XXVI
人も通らぬ廃屋の中、まだあどけない少年は、パイプ椅子に座らされ、身体をぐるぐるとガムテープで固定されていた。
その目はきょとんとして、自分の置かれている状況をよく把握出来ていない。いや、把握すまいとしてわざと感情に蓋をしている。
たとぅ、たとぅ、たとぅ。
物珍しい音に聴き入っていると、いつの間にか彼の目の前にはセロファン師が立っていた。
セロファン師は微笑みながら言う。
少年にとっての生への最後通牒となる台詞を。
「君が最期に見たい色は何だい?」
「僕?」
「そうだよ」
「僕、死ぬの? 貴方、セロファン師?」
「そうだよ。よく知ってるね」
セロファン師は二重の意味で頷く。子供の口がガムテープで塞がれていなくて良かったと思いながら。
「誘拐犯に、君のご両親は金を払わない。なぜなら払えるだけのものがないからだ。警察は偽札を用意する。けれどそれは君を攫った犯人たちに露見する。そして君は殺される」
水がさらさら流れるように、セロファン師は少年の死のシナリオを語った。
少年は目を真ん丸に見開いて、それらの言葉を聴いている。
「さあ、今の内に。見たい色を言ってくれ」
「その必要はないわ」
突如、介入した声。
セロファン師が首を巡らせると金髪に白いパンツスーツの少女――――ナナが立っていた。
「警察にここの場所を通報した。もうすぐ、彼には救いの手が差し伸べられる」
「……僕の仕事の邪魔をするのかい」
「命は尊いものよ。代えが利かない」
「最期の色もそうだ。代えられるものなどない」
やや、感情的になるセロファン師は珍しい。彼は自分の生業に誇りを抱いていた。
その誇りは静かに密かに、けれど確かに彼の内に宿る核のようなものだった。
つかつかとナナは少年に歩み寄ると、その縛めを解き、彼の小さな身体を抱き締めた。
「よく頑張ったわね。もう少しよ」
少年は、感情の堰が切れたように泣き出した。今ここで、麻痺していた感情を彼はようやく取り戻したのだ。
セロファン師は複雑な面持ちで二人を見ている。
ナナの介入は、彼には決して愉快な事柄ではなかった。




