。ほら、これどこに持っていくんだ?」
そう言ってヘル騎士様は私がびっくりしている隙に、もう一台の荷台を持ってきて既に薬品の箱を載せていた。さすが仕事が早い、できる騎士様だ。
でも騎士様といえば。広大なウェースプ王国内でも、選ばれた108人しか騎士の称号を与えられていない、エリート中のエリートなのだ。そんなお偉い騎士様にこんな雑用を手伝わせてはいけない。そうでなくても王国内で最強ではないかと噂されているユーリス騎士団隊長の溺愛を受けて噂の的になっている私の立場としては、これ以上目立つ行動は避けたいところだ。なので私は丁重にお断りをした。
「なにをいっている。ユーリス隊長の大事な人なら、私にとっても同じだ。手伝う事に誰にも文句をいわせるつもりはない」
そう言って固辞された。これ以上議論に時間を取られて、夕食の時間に遅れるわけにはいかないので私はしぶしぶ了承した。8刻までに食堂に行かなければ夕食を食べ損ねてしまう。まずは二人で薬品庫に行ってから、私は薬品を棚に並べていく。その間にヘル騎士様がまた郵便所にいって箱を載せて戻ってくる。
ヘル騎士様が再び郵便所に行った時に事件は起きた。突然ガラスの割れる音が、薬品庫の密閉された空間に響き渡る。
ガッシャーーーーン!!!
「っつ・・・いたたた・・・」
一瞬何が起きたのか分からなかったが、次の瞬間状況を把握した。
「これ・・・なに・・・?」
背後にある薬品棚の最上段においてあった箱が、私の頭上めがけて落ちてきたのだ。薬品庫の天井は高く、4メートルはある。もし頭にでも直撃していたら命に関わるほどの大怪我をしていたに違いない。運よく箱は私の左肩を掠めるようにして落ちていった。
「大丈夫か!!何があった!」
ちょうどそこに戻ってきたヘル騎士様が、血相を変えて飛び込んできた。私はあまりの衝撃にいまだ震えが止まらずに、薬品庫の床にしゃがみこんだままだった。その床には大きなひしゃげた箱と、その中に入っていたであろう薬品の瓶と中身の液体が粉々になって散乱している。
ヘル騎士様が左肩の部分に血が滲んでいるのを見て、突然私のシャツを首元から広げて怪我の様子を見た。その時、私も初めて怪我の具合を見たのだが、箱が当たった際の傷らしく、打ち身と擦り傷だけだった。
よかった。そんなひどい怪我じゃない・・。
私がほっとして一息ついたとたん、背後の薬品棚を見てヘル騎士様がいった。
「あの棚からこんな重い物が簡単に落ちてくるはずがない。クラマ、お前なにかやったのか?」
私は返事の代わりに首を横に振った。そうだ、何もしていないのに落ちてくるのは不自然だ。でもこの部屋にはあの時私しかいなかった。ってことはこれはやっぱり事故なのだろう。っていうかこれ薬品一箱分全滅じゃないのか?ア・アイシス様に知られたら、怒られる!!!
顔面蒼白になって粉々になった瓶を見ている私に気がついて、ヘル騎士様も私の目下の悩みを理解してくれたらしい。その後、一緒になって医療班班長の元にお詫びに行ってくれた。
「よかったね、彼の方が謝ってたよ。あんな落ちるような場所に重い薬品を置くのは危ないからね」
いやーそれは、ヘル騎士様がそのクールな物言いのままで、体全体で威圧感をだして医療班班長に迫ったからでしょう。ボレダス医療班班長様、足が震えてたよ・・・。
私はヘル騎士様に丁寧にお礼をいうと食堂に向かおうとした。薬品の後片付けは危ないので、専門の知識を持った人が来て掃除をするらしい。もうこの医療班棟で私のできることは無い。
「夕飯なら私と一緒に食べようじゃないか。クラマはいつもユーリス隊長と一緒にご飯を食べているんだろう?」
そうなのだ。本来、騎士様とその他の者とは食堂も別で、騎士様の食堂は一流レストラン並みに素晴らしい。でもユーリの一声で、雑用係の身分にも関わらず私は騎士様の食堂で夕食をいただいている。
アイシス様のお手伝いに手を貸してくれたヘル騎士様の誘いを断るわけにいかず、私はヘル騎士様と一緒に食堂に行く事になった。