XVII
たとぅ、たとぅ、たとぅ、という音が近づくにつれ、ああ、いよいよ自分は死ぬのだなと少年は思った。
彼は今、教室の窓から飛び降りようとしていた。
やがて舞い降りるはセロファン師。
厭わしく恋しき死の顕現者。
その涼しげな風貌を見て、自分もこんな顔だったら苛められずに済んだかな、とちらりと思い、そんな自分を少年は恥じた。
今更だ。
せめても、意趣返しの積りで少年は先にセロファン師に声を掛けた。勝手な感情だと知りながら。
「見たい色はないよ、セロファン師」
先んじられたセロファン師は、小首を傾げる。
しゃら、と髪飾りが鳴る。
「そんな筈はないんだけれど。誰しも心の奥底に、切望する色がある」
「切望と言うなら」
少年の顔と声が歪んだ。
彼は泣き笑いのような表情でセロファン師に言った。
「俺が苛めから逃れることを、何よりも切望したさ。けどそんなの、あんたには何の関係もないだろう?」
「うん、ないね」
セロファン師が真顔で頷く。
「ねえ、君」
セロファン師が紡いだ声は珍しく諭す響きを帯びていた。
「この世には美しい色、綺麗な色、煌びやかな色、素朴で温かい色、様々な色があるんだ。君はその若さで命を投げ出し、あまつさえそんな色のどれにも触れずに逝こうというのかい?」
「……放っておいてくれ。俺は今の地獄から脱け出せるなら何でも良いんだ」
「ふうん……」
セロファン師はつまらなさそうに相槌を打つと、教卓を一撫でした。
「それでは、僕が困るんだけどなあ」
「知ったこっちゃない。俺が困っていた時だって、あんたには知ったこっちゃなかっただろう?」
「それはそうだ」
少年はセロファン師が立ち去るのを待ったが、いっかな、セロファン師は去る気配を見せない。
彼は窓枠に手を掛け、脚を掛けた。
もう、ほんのあと僅か。
あと僅かで少年は望みを果たせる。
切望する色を望むことなく。
その事実を寂しいことだとセロファン師は思うが、止めはしない。
以前、会った少女は飛ぶのをやめたが、この少年はやめそうにない。無駄足だったかと、セロファン師は嘆息した。
窓から見える、階下の潰れた柘榴のようになった少年に囁く。
「僕に色を見せることを許してくれなかった君。生きる間に色を見つけられなかった君。……虐げられ、その道しか選べなかった君。そして君を止めなかった僕。ねえ、この世には哀れな者で満ちていると思わないかい?」




