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セロファン師は気が進まない  作者: 九藤 朋
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 自転車の車輪は虚しく回っていた。

 その傍に投げ出された少年は、これはもう助からないなと感じる。

 脚は変な方向にねじ曲がっているし、頭には嫌な感じの激痛がある。

 田舎の何の変哲もない道路。

 夕暮れ時、下校途中の彼を撥ねたトラックはとうに逃げ去った。

 そうして聴こえる木靴の音。

 たとぅ、たとぅ、たとぅ、と。

 それは死の先遣り。死神の代行者たるセロファン師。

 逢魔が時に、その存在は如何にも相応しいように思える。

 ただの都市伝説じゃなかったのか、と少年は思った。

 夕日がやけに大きく赤く見え、少年のすぐ目の前には蒲公英(たんぽぽ)の花が咲いている。

 その可憐な黄色が目に沁みる。

 なぜだか、こんな時に。

 

 少年とそう年が違わないように見える喪服のセロファン師は、全体に涼やかな気配を纏っていた。

「最期に君の望む色は何だい?」

 声もまた、清涼感がある。しかし問い掛ける内容は決して優しくはない。

 なぜならセロファン師は少年の死を既に決定したものとして語っているから。

「……ない。俺、まだ死にたくない」

「君は死ぬ。だからこそ、僕は呼ばれて来た」

「死にたくない」

「君は、死ぬ」

 少年はかっとなった。

「お前なんかが何で決めるんだよ。俺、まだ十五だぜ?…まだ、まだこれからだってどんな大人も言うだろ」

「僕はそんな大人の範疇じゃない」

「お前、残酷だよ」

「ごめんよ。そう言われる理由が解らない。でも僕は、君を殺す訳じゃない」

 そんなことは少年も知っていた。

 セロファン師は寧ろ、死者に対して良心的な存在だ。

「色なんかすぐに思いつかねえよ……」

「それじゃ僕が困る」

「死にたくない。まだ、死にたくない」

「望む色を言ってくれ」

「言わない。絶対に」

「僕が困る」

「困れよ。俺は、絶対に死にたくないって思いながら逝くから」

 爪の間に入った砂利を見ながら少年は目を閉じた。

「矛盾しているよ」

 しかしもう、少年から返る答えはない。

 セロファン師が色を披露するまでは、死なないのが原則。

 だが少年は飽くまでも色を拒んで、逝ってしまった。

 色を拒み、死を拒み、極限まで生に執着して。

 その日の夕日はやけに赤かった。

 蕩けそうな赤だった。

 死を受け容れられないと拒絶した少年の死に顔はどこか怒ったようだった。

 夕日がその死に顔まで赤く染める。

 

 たとぅ、たとぅ、たとぅ。


 セロファン師は無限彩色のセロファンを懐に、真っ赤な夕日を追うように宙を駆けた。

 どこまでもどこまでも、彼は駆け続けた。

 激しい感情は彼の中にはない。

 ただ、言いようのない虚しさと寂しさが在った。

 自転車の車輪がまだ回っていたなと、そう思った。


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