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秘密を知る者

前聖女召喚を500年前に、設定を変更しました。

薄暗い地下神殿にその者はどのくらいの時間だろうか、もう外は日が落ちてしまったであろう時間になってもまんじりともせず、早朝に訪れた時と同じ場所で同じ体勢で立っていた。

神殿の中は荒い石を削って作られた太い柱が何本も立ち並んでおり、そこを仄かな蝋燭の明かりが照らしている。地面には恐らく昔はとても豪華で細かい刺繍がほどこされていたであろう絨毯が、今では擦り切れて、その鮮やかであったろう朱の色はくすんで茶色に変化していた。


誰も手入れするものがいなかったのだろうか、地下植物が一面天井を覆い尽くしてる。そこに表情もなく立っている人物の前には、巨大な彫像がたっていてその人物はその彫像を長い時間ずっと見つめていた。


その者が突然片ひざを付いてその彫像に最敬礼をすると、その閉ざされていた口をひらいた。


「先日、時が戻りました。とうとう例の聖女がこの世界に召還されてしまったようです。貴方様のお言いつけどおりに、その聖女をこの世界から排除するつもりです。私は永遠に貴方様のしもべ。永遠の忠誠を誓います。聖女様・・・・・」


そういってその者は目の前の彫像の顔をもう一度見上げた。その彫像は500年前に召還された王国を救ったとされる、聖女ハナのものであった。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


私、倉島 桜は、異世界に召還されてから、今がおそらく一番充実した毎日を送っている。今王城で、マナーの先生であるフリオニール先生の授業を受けているところだ。マナーとは言っても奥深いもので、自分の立場から見て上の者へのマナーから始まり、身分の下の者といったように変化していく上に、誰がどの立場なのかも顔を見て覚えなくてはいけない。


まず口頭と資料で説明を受けてから、筆記試験を受け実際にやってみる。しかもこの世界には写真というものがないらしく、未だに肖像画で人を判別しなくてはいけないのだ。実物とかけ離れた肖像画なんて珍しくもなく、特にうら若き令嬢などは条件のいい伴侶を見つける為に何割増しかの絵になっていて、実際会ってみると全然違うといったことが往々にしてある。そんな中での訓練で、私は心身ともに疲労困憊していた。


「ウレジミール伯爵令嬢から季節のお茶会の招待を受けました。どうしますか?」


フリオニール先生は容赦なく質問を投げかける。ウレジミール伯爵令嬢なんて会った事もないのにお茶会なんて参加するわけないじゃない・・・。でもこの答えではだめなのだ。


「今の季節だと、百合の花のついた柄の便せんで、少なくとも一両日中以内には丁寧な参加のお返事をお出しします」


どうだ!!と言わんばかりの大声で私は答えを言った。するとフリオニール先生はその尖った形の眼鏡を人差し指で優雅に押し上げたかと思うと、ダメだという表情で首を横に振った。


「確かに今の時期、百合の花という考えは良いですれども、ウレジミール伯爵は150年前の戦争のときに、百合将軍と呼ばれたベルリーナ侯爵に討たれました。それ以来ウレジミール伯爵家には百合の花は禁忌とされています」


150年前のことなんかしらんがな!!!私は怒りに震えながらも、元来の真面目な性格が災いして、今ではこの世界の出来事は大体100年前からのことであるならば、すべて記憶していた。


「20問中18問正解です。素晴らしいです!!セシリア子爵令嬢。これでダイクレール侯爵家の奥様として家を守っていくことも大丈夫ですわ」


フリオニール先生はその細い目に涙をためて褒めてくれた。でも私の心の中は複雑だった。


半年前、同時に2人が聖女として召喚されて、私だけまさかの魔力ゼロと判定されて神殿から捨てられた。その時に時を止める能力に気付き、何とか雑用係の仕事をみつけ生き延びた。


その騎士訓練場で出会ったユーリス騎士団5番隊隊長と、図書館で出会ったアルフリード第一王子から求愛され、その上、王位を巡る争いにも巻き込まれて危うく死にそうな目にもあったが、王家に伝わる3種の宝飾のお陰で助かった。


自分が本物の聖女であるといわれたがそれは秘密にして、未だに普段は雑用係の少年クラマとして、ユーリス様が出征するときはセシリア子爵令嬢として王城に行き、淑女教育を受ける事になった。


あれから通算2度目の淑女教育を受けている。フリオニール先生は、私がユーリス騎士団隊長の婚約者セシリアだと思っているわけだが、実は私が聖女で、本当はサクラという別の世界から来た少女だとは知らない。そのことを知っているのはウェースプ王国の中でも限られた人のみなのだ。


あの事件の後、ユーリスやアルフリード第一王子に愛の告白をされたが、私は返事を保留にしてある。二人とも私にとっては大事な人なのだが、どちらかを選べと言われても無理だった。


「・・・私はダイクレール侯爵家の婚約者じゃないんだけどなぁ・・・」


こっそりフリオニール先生に聞こえないようにつぶやいてみた。そして自分の姿を見る。腰まで届く黒いストレートな髪に、黒い瞳。高価な桃色のシフォンのドレスに身を包み、その姿はまさに、昔、本で読んだお姫様のような姿だ。でも私はお姫様ではない。違う世界から連れてこられた、普通の17歳の高校生なのだ。


私は大きい溜息をついた。


もう二度と元いた世界には帰れない。私をこの世界に召還した大神官、セイアレスはそう断言した。私はここで一生、生きていかなければいけない。それを知った時に考えたのは、ならばこの王国の田舎で、のんびり暮らして子沢山の平凡な家庭を築きたい・・・だった。なのに・・・・。


そんな風にぼうっと考えを巡らせていると、後ろから聞き覚えのある声がした。


「セシリア、また何か発明品でも考えているのか?ものすごい顔になっているぞ。淑女教育に来たと思っていたが、淑女からはほど遠い顔だな」



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