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セロファン師は気が進まない  作者: 九藤 朋
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 高層ビルの最上階。

 男は総大理石浴室のジャグジーバスに入り、ワインを飲んでいた。

 血の赤のようなワイン。

 実際に彼は今の地位にのし上がる為に多くの血を流してきた。

 怨嗟の声をものともせず。

 そう出来るだけの人間にしか許されない高みがあるのだというのが男の持論だ。

 赤ん坊の首を絞めたこともある。

 少年をなぶり殺したこともある。

 たくさんの人間に首を吊らせ、嫌がる女を無理矢理に暴行したことなど数え切れない。

 金を右から左へ転がし。

 警察には賄賂を使い。

 政界関係者とつるんで報道機関にも睨みを利かせている。


 男には怖いものなど何もなかった。


 最初、その声が聴こえた時は空耳かと思ったものだ。


「ねえ。貴方が最期に望む色は何だい?」


 見れば広々とした浴室に、黒服を着た少年が紛れ込んでいる。

 怪訝に思った男は、次にこれは気の利いた部下の差し金かと思った。

 男は少年愛好者でもあった。

 喪服のような服装は気に喰わないが、顔立ちの涼しげな少年は、髪に鈴飾りなどつけて洒落込んでいるではないか。

 ただネクタイピンの真珠はいただけない。真珠をこんな湿度の高い部屋に置くと輝きが鈍る。癇性の男はそう思った。

「おい、お前。一緒に入るのなら服を脱いでから来い」

 少年は言われた意味が解らないようにきょと、と首を傾けた。

「僕はお風呂に入りに来た訳ではないよ。貴方の最期の色を見せに来たんだ」

「ああ?つべこべ抜かすな。阿部の肝煎りで来たんなら、さっさと俺を悦ばせろ」

「やれやれ。こうも話が通じない人も珍しい」

「おめえだよ、それは。男娼ならそれらしくしろ」

「僕はセロファン師。死にゆく人の最期に、望む色を見せるのが生業。残念ながら、男娼ではない」

「セロファン師~?おかしな遊びだな。阿部もよくよく趣向を凝らしたいと見える。まあ、先日ポカやらかしたからな。失地回復に必死だってところか」

「ねえ。どうでも良いんだよ。僕にはそんなこと。貴方の望む色を答えて。何だか僕は飽きてきてしまいそうだ。そうそうないんだよ?そんなこと」

「そう、色、色、連呼するんなら」

 言って男は舌舐めずりした。

「お前の肌の色を拝ませろ」

「まあ世の中には色、色、な人がいるからね」

 セロファン師はそう言って冷たくくすりと笑う。

「残念だけどもうそろそろ時間切れだ。貴方は色も見られないまま逝くことになる。僕とはご縁がなかったようだ」

「何だと?ここまで来といて。おい、待ちやがれ」

 ざばり、とジャグジーバスから立ち上がった男の視界に、もうセロファン師はいない。

 その時、浴室のドアが勢いよく開き、銃声が何発も鳴り響いた。

 男は裸のまま、阿部と言う部下の手によって殺された。



 たとぅ、たとぅ、たとぅ、と、高層ビルよりも高いところをセロファン師は駆ける。

 彼には男がどんな悪漢でも部下に殺されようとも関心ない。

 ただ、人生の終焉に色を見せられなかったことだけが残念だった。


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