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神に選ばれた俺は  作者: 瀬田 冬夏
第2章 人の想いと神の想い
35/36

嵐が過ぎ去った後は、晴天であるといい

ちょっと長め。



 さて。本日最後のイベントを終わらせよう!

 っていうかほんとまじでこれで最後にしてくれ……。


 応接室にはメリーマムルさまと女神エンプティとそこの教祖とさっき迎えに来た信徒と、俺の五名が座っている。


「えーっと……」

「私絶対帰らないから!」


 俺の第一声がしまらなかった事もあるかもしれないけど、女神エンプティはまるで子供のように言ってメリーマムルさまの腕にしがみついた。

 ……幼児退行してませんか? 大丈夫ですか?

 面倒なんでそんな事しないでくださいね。


「エンプティさま。わがままをおっしゃらないでください」

「わがまま!? わがままだというの!?」

「あのー。熱くならないでください」


 テーブルを挟みながらも、顔を近づけて怒鳴りそうなエンプティさまに下がって貰う。


「エンプティさま。エンプティさまが高位神になって、創世神となってこの世界から出て行った後の事って考えた事ってあります?」

「え?」

「それが、原因ですよね?」


 エンプティ教の教祖に問いかける。彼は何も答えない。


「どういう事?」

「エンプティ教だけではなく、この世界では、教祖による信者の数が調整されているって事ですよ」

「……調整……。私が居なくなった後? ……加護の消失?」

「はい。ですよね?」


 自ら答えにたどり着いたエンプティさまに俺は頷き、向こうの教祖に確認を取る。彼は何も言わない。否定はしないって事はそれが理由なのだと知れる。

 エンプティさまは驚いて、そして、止める間すらなく教祖の頬を叩いた。

 教祖は何も口にしない。ここに来てずっと黙っている。エンプティさまに目も合わさない。

 というか、女神のみなさん、わりと暴力的ですね……。


「私の信頼を裏切った理由が、そんなくだらない事だったというの!?」


 涙を浮かべてエンプティさまは怒鳴る。

 教祖は顔を上げない。ただ、堪えるように噛みしめているようだった。

 ああ……、失礼しました。ひっぱたいても仕方がないかもしれません。それだけ、辛かったって事だろうし。


「何故、相談をしなかったの!?」

「相談? 出来るわけ無いじゃ無いですか。創世神になりたがっている貴女に、俺たちのためにこの地に留まって欲しいなんて」

「だから私に内緒で皆を辞めさせるの!?」

「彼らは納得して出て行きました。みなそうです。……私も納得して、二代目になりました」


 あ……。教祖、代替わりしてるのか。代替わりなんてあったんだ。……あれ? ……代替わりってどうやるんだろ。俺しらねぇけど? 誰か、その知識を俺に入れてくれよ! なんで入れてねぇの!? 不要だって思われた!? 超重要な事だよな!? まじめに重要な事だよな!?


 向こうの教祖の言葉に俺はまったく別の理由でドキマギどし始めてしまった。

 メリーマムルさまに聞きたいけど、この場で聞くのはさすがに躊躇われる!


「エンプティ。この問題は貴女だけの問題じゃないわ。きっとこの世界にいる神々全ての問題よ」

「メリーマムル……」

「きっと彼は相談したのよ。神ではなく、人にだと思うけど。そして誰に相談しても、きっと同じ方法しか返ってこなかったと思うの。違う?」

「……はい。父からも、付き合いのある他教の教祖からも、この方法でしかエンプティ教を維持出来ないと言われました」

「つまり、人間の都合を優先したってわけだ」


 俺の嫌味に、教祖は俺を睨み付けてくる。


「貴様だって、同じ立場になれば分かる! 神の信頼を裏切り続ける事がどれほど辛いか! それでも信徒達のために、裏切り続けなくてはいけない事がどれほど苦しいか!」

「俺は同じ立場になりませんよ。ねぇ? メリーマムルさま?」

「そうね。わたし達はきっちりと後輩を育ててから旅立てって言われてるものね」

 

 メリーマムルさまが、いじめちゃいけませんと言うように目で言ってから彼らに答えた。


「わたし達はキリュー教を作った時からそれは決められていたわ。後輩を育てること。また抜け駆けをしないこと。わたし達は第一期の神々が大神以上にならないとこの世界からは旅立てないわ。それがわたし達と桐生との約束事」


 メリーマムルさまはそう告げて、エンプティさまを見た。


「だから、エンプティも後輩を受け入れて育ててみない? 今はみんな多神教はって敬遠してるけど、わたしは今のところそれしか方法がないと思っているわ」

「メリーマムル……」

「そして、お互いに、貴女も子供達も笑顔で旅立ちを祝って欲しいの」

「……分かりました」

「エンプティ様!?」


 制止するように声をかけるのはエンプティ教の信者達。


「私の後を引き継いでくれる神を探します」


 メリーマムルさまに告げた後、信徒達を見た。恨みがましいように。


「言っておきますが! 本当に辛かったのよ!? あなたたちだって家族が突然消えたら嫌でしょう!? 私にとってあなたたちは家族で子供なのよ!? 本当に辛かったんだから!」


 大声で、張り裂けるようにそう信徒達に告げるとエンプティさまは顔を手で隠しながら泣き出してしまった。


 おろおろするエンプティ教の信徒達。メリーマムルさまはエンプティさまを抱きしめて優しく背中をさすっていた。

 俺は冷めつつある紅茶を飲みながら遠くを眺める。

 こんな簡単に収まるなら俺必要なかったんじゃ? って思ってしまったからだ。

 女神と他教の教祖がいるから俺じゃなきゃ駄目だけどさ。

 

「エンプティさま。せっかくですから今日は、最初の予定通り、泊まっていってください」

「……いいのですか?」


 涙で濡れた顔をちょっとだけ覗かせてエンプティさまは尋ね返してくる。


「ええ。ぜひに」

「……まぁ、嬉しいですわ」


 エンプティさまはキラキラと子供のような笑顔を見せてくれた。

 いろいろ胸にあった不安や心配がなくなって、本来の彼女の雰囲気に戻ったのだろう。

 その顔を見て、驚いた教祖は俺を忌々しそうに睨んできた。

 むしろ、嫉妬か? って思うような目つきだ。

 ……あれ? もしかしてまじめに嫉妬か? ……ふーん。ふーん。そうなんだぁ。ふーん。

 理解したら、俺の笑顔はなおのこと輝く。


「もしよろしければ、キリュー教の美のコースも体験していきませんか?」

「美のコース!?」

「はい。頭のてっぺんから足の先まで、美しさを求める人のためのコースを今、作っているところなのです。その体験をしていただきませんか? お美しい貴女をさらに輝かせてみせるとこの桐生がお約束いたします」


 女神エンプティの手を取る。


「貴女が悲しまれた分、貴女が流した涙の分、楽しいことを考えましょう」

「……ふふ、そうね、それもいいかもね」


 女神エンプティも俺の手に自身の手を重ねて。


「ぜひお世話になろうかしら?」


 女神らしい素晴らしい微笑みに、向こうの教祖は立ち上がって、俺の手を叩いてきた。


「エンプティさま! いけません! 穢れます!」

「まぁ何を言うの? 失礼でしょう。謝りなさい」

「なっ!?」


 子供に言い聞かすようにエンプティさまは言って、教祖は顔を真っ赤にさせている。


「ラック~。お客様のお帰り~」


 ぎゃんぎゃん喚く客を、ラックにお任せして、俺は手を振って見送る。

 ラックが恨みがましい目で俺を見ていたが、俺はしらなーい。

 仕方なさそうに騒ぐ教祖を引きずってラックは去って行った。

 もう一人の信徒の方はエンプティさまに本当に泊まるのか確認してから大人しく出て行った。


「桐生、悪趣味ですよ?」

「これぐらいは許してくださいよ。好きな人を泣かせて、さも自分が一番辛いんだなんて顔してるのなんて、許せないんで」

「もう……」


 メリーマムルさまはそれだけで終わってくれた。

 エンプティさまは笑いながら俺を見て、メリーマムルさまを見た。


「あなたたちは本当に仲がいいのね」

「そう? とても嬉しいわ」

「いいんですよ? 本音を言っても。神様をこき使ってくる困った子なのよと言っても」

「あら、言わないわよ。桐生はとても良い子よ」

「…………ありがとうございます……」


 本心で返されると俺としても反応に困る。

 二人に許可を得て、俺はナデコに来るようにメールを送る。

 即座にナデコは来たので。


「エンプティさま、こちらはうちの者で撫子と申します。で、ナデコ。こちら大地の女神エンプティさまだ」

「初めまして、キリュー教第四信徒 伊沢 撫子と申します」


 すっと頭を下げるナデコ。


「エンプティさま、この者が美のコース(仮)を担当することになります」


 そう紹介すると、ナデコが俺を見た。


「先輩。美のコースってあれですか? 景品に入れようっていってたシンデレラコース?」

「そう」

「え? なんでこんな……」


 忙しい時に? と目が言っている。言いかけて、さすがに不味いかと止めたがもうほぼお前の顔は言っているも同然だ。


「向こうの教祖への嫌がらせだ」

「はぁ……」

「俺がするわけにも行かないし、よろしく頼む」

「……分かりました」


 よく分からないが、仕事だしと切り替えたのか、ナデコはエンプティさまに対しては笑顔で、こちらへどうぞ。と先導していた。

 メリーマムルさまも一緒にどうぞ。と俺は声をかけた。

 三人が去って行くのを見送って、俺は腕を組む。

 さて、ナデコの仕事は俺が変わるとして、だ。綺麗になって悔しそうにする顔も見たいんだが、教祖さんは様子を見に来るかねぇ。

 嫌がらせに、洋服は俺が用意するか。

 あ、あと、帰りはジュリーンさまに送って貰うようにお願いしようかな。

 大地の女神と樹木の男神なら相性もいいだろうし。焦るだろうなぁ。

 ウヒヒヒヒヒ。


「……やってくるなり何、邪悪な笑みを浮かべているんだ?」

「いやいや、真実の愛の女神の信徒としては許せない事があったから、報復はすべきだろうと思うわけだよ」


 一階の事務室に顔を出した俺に対して千影が珍しく顔をしかめて酷いこというので、俺はそんな事ないと否定を返した。


「撫子は?」

「別件を頼んだからしばらく戻ってこない」

「……人手がたりないぞ?」

「分かってる。きちんと俺も働くさ。状況は?」

「冒険者受付は割と落ち着いているが、商人ギルドの受付は満杯だな」

「まだ落ち着かないのか?」

「身内や従業員を登録させにきているのと、あと、冒険者が登録にもきてる」

「ああ……、なるほど。どちらも冒険者袋がつくからなぁ。商人ギルドは年会費が出るが、その分ポイントもおまけで付くし」


 通常であれば5百ゴルドーで1GP(ギルドポイント)だけど、年会費(1千ゴルドー)を支払えば20GP貰えるからなぁ。5年あればアイテム枠が一つ開けられる。と。

 設備も料金設定はわけてるから、使い分けた方がお得、と。


「って、ことは冒険者袋(それ)に気づいた商人達が今度は冒険者ギルドに来るわけか」

「……そうなるだろうな」


 千影はため息をついた。


「転移ゲートの方は?」


 国内のあちこちにひっそりと作った(許可はとってるぞ。見た目がひっそりなだけで)商人用の転移ゲート。基本はGPにて使用となるのだが、実際に使ってみないとその良さが分からないだろうって事で、初回登録の時にお試しチケットを渡してある。


「何名かが、嘘だろうと思って気軽にやって、お試しチケットをほぼ無駄にしていたな」

「無駄に? なんでそんなことになるんだ?」

「せっかく主要都市に行っても、商品を買うための金がなかったら意味がない」

「ああ、買い付け出来なかったのか。ご愁傷様」


 そこはもう自業自得だろう。ある程度状況を確認した後、俺は表の方に出て、ギルド登録の受け付けの席に座る。

 基本的にはただの一受付に徹していたが、中には、仲良くしたいなと思う商人の人も居て、自己紹介をし、後日改めてっていう形でアポを取ったりもした。



 それから。

 結局女神エンプティは二日ほど滞在し、ジュリーンさまにエスコートされてご自身の教会に帰っていった。

 向こうの教祖は絶望で泣きそうな顔で、エンプティさまを出迎えた。

 俺はその様子を隠れて見ていて、後でジュリーンさまに悪趣味ですよ。とやっぱり言われたけど。いいんですよ、これぐらい。本当に好きなら告白でもなんでもして、自分が生きてる間は傍に居てください。と願えば良かったのだ。エンプティさまはたぶん、それを嫌がらない。するべき事をせずに泣かせたあいつが悪い。と俺はツラツラと述べる。


「……桐生。サロネ教の信徒が処刑されるのは、君のせいじゃないですよ」


 突然投げ入れられた言葉に俺の思考は止まる。

 ジュリーンさまを見ると、苦笑が返ってきた。


「自分で気づいていないのですか?」

「……ああ……そうっすね……」


 理解はしてて、納得したつもりだったけど、納得しきれてなくて。でも、どうしようもない事だと言い聞かせて、納得したふりをした。

 その分のストレスを向こうの教祖に無意識にぶつけていたらしい。


「別に、あんなやつらどうでもいいんですよ。死のうが生きようが。俺には関係ない。自業自得だって思ってます。でも、俺たちが関わってしまったせいで死ぬのかと思ったら、後味は悪くて。それが嫌だったから無力化させる方法を考えてたはずなのに……。あいつらのためにじゃなくて、俺たちのために俺は誰かが死ぬのが嫌で、負けるわけにはいかないけど、勝っても負けても結局は同じだし、結局あいつらは助からない。でも、決闘が最後の引き金なんじゃないかって、俺たちが勝ったせいであいつらが死ぬんじゃ無いかって思いそうで嫌なんです」


 纏まらない考えをそのまま俺は口にする。きっと支離滅裂な事いってる気がする。


「……桐生。ゴルドーガルゼフに全てを任せるという手を取ってもいいんですよ?」


 優しく告げられた言葉に俺は呆然と立ち尽くして、それからゆっくりと頭を横に振った。


「それは、出来ません……」


 それだけは出来ない。


「泣くぐらい辛いのなら、耳も目も塞いでしまった方が楽でしょうに」

「泣いてないですよ」

「目に涙浮かべて何を言ってるんですか」

「でも泣いてないです」


 否定する。そこはまじ否定する!


「まったく君は」


 肩をすくめてジュリーンさまは俺の頭を撫でた。


「……俺一人で戦おうかなぁ……」


 思わずぽろりと出た言葉。


「日本人のメンバーはそうですね、その方がいいかもしれません。ですがティナを含め、こちらの子達はあなたたちほど、気にしないと思いますよ。いっそティナに全て任せて、お休みしたらどうです?」

「いや、そんなわけにはいかないですよね?」

「そうですか? たぶんあの子達は構わないと言うと思いますよ? それで桐生が気に病むよりは、ずっと良いとすぐに頷いてくれると思いますけど」

「それはそうかも知れないですけど……。でも、俺はキリュー教教祖です。他の奴らはともかく、俺は逃げるわけにはいきません。いえ、たとえ他の人間がやったとしても、結局は俺の責任です。なら、見届けますよ」

「……うなされるかも知れませんよ?」

「………………ああ、そうなったらティナさんに膝枕でもしてもらいます」

「ふふ、冗談で言ってるわけでは無いのですが、桐生もティナはともかく、決意は本物なのでしょう」

「ええ、まぁ。そうですね」


 俺はそう答えるしかなかった。

 決意なんて、全然本物じゃないけど。まだぐだぐだ唸りたいけど。必死にかっこつけようとしてる。

 決闘の時まで、必死に仕事して、何も考えないようにして、逃げ場なんてなくせば、その時には決意も出来るんじゃないかって。

 付き合いの長いやつはちょっとおかしいって感づいてるみたいだけど、仕事でへろへろになってるから、それが理由だろうと誤解してくれる事を祈りながら、仕事して。

 でも結局、嫌だなって逃げようとしてる自分を目をそらしそうになる自分を、自覚するしかなかった。


 そして、この日がやってきてしまった。

 遠く離れたところにあいつらがいる。

 俺以外の日本人メンバーはローズベリー様が「ハンデよ」とさも当然のように言って、控えさせた。

 ナデコとかは折角練習したのにと不服そうだったが、逆らいはしない。

 素直に従ってくれているのがありがたい。


「桐生さん」


 そっとティナさんが手を握ってきた。いや……違う。いつの間にか握り拳を作ってた俺の手を包んだんだ。


「わたしがします。全て。だから桐生さんも下がってください」

「……いや、何言ってるんですか」

「これはわたしの責任なんです」


 俺たちが話ししている間にカウントダウンが始まる。


「ただの決闘から宗教戦争に発展させたのは、わたしの意見なんです」

「……そうだったとしても、何も変わりませんよ。俺はキリュー教の教祖ですから。責任は全部、俺が請け負わなくては」

「いいえ、桐生さん違います」

「違いません」


 カウントがゼロになって、彼らがスタート地点から駆けてくるのが分かる。まずは騎兵が突進してくる。

 砂埃が凄い。歩兵大変だなぁ。と苦笑してしまう光景だ。


「桐生さん!」

「ティナ。俺にだってなけなしのプライドってもんがあるんだよ。好きな子に全部押しつけて、目をそらすなんて、したくないっての」


 ティナの方を見ずに俺は彼女の意志を無視して力を使おうとする。

 他の奴らにはさっき手を出すなっていったから、こちらを見ているが、何かをする様子は無い。まだ距離はあるし、焦る必要はないと思っているのだろう。

 さぁ、まずは---。


「嫌いになりますよ!?」


 力を行使しかけて、その言葉に俺の動きが完全に止まる。


「はい!?」

「なんで一人で全部背負うんですか!? わたしは頼りないですか!? わたしは貴方の足かせにしかならないんですか!? わたしの意志は無視ですか!? わたしの意見は全て無視ですか!? わたしはただの飾りですか!? 貴方と一緒に肩を並べていきたいと思うわたしは不要ですか!? わたしの外見だけが好きだっていうのなら、わたしは貴方なんか大っ嫌いです!!」


 思わず振り向いた俺の目に飛び込んできたのは、泣きそうな顔でもなく、怒った顔で、その瞳がじっと俺を睨み付けていて、軽く上がっていた俺の手はへろりと垂れる。


「てぃ……」

「わたしは第二信徒です! 貴方の右腕です! 貴方の荷物を半分背負う存在なんです! 貴方に守られるだけなんてわたしはごめんです!」

「……」


 俺は何も言えなくなった。今、彼女の意志を無視して、一人で全てを終わらせたら、俺は本当に嫌われる。そんな気がした。

 それは、彼女のプライドだ。俺とは違う。でも、神に仕える存在としてのプライド。俺よりもずっと神様に仕えてきた彼女故の譲れない思いなのかもしれない。


「……分かった。分かりましたよ」


 俺は降参と肩を落とした。途端に彼女の顔が輝く。


「それで、ティナさんはどんな風にするとか考えた?」

「そうですね、蜘蛛の糸で絡め取るとかそういうのは考えたんですけど」

「では、そうしましょうか。俺が彼らの前方から後方を泥に変えるんで、ティナさんは上から、投網のように蜘蛛の糸を張ってください」

「分かりました」


 ティナさんが了承してくれたので、俺は数メートルまで接近してきたやつらに、向かって九字を切るように、水平に動かす。

 大地と水と時空と便所の神々の複合技。

 土の質を変えて、水を含ませて、あっという間に底なし沼の出来上がり。といっても底はあるけど。でも、もがけばもがくほど体が沈んでいく。

 一応、腰くらいで底にはつくけど。倒れたりしたらそれなりに危険ですよっと。

 ティナさんの蜘蛛の糸が投網のように空から降ってきて、パニックになったやつらが、まるで助けを求めるようにその糸を捕まえた。

 ……そういや、蜘蛛の糸ってそういう意味もあるよなぁ。ある意味それだな。と思ってしまった。お釈迦様でもないけどさ。


 捕まった奴らは蜘蛛の糸でがんじがらめ……というかほぼ簀巻き状態に近い恰好で一本釣りされるように、乾いた地面へと飛ばされていく。

 あれ、頭打ってかえって危ないんじゃって思ったけど、糸の厚みでギリ頭を打たないようだ。

 他人を使ってまで沼から出ようとしたものもいるけど、そういうやつらはそれこそ、蜘蛛に捕らえられた獲物のように繭のようになってそこらへんに転がされた。


 この状態でまだ勝利宣言がされないって事は、まだ向こうが諦めてないって事なのかね。


 じゃあ、少しばかり、脅かしましょうか。


 俺はあえてライターくらいの火を出現させる。

 まずはぐるりっと囲うように。わざと間隔をあけて出現させたそれ。彼らは戸惑っているようだったが、次は同じだけの量を拳一つ分くらい横と縦にずらし様な火の囲い。

 さて、これを風でちょーっと揺らしたらどうなるかねぇ。

 俺はにんまりと笑って、驚かせようとした時、


 火の上にはらはらと落ちてきた茶色い何か。相手側へとつなげる線みたいな……。って!


「干し草!?」


 俺が驚いてティナさんを見る。ティナさんはこくりと頷いた。

 ただの干し草にしてはおかしな勢いで火が着いていき、それこそ導火線のようにサロネ教の信徒達に差し迫る。

 そして横にも、まるでドミノ倒しの様に広がっていく。

 まだどこか余裕のあった彼らの顔が絶望へと変わる。

 もはやどこにも逃げ場がない。沼から抜け出せたとしてもこれだけの厚みのある火の壁に彼らはどうしようもない。


 一瞬。その火を消そうと思った。衝動的に、殺しかねないから。

 でも俺はなんとかそれを堪える。

 俺だって似たような事をしようとしただろうと。

 迫り来る炎に少しは焦れば良いんだって。

 勢いが違うだけで俺だって似たような事をしようとしたんだ。


 だからここで止めるのは間違ってる。

 これがティナさんの覚悟なんだ。

 そう。覚悟。……覚悟?

 でも、俺はやっぱり……。

 殺したくない。

 殺さなくてもいいのなら殺したくない。


「ごめん!」


 一言謝って即座に火を消した。

 彼らの鼻先まで迫っていただろう炎は一瞬にして消え、焦げた嫌な臭いがした。

 もしかしたら髪が燃えたやつもいるのかもしれない。


「……負けを認めてくれないか?」

 

 そう声をかけたが、豚王は笑った。


「は、はは。人を殺せぬか、お前は。ははは」


 豚王は笑って、そして周りの騎士達に命令する。

 さっさと脱出して、やつの首を跳ねよ。と。

 自分自身、泥に腰まで埋まってるくせして、ずいぶんと偉そうだ。

 周りの顔を見ろよ。

 どいつもこいつも、負けを悟っている。

 『俺』が殺したくないだけで、キリュー教全体はそうじゃないって気づいているやつらはもうとっくに青ざめて助けてくれって祈ってるっていうのに。


 俺は何の気負いもなく豚王のところへ歩く。

 ティナさんは少し迷ったようだが、ついてくるようで、三歩後ろくらいを歩いていた。

 騎士や兵士達は俺が横を通っても、何も攻撃をしかけてこない。

 俺が横を通るのを固唾を呑んで、見つめているくらいだ。

 俺が通った道なら踏ん張る事も出来るんじゃ無いかってそっと手を突こうとしたやつもいたけど。

 そんなわけない。ここはもはや俺たちのフィールドだ。領域だ。

 土の上を歩くように、水だろうと泥だろうと歩ける。


 豚王の前に立つ。何人かの騎士が剣を振ろうとしたが、ちらりと視線を向けて牽制する事でその動きが止まった。

 俺は豚王の胸ぐらを掴み、泥から引き釣りだし、離す。

 無様に尻餅をつく。泥にまた体が埋まっていく。


「なぁ、負けを認めろよ」

「黙れ、お前達もっぐぇ」


 違う事を言い出した豚王を蹴る。


「勘違いするなよ。確かに俺は殺すのは嫌いだが、傷つける事は別に苦にしてないんだぜ?」


 言いつつ俺はまるで吸血鬼にするように木で作った杭を出現させ、豚王の上に配置する。


「お前が拷問コースが良いって言うのなら喜んでしてやるよ」

「な……」

「桐生さん。なら、変わってくれませんか?」


 俺の言葉に絶句する豚王。そしてティナさんが声をかけてきた。

 俺も含めて周りの人間の視線がティナさんに集まる。

 ティナさんの美貌が、冷たい空気を醸し出してて、美人は怒ると怖いっていう言葉を思い出した。


「わたしは元々アリスティーさまの信徒です」

「……ええそうですね」


 ティナさんの言葉に俺は頷いて、豚王を見た。豚王の顔は先ほどよりも青ざめている。


「両親からずっとアリスティーさまの信徒でした」

「ええ、そうですね」


 ティナさんの周りから、プレッシャーが発せられる。

 俺に向けられてないからマシだけど、向けられるやつらはたまったもんじゃないねぇ、これ。

 殺気に近いもん。神様からの。


「敬愛し崇拝し、わたしにとってアリスティーさまは全てでした」


 木の杭なんて生ぬるいとばかりに出現したのは、ドリルの様に螺旋を描いた針金達。

 先のとがったそれがゆっくりと回る。

 嫌でもえぐって中に入っていくんだって想像させてくれる動き。


「そのアリスティさまに対して、貴方はずいぶんと酷い暴言を吐いたようですが」

 

 豚王は青ざめを通り過ぎてすでに白い。

 ああ、そうか。あの時、ティナさんが止めた時の俺ってこんな感じなのか。

 そりゃ止めるね。感情のまま力を使わないでって言うね。はは。俺は止めないけどね。

 こいつが降参すれば、周りがどんなつもりでも終わりだ。

 逆に周りが降参してても、こいつが負けを認めないと終わらない。


「ぼ、暴言などと」

「では、なんといってわたし達の教祖様を怒らせたのです?」

「そ、それは」

「どうしたのです?」


 ティナさんは問いかける。

 ドリル達は豚王の目と鼻の先。

 

「と、とても素晴らしい神だと」


 豚王がわかりやすい嘘を口にした時、ドリル達はギュィイイインという音を立てて高速で回り出した。


「馬鹿にするのはやめてください」


 ティナさんが怒ってドリル達が一斉に豚王に襲いかかった。


「降参する!!」


 その言葉にティナさんはドリルの動きを止めた。

 豚王の体は……残念。薄皮一枚も破けてない。

 しかし豚王はずいぶんとなさけないなぁ。どうせなら、少しくらいは粘ってみろよ。

 逆の立場だったら絶対に嫌だっていうけどさ、俺も。


「キリューよ」

「はい?」


 立ち会いのゴルドーガルゼフさまが声をかけてきた。


「そいつは、教祖ではないぞ」

「………………………はい?」


 耳に入ってきた言葉が俺は信じられなくて、問い返す。


「それは教祖では無い。偉そうだがな。教祖はそこにおる」


 ゴルドーガルゼフさまが指さしたのは、だいたい陣の真ん中くらいにいる、ちょっと服が他と違うかな? ってくらいの男で、教祖らしい覇気を全然感じなかった。

 

「……つまり俺は、教祖でもない男にケンカを売られ、教祖でもない男に約束を反故にされた、と」


 口にしたらなんだか余計頭にきたので。


 パチンっと指を鳴らした。

 豚王はその場から消える。

周りの騎士達は驚いたように俺を見ていた。どこに、と聞きたくても聞けないようだった。

 俺もティナさんも怒ってたら、そりゃ、口を挟むのがどれほど危険な行為か分かる。

 見ろ、うちのメンバーを。

 誰一人、止めようってしない!

 きっと目も合わさないぞ!

 そしてやがて悲鳴が聞こえてくる。上から。

 その声に合わせてみんなは顔を上げる。

 黒い点から少しずつ人になっていくのが分かるだろう。それが誰であるか分かったとしても、美の女神の加護しかないやつらには助けられるはずもなく。

 ちなみに豚王は気絶出来ない。気絶しないようにちょっと圧力かけてるので。

 そして豚王は地面に激突する寸前で、バンジーの様にまた空へと戻っていった。

 右に左に振り子の様に、はたまたコマの様に回りながら、空と地面を行ったり来たりして、その勢いも無くなった頃、地面に下ろしてやったら、まぁ、見事に失禁してやがった。

 ひ、ヒヒヒヒ。なんて狂ったように笑って、俺の圧力が消えると、あっさりと白目を剥いて気絶した。


「で、降参すんのか?」


 改めて教祖に問いかける。


「降参します」


 教祖は頷いた。


「勝者キリュー教!」


 ゴルドーガルゼフさまの勝利宣言が出された。

 俺はばかばかしいとため息をついて、ティナさんと一緒に転移した。

 泥だった場所は水分をもう少し抜いて動きやすいようにしてやった。

 俺がしてやれるのはそこまで。


「帰るぞ」


 一言そう口にすると、うちのメンバーは「はい」となかなかに良い返事を口にした。

 ま、今頃心中複雑なんだろうけどな。

 俺もやばいけど、ティナさんもやばいって。

 でも、ぶっちゃけて、ティナさんの怒りは半分、演技というか、俺のためもあったとは思うんだよなぁ。

 アリスティーさまの事もあるけど、さ。

 俺に余計な負担をかけまいとしてるんだと思うんだよ。

 振り返りティナさんを見る。ティナさんは平常運転に戻っていて、先ほどの神々しさも恐ろしさもない。いつものほんわかとした雰囲気だ。


「俺って愛されてるなぁって自惚れても良い?」


 そう問いかけると、ティナさんは一瞬驚いた顔をして、それから、「はい」って、とても嬉しそうに笑ってくれた。

 内心ガッツポーズの俺。


「ラックさん、なんであんな話になるんですか?」

「リスト、ごめん僕にも分からないよ……」


 そんな会話は耳に入ってこない。入れる気もない。いいんだよ、俺が、俺たちが分かってたらそれで。


 そんなこんなで俺たちは勝者として帰った。

 たぶんこの時俺は、豚王に直接やり返すという形でストレスを発散したので、本当に笑ってられた。


 だからきっと他のやつらも気づかなかっただろう。

 この後何があるか、なんて。俺とティナさん以外誰も知らないのだから。


 その後。サロネ教が解散し、女神サロネが、本当にちょん切られてた男神ピエールとしてやって来たとしても、それこそ、負けたから。で俺たちの中で話は終わる。

 元神だけど、下働きとしてこき使っていいってなると、日本人メンバーはわりと容赦なく使った。うん。人で足りないよね。ゴメンネ。とそこは内心素直に謝った。


 そして―――。


 二十二個の墓石が並ぶ。

 ピエールはその手にたくさんの花を持って、そこに立っていた。

 この場には俺とピエールの二人だけだ。


「サロネにならなくて良いのか?」

「……なれません。私の罰が終わるまで性別は変更できません」

「そ」

「はい」


 頷いて、しばらくやっぱり立ち尽くしていたが、ピエールは最初の一歩を踏み出した後はすんなりと歩き出し、墓に花を飾っていく。

 泣きながら。謝りながら。私がふがいないばかりに。と。涙をぬぐうこともせず、嗚咽混じりに何度も何度も謝っていた。

 俺はそれを見ている事しか出来なかった。


 俺たちが関わらなければここで眠る人たちは死ななくても良かったのだろうかと思うこともあったが、考えるだけ無駄な事だと止めた。

 『if』なんて上げだしたら切りが無い。


「……埋葬、してもらえるとは思ってませんでした……」


 まだ涙で濡れたままだったが、ピエールは言った。


「お前の中で俺はどんだけ鬼畜なんだ?」

「あの子達はそれだけの事をしましたから……」


 ピエールの言葉に俺は肩をすくめる。

 野ざらしにするか、それとも埋葬するかは、こちらに与えられた権利の一つだった。

 ただでさえ、気分が悪いのにさらに野ざらしとか、ないわー。

 そいつらのためじゃなくて、俺のためにまずないわー……。


「ありがとうございます」


 静かにピエールは頭を下げた。


「……女神サロネは、本当は何を目指してたんだ?」


 並ぶ墓石を見ながら尋ねる。アリスティーさまがいつだったか口にした言葉を思い出したのだ。「美と愛欲」という言葉に含みを持たせるような言い方をしていた。


「……この世界は多夫多妻が認められています」

「そうだな」

「そんな中、ローズベリーさまのように『純愛』を謳えたら良かったのですが、私には無理でした。信徒を集められる気がしませんでした」

「そうだな……」


 一夫一妻制なんてこの世界じゃ、「何言ってんの?」ってな感じだ。養えるのなら、誰だって愛人を持ちたいというのが普通なのである。

 だから、か。


「だから、私は少しでも愛が集まるように、愛する人の特別になれるように、と考えたのが、美と愛欲でした」

「似たような事を考えたって言ってたっけ」

「はい。わたしがわたしであった頃はそう考え、快楽に溺れたみんなから生まれたあたしには、もはやそれはばかげた夢物語でした」


 ピエールは眺める。己の弱さで死に至らしめる事なった者達の墓を。


「わたしがもっと強ければ……」


 主命を守らなかったのは彼らの罪だ。そう簡単に割り切れるものじゃない。

 ピエールも。俺も。


「……毎年命日には花を贈ってやれ」

「はい」


 俺にはそう言うことしか出来なかった。

 俺たちはそれからしばらくそこに佇んでいた。


「……ありがとうございます。もう大丈夫です」


 ピエールがそういうので俺たちはその場から消えるようにして帰る。



 ピエールはそれから毎月、彼らの命日に、花を贈り続けている。

 


 



書いてるうちに桐生がだらけだした。

そして進まない。

桐生が決闘なんてこなければ良いなんてぐだぐだってし始めたので、やっぱり進まない。

なんて言い分けしたりして。


難産ともちょっと違うけど、ただ、鬱々っとした展開にはなりたくないなって、私も桐生も思ったせいで、さらりと終わったとも言える。


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