表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セロファン師は気が進まない  作者: 九藤 朋
17/58

XVII

 たとぅ、たとぅ、たとぅ、という音が近づくにつれ、ああ、いよいよ自分は死ぬのだなと少年は思った。

 彼は今、教室の窓から飛び降りようとしていた。


 やがて舞い降りるはセロファン師。

 厭わしく恋しき死の顕現者。


 その涼しげな風貌を見て、自分もこんな顔だったら苛められずに済んだかな、とちらりと思い、そんな自分を少年は恥じた。

 今更だ。

 せめても、意趣返しの積りで少年は先にセロファン師に声を掛けた。勝手な感情だと知りながら。


「見たい色はないよ、セロファン師」


 先んじられたセロファン師は、小首を傾げる。

 しゃら、と髪飾りが鳴る。


「そんな筈はないんだけれど。誰しも心の奥底に、切望する色がある」

「切望と言うなら」

 少年の顔と声が歪んだ。

 彼は泣き笑いのような表情でセロファン師に言った。

「俺が苛めから逃れることを、何よりも切望したさ。けどそんなの、あんたには何の関係もないだろう?」

「うん、ないね」

 セロファン師が真顔で頷く。


「ねえ、君」

 セロファン師が紡いだ声は珍しく諭す響きを帯びていた。


「この世には美しい色、綺麗な色、煌びやかな色、素朴で温かい色、様々な色があるんだ。君はその若さで命を投げ出し、あまつさえそんな色のどれにも触れずに逝こうというのかい?」

「……放っておいてくれ。俺は今の地獄から脱け出せるなら何でも良いんだ」

「ふうん……」

 セロファン師はつまらなさそうに相槌を打つと、教卓を一撫でした。


「それでは、僕が困るんだけどなあ」

「知ったこっちゃない。俺が困っていた時だって、あんたには知ったこっちゃなかっただろう?」

「それはそうだ」


 少年はセロファン師が立ち去るのを待ったが、いっかな、セロファン師は去る気配を見せない。

 

 彼は窓枠に手を掛け、脚を掛けた。

 もう、ほんのあと僅か。

 あと僅かで少年は望みを果たせる。

 切望する色を望むことなく。


 その事実を寂しいことだとセロファン師は思うが、止めはしない。

 以前、会った少女は飛ぶのをやめたが、この少年はやめそうにない。無駄足だったかと、セロファン師は嘆息した。



 窓から見える、階下の潰れた柘榴のようになった少年に囁く。


「僕に色を見せることを許してくれなかった君。生きる間に色を見つけられなかった君。……虐げられ、その道しか選べなかった君。そして君を止めなかった僕。ねえ、この世には哀れな者で満ちていると思わないかい?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ