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セロファン師は気が進まない  作者: 九藤 朋
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 真昼に響く木靴の音。


 たとぅ、たとぅ、たとぅ、と。


 今しも校舎の屋上から飛ぼうとしていた少女はその音に顔を上げた。

 見遣れば()()(たま)の、喪服の黒が立っている。

 彼こそは死の使者妖しのセロファン師。

 風の強い屋上は彼の髪と髪飾りの鈴とをなびかせた。

 しゃらしゃらと音が鳴る。


「貴方…セロファン師?本当にいただなんて」

 

 物憂く微笑み、セロファン師はピエロのように気取った大袈裟なお辞儀をする。


「もちろん、僕は実在するよ」

「――――――私の自殺を止めに来たの?」

「いいや。君の最期を彩る色を見せに来た」

「…冷たいのね」

 セロファン師がきょとりとした瞳で問う。

「じゃあ君は、僕が飛ぶのをやめなよと言えば飛ばないのかい?そら、鳥のようにそこから飛び立つのを思い止まるのかい?その程度の気持ちで、僕が呼ばれる筈はないのだけど」


 肩までの髪をセロファン師同様になびかせながら少女は睨むようにセロファン師を見る。


「貴方、冷たいのね」

 繰り返して言う。

「セロファン師は温度を持たない」

「私が死んでも良いと思ってる」

「死を望むなんて贅沢だなとは思うよ。否応なしに死ななきゃならない人も多いからね」

「何も知らない癖に」


 セロファン師が微笑んだ。

 セロファン師は激しい喜怒哀楽の面を持たない。

 上空の風は彼らの遣り取りをともすれば掻き消すようで。

 鳩が人の世を知らぬ気に飛んでいる。

 少女は飛べるだろう。

 しかしそれは一瞬だけだ。

 その後に待つのは奈落。

 セロファン師が何かに呼ばれたように天を仰ぐ。

「君の死への渇望は薄れ始めている」

「え?」

「僕への憤りで、それが揺らいだんだ」

「………」

「どうする?飛ぶかい?一瞬だけでも、鳥のようにさ」

「どうして止めてくれないの。こういう時は止めるものでしょう」

 少女は泣きそうな顔になる。

「それはセロファン師の仕事じゃない」

「貴方はどこまでもセロファン師でしかないの?」

 セロファン師が初めて言葉を聴いた赤ん坊のような顔になる。

「僕はセロファン師として生まれ、在り続けている。それ以外で在る筈がない。ただ、セロファン師でない僕なら、きっと君を止めただろう」

「…本当に?」

 セロファン師は肩を竦める。

「うん。それか一緒に飛んであげたかもしれないな。僕は空を飛べるから、案外、君も連れ立てば飛べるかもしれない」

 セロファン師の言葉は、最後のほうは笑みさえ含んでいた。


「一緒に飛んでくれる?」

「セロファン師でない僕はそれを望むよ」

「けれど貴方はセロファン師」

「そう、けれど僕はセロファン師」

「飛ぶわ。私一人で飛んで死ぬわ」

「不思議だな。そう言うごとに君の瞳には生の輝きが増してきている」

「女心を一々覗くだなんて、嫌なセロファン師さん」

「どうやら僕の出番は無くなりそうだ」

「残念?」

「いいや。良かったと思うよ」

「それはセロファン師としての言葉?」


 それとも――――――、と少女が続けようとした時、屋上には既に誰の姿もなかった。




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