国王葬儀のセレモニー
ウェースプ王国、アルガンタ国王陛下の葬儀の日がやってきた。国内外からたくさんの重要人物が王城に詰めかけた。
そこにはギルセナ王国のレンブレント王とその側室のクリスティーナ夫人や、ナイメール公国のユリアナ皇女とソルデア王も最後のお別れに訪れた。国賓級の王族が一堂に会し、生前のアルガンタ国王陛下がいかに賢王であったのかがうかがい知れる。
襲撃者の最後の神殿襲撃から10日が過ぎたが、未だ次の襲撃はないままだった。まさか諸外国の王族が、自国の近衛兵らを引き連れてきている葬儀の時までは、攻めてはこないであろうとの判断で、私もセシリアとして葬儀に参加することが許された。
ユーリも騎士団隊長としてではなく、王族の流れをくむダイクレール公爵家の一員として参加しているので、騎士団の制服ではなく正式な礼服を着ての参加になった。いつも見慣れた緑色の隊服ではなく、また違う紳士的な装いのユーリにドキッとしながらも、なんとかダイクレール公爵家の婚約者としての役目を果たす。
セシリア・デラ・ルベージュ子爵令嬢は、ユーリス・シグリス・ダイクレール公爵の正式な婚約者として、葬儀に参加している。いままでの夜会の時とは違い、公式な場での二人の参加は周囲に婚約を認知させるのには十分だった。
セイアレス大神官はしぶったが、ダイクレール家も前国王であるアルガンタ国王の弟の血筋の由緒ある名家だ。なんとか了承を得て、協力をしてくれている。
今回の葬儀に公の場に姿を現さないといわれている、ナイメール公国の幻の皇女、ユリアナ皇女が参加されているということで、周囲の人々は騒然となって皇女様の方ばかりを見ている。
私も挨拶をした時に、お顔を拝見したけれども、清楚系の美人で白に近い銀色の髪をして、銀色の雪のような輝く瞳を持っていた。40半ばとは思えないくらい肌も綺麗で、隣に座っていたソルデア王は常にユリアナ皇女の方を見つめていて、仲睦まじい様子に夫婦の絆を見てほっこりとした。でもその様子に少し違和感を感じたが、それが何なのか分からないままに挨拶の時間が終わった。
ギルセナ王国のレンブレント国王にも挨拶する機会があったが、彼の印象は最悪だった。フリオニール先生に習った通りの暴君で、側室のクリスティーナ様に対する暴言の数々に吐き気を催したが、これも外交だと必死で耐えた。隣にいたユーリがずっと手を握っていてくれなかったら、文句の一つも言っていたかもしれない。
葬儀も一通り無事に終わり、あとは葬式に参加してくださった方たちへのお礼も含めたパーティーがその夜に催されることとなった。パーティーは三日三晩に及び、亡くなった国王陛下を偲ぶ。
私も地味な青色のシンプルなドレスに着替えて、ユーリのエスコートでパーティーに参加する。アルとは葬儀が始まってからは、形式的な挨拶を交わしたくらいで全然話せていない。アルは次期国王としての挨拶もあるので、いつも誰かがアルと会話をしていた。
私はといえば、今まで王城に軟禁生活だったというのに突然大勢の初対面の人と、挨拶やそつのない会話を強いられ、頭が許容範囲を超えてパニックを起こしかけていた。ユーリはさすが騎士団隊長の上、ダイクレール公爵家の嫡男である。これほどの社交を繰り返し続けていて、更に私のフォローもしているというのに、全然疲れた様子を見せない。
「セシリア、大丈夫ですか?疲れたでしょう、なにか飲み物でも取ってきますね」
朝からずっと挨拶とそつのない会話を、エンドレスで続けてきた私はもう限界が来ていた。ユーリはそんな私を一通り挨拶を終えたらさりげなく落ち付いた場所に誘導してくれた。相変わらずユーリは優しく私を気遣ってくれる。
もう夜の11刻くらいなのだろうか、いつも夜空に輝いている二つの月が今日は一段と輝きを増している。二つの月の下では王宮の庭園が広がり、まるで一枚の絵のように幻想的な雰囲気を醸し出す。庭園は所々ろうそくがともされており、まるで蛍でもいるかのようにぼうっとした仄かな明かりが点々と見える。
ゆっくりとその庭園に続くテラスに腰を下ろしていると、エルドレッド王子が近づいてくるのが見えた。あの事件からまともに向かい合って話をするのは初めてだった私は、咄嗟に身構えた。
アルと同じ金色の髪に青い瞳を持つ、ウェースプ王国の第二王子。かつて今では存在しないことになっている過去の事件の時に、私が2発木の棒で思い切り殴ったそのエルドレッド王子が、私の目の前で微笑みながら立っていた。
「サクラ・・いやセシリアだったな。どうだ、ユーリスのエスコートは。あいつの事だ、そつなくこなすに違いないが、お前を兄さんのパートナーとして今回紹介できないのは少し残念だな」
私は形式的な礼を交わした後、王子から座っていいとの許可を頂いたので、隣に座られるのを阻止するため、長椅子に腰掛ける時にわざとドレスの裾を思い切り座席に広げて真ん中に座った。
「ユーリス様のエスコートは完璧ですわ。ところでエルドレッド様は誰かご一緒ではないのですか?」
エルドレッド王子は私のささやかな抵抗もお構いなしに、堂々と私のドレスを下敷きにして腰掛けた。体がドレスに引っ張られて傾く。
「ああ・・私は母様と一緒に来たからな・・・。でもお前は兄さんか私のどっちか王族と結婚しなければいけないからな。だが悪いが私はお前みたいなのはタイプじゃない。どちらかといえば小さくて可愛くて、守ってやらなければいけない感じの女性が好みだ。だからお前は兄さんに譲ってやる」
うひょーー!!それってまんまエルドレッド王子のお母さまであるニンケ様じゃないの?!王子がマザコンって噂は本当だったのね!っていうか、小さくなくて可愛くなくて守ってもらわなくてもいい女で悪かったわね!!くそう!あの時、もう一発お見舞いしておけば良かった!!
私は嫌悪感をあらわにして、嫌味の一つでも言ってやろうと口を開いた瞬間、聞きたくもない声が背後から聞こえてきた。
「エルドレッド王子、ここで何をしているのかな?若い女性と二人きりだと、妙な噂が立ちかねない。よかったらうちのクリスティーナと話してみるといい。彼女なら王子の心を理解できるはずだ」
ギルセナ王国のレンブレント王が下卑た笑みを浮かべながら近づいてきた。相も変わらず高圧的にふるまう独裁者といった雰囲気だ。気に入らない。
私は立って挨拶をしようとしたが、ドレスの裾をエルドレッド王子の下に引かれているので立てなかった。その様子を見てレンブレント王が手で挨拶を制すと、なんと反対側の私のドレスの上に堂々と腰を掛けた。ドレスが腰の辺りで突っ張る。
これは一体どういった状況なのだ?!左にエルドレッド王子、右にレンブレント王と、両方を挟まれてしまったではないか!?
私が動揺しているのにも関わらず、二人は私を無視して会話を続ける。後方で王を護衛するギルセナ王国の近衛兵達の視線が痛い。
「そういえばお宅の国は聖女の召喚に成功したとか言っていたが、どうせまた偽の聖女なんだろう。どこの国も同じだ。聖女を召喚したとうそぶいて、ニセの聖女を祭り上げる。先日襲われて怪我を負ったと聞いたぞ。はっはっ!!自分の身も守れないとはとんだ聖女様だな。一体どんな能力があるのやら・・・。男をかどわかす能力ならうちのクリスティーナの方がずっと上だぞ」
エルドレッド王子が、あまりの暴言に気分を害したようで、反論を開始する。
「聖女の能力を他の国に漏らすような馬鹿なことはしませんからね、聖女の能力は人知を超えた世界最強の能力ですよ」
「・・・ほう、例えば一体どんな能力なんだ?」
こらっ!この馬鹿王子!挑発に乗って聖女の能力とか、私が聖女だとかばらしたら駄目だからね!!目でエルドレッド王子にサインを送るが、王子は好みではない女の方なんか見向きもしない。
「まあ世界を征服することも簡単にできるくらいの能力ですよ」
私はハラハラしながら二人の動向を窺っていたが、もう限界だとばかりに口を開きかけたとき、会いたくなかったもう一人の人物が現れた。セイアレス大神官だ!!
「レンブレント王にエルドレッド王子、こちらにいらしたんですね。探しましたよ」
セイアレス大神官はいつものオレンジの聖衣ではなく、恐らく大神官の制服であるであろうオレンジ色の裾が長めの、所々に装飾がついてある衣装をまとっていた。その衣装のオレンジの色が灰色の髪の色に映えて、まるで彫刻のような完璧な美貌をより引き立てている。
私が再び礼をしようとするも、両隣からドレスの上を引っ張られているため、身じろぎもできない。その様子を見て、セイアレス大神官も礼は必要ないとの仕草をした後、さすがに大神官様。いつものような敬愛する目つきは控えて、いつものように普通の女性に対する態度と同じく、ゴミでも見るような目つきで私を見る。
でも未だ両側のドレスの上に座られたままじゃあ、すぐにこの場から逃げようと思っていたのに逃げられやしない!
「レンブレント王、先ほど聖女様の話をされていたと思うのですが、我が国の聖女は本物ですよ。この神の再来とまでうたわれた大神官のわたしが15年以上かけて術式を完成させて、7年かけて神力を注いで成功させましたからね」
相も変わらず恐ろしく優秀だけど、慢心した自己愛の強いお方だ。結局は自慢がしたいんだね。うん。
「ならどうしてその力を使わない。イワノフ町の奇跡以外の聖女の功績は聞いたことがない。どうせそれも偶然だろう。本物だというなら証拠を見せてみろ」
レンブレント王がいやらしく笑いながら挑発する。馬鹿にされて我慢ならなくなったエルドレッド王子が、何故だか私の方を向いた。こら、馬鹿・・!こっちを向くな!
私は目くばせであっちを向けと指示するが、一向に伝わった気配がない。レンブレント王もここに至って、やっと私の存在に気がついたようだ。至近距離で目が合ったので、愛想笑いをしておいた。にこにこにこ。
「なんなんだ、この小娘は。どこかの国の王女だったか?」
いえいえ、異世界に連れてこられただけの普通の一般人です・・・とも言えずにとにかく笑ってごまかしていると、やっとユーリの姿を見かけた。目で助けてと合図を送る。目を凝らすとユーリは誰かと一緒にこちらに向かってきていた。
それはナイメール公国の王、ソルデア王だった。ソルデア王は濃い茶色の短い髪の毛に、口ひげを携えていて品のある中年男性だ。3大王国の一つであるナイメール公国の王の出現に、さすがにレンブレント王とエルドレッド王子はともに立ち上がり、互いに礼を交わす。
後方にナイメール公国の近衛兵と、ギルセナ王国の近衛兵が並んで立っている姿は圧巻だった。ナイメール公国は灰色をベースにした近衛兵の制服で、ほとんどの兵士が茶色の髪と茶色の目をしている。だが対照的にギルセナ王国は赤色をベースとした近衛兵の制服に、兵士は黒のカールした髪に青い目をしており、国によって人種の差があるようだ。
とにかく解放されたドレスの裾を引っ張ると、私も礼節にのっとり一番最後に礼をかわして、ユーリの背後に隠れようとした。するとレンブレント王が突然、なんの予告もなく私の右腕を引っ張った。咄嗟にセイアレス大神官とユーリの顔色が変わる。それを見てさらに面白そうな表情を浮かべたかと思うと、右腕を思い切り握りしめた。
痛いっ!!何をするんだこのオヤジは!!
でもここで痛いと言ってしまうと、聖女フェチのセイアレス大神官と、私を溺愛するユーリが何をしでかすか分からないので平静を装う。うぅ・・でも痛い・・・。このオヤジ、分かっていてわざとますます力を込めてくる。もしかして私を聖女だと疑っているのだろうか?いかん、これはどうにかしなければ!!
私は心を落ち着かせながら、レンブレント王の方を向いて言った。
「レンブレント王、私が危うくエルドレッド王子の足を踏みそうになったのを、止めていただいたのですね。ありがとうございます。私、まだこういった場には慣れていませんので、王子様の足の安全のためにも、ここは失礼いたしますわ」
私はここぞとばかりに、少し慇懃無礼気味にお礼を言った。右上腕部を圧迫していた力が弱まって、指先に血が戻ってくる感覚がする。本当なら時間を止めて、このオヤジの顔に、油性ペンでへのへのもへじでも書いてやりたい気分になったが、腐っても王様。やめておいた方が無難だろう。私は想像だけに留めておいた。
私がユーリのエスコートでその場を離れると、ソルデア王も一緒に付いてきた。なんでもユーリと話がしたいらしい。中庭に続くテラスを抜けて室内に入ると、そこにはユリアナ皇女様が護衛騎士と共にいた。




