まだ終わらない一日。
キリュー教とサロネ教の宗教戦争の決まりごとの一つに、今度の戦争が終わるまで、フトクリムの国教が変わったことを周知してはいけないとなっていた。
女神サロネはそれを了承していた。それはその場にいた全ての者が聞いていた。
人も、神も。
それなのに、なんで?
「……あの、アリスティーさま……。この場合はどうなるんですか?」
俺は恐る恐る尋ねる。
アリスティーさまはティナさんにそれは本当なのかと再度確認をとってから、顎に指を置き、考えているようだった。
「……変ね……。いえ、変というよりは……」
言葉を紡いでいたが独り言なのだろう。
考えがまとまったのか俺を見て、すぐに視線をそらし立ったままのティナさんに座るように示す。
ティナさんは俺の隣に座り、二人でアリスティーさまの話を拝聴する。
「まず、神と神の約束が破られた場合、その罰則は約束の度合いにもよるわ。人だってそうでしょ? 遊びにいく約束をしても、当日にダメになることもあるわ。神々もそれは一緒」
俺たち二人は頷く。
ドタキャンしたからって神同士がガチの喧嘩とかなんてマジで勘弁してほしい。
「そして、今回のように、宗教戦争となっている中での約束を破るのは、最大の禁忌。この時点でわたくし達の勝利は確定。そして、罰として、約束を違えた神は天界送りになり、信徒は全て処刑されるわ」
「……は?」
「え……」
俺もティナさんも驚きすぎて言葉が出ない。
「処刑するのも、約束を破られた神、もしくは、立会人になった神、どちらが行ってもいいのだけど」
「……えっと、ちょっと待ってください……」
全員処刑?
そんな大それた事を普通するか!? 神は分かっててそんな事をしでかしたのか!? なんだ!? 実はあの豚王を消し去りたいとかそんな恨みがあったのか!?
それならもっと別の方法もあっただろうに、わざわざ国教にして……。
「国教……」
引っかかった言葉を口にし、俺は青ざめた。
「アリスティーさま……。国教になったって、ことは……フトクリムの民はほぼ……サロネ教の信徒になる……ってことですよね?」
「ええ、国教ということで創世神教に入っていた者は自動的にサロネ教になるでしょうね」
「待ってください!? それじゃその人たちも処罰されるのですか!?」
ティナさんが青ざめて問い詰める。
「本来であればそうなるわね」
アリスティーさまの言葉に俺たちは言葉をなくし、アリスティーさまを見つめるしかできなかった。
「ただ……。今回はどうなのかしら、と思うわ。もし本当に神が約束を破ったのなら、一時的にキリュー教の神は封印が解かれて、十全の力でサロネ教に罰を与えることが出来るのだけど、わたくしの力は戻っていないの」
「……ローズベリーさまと女神サロネとのやりとりだったからでは?」
「いいえ、今度のこれは、キリュー教とサロネ教の対立だったから、わたくし達も戻るべきなのよ。ローズベリーの封印も解けた様子もないし」
解けたらさすがにわかるわ。とアリスティーさまはおっしゃって、紅茶を眺めた。
「信徒が勝手にやったのでしょうね」
「……あー……あの王ならやりそうですね」
投げやりに答えるとアリスティーさまは小さく首を横に振った。
「桐生。それはとても大問題なのよ」
「まぁ大問題でしょうね」
そのせいで負けが決定しちゃったし。下手したら全員死ぬはずだったわけだから。
「……桐生、わたくしが言っている『大問題』は、信徒が主神の言うことを守らなかったということよ」
「ええ、そのせいで負けが決定しましたし」
「違うわ。そうじゃないの。負けだろうとなんだろうと、いいのよ。どれだけの人間が死のうとかまわない。そう思う神もいるのだから」
「……はあ……」
まぁそうなんだろうけど、あっさりと言われるとちょっと、アレだね。いやだね。
アリスティーさまがそう思ってるわけじゃないだろうけど。
「桐生。貴方は、こんなことが起こるってちらりとでも考えた?」
「まさか! 考えるわけないじゃないですか! 神と神の約束ですよ!? それを勝手に破るなんて恐れ多くて、まず無理です!!」
「ええ、そうね。なら、なぜ、それが起こったと思う?」
悲しげなアリスティーさま。
何故。と聞かれた答えはただ一つ。
「……神同士の約束なんてどうでもいいって思ってる」
「ええ、それが正解でしょうね」
言って本当の意味で理解した。
神を神と思っていない。自分たちの主神も含めて。
神を見下している。
……いや、すでに下位神に関してはとっくの昔に見下した様子を見せてたっけ……。
「でも……よその神に対してそう思うのならともかく、主神にそんな風に思うのでしょうか?」
「思うから問題なのよ」
ああ、それもそうか。
「後で、女神サロネに会わないと」
「会いに行くんですか?」
「少なくとも、ローズベリーとサロネは会わないといけないわね」
「……相性がそうとう悪いみたいなんで遠慮したいところですけど……無理ですよね」
いやだぁと思わずため息が出てくる。
「大丈夫よ。ケンカにはならないわ」
「そうですか?」
「ええ、女神サロネの心理状況を考えるととても無理だわ」
「……勝手に信徒が暴走しちゃって、負けちゃいましたしね」
「……それもあるけど。……ねぇ、桐生。貴方、わたくし達の影響を受けて性格が少し変わったでしょう?」
「まぁ、多少は穏やかになりましたが」
「それはある意味正常なの。神の影響を受けているから。その影響は、あなたの性格と混ざり、神をこき使うくせに、ここぞという時には主神を『絶対』として扱うという、ほかの人間からみたらとても、不可解な性格になっているわ」
「不可解……ですか?」
「少なくともこの世界の者たちからしたらそうね。あなた方の国ではそんなこともないみたいだけど」
俺はアリスティーさまの言葉に腕を組み考える。
確かに俺と神のやりとりって、こっちの世界の人たちから見たら、異様なのか驚いているシーンって多いよな……。
「その精神的支配が上手く言っていれば、このような事には絶対になっていないのよ」
「精神的支配……、いや、まぁいいんですけど」
あれ? 俺って洗脳されてるの? そうなの? 洗脳されているわりには、俺結構やりたい放題やってっけど……。
「……サロネは高位神なのに、それが上手くいっていない。それは普通ではないわ」
それはそうか。高位神なら、それだけ強くなって、それだけ影響が出てくるよな。
あれ? でも、エプティさまみみたいな幽閉されてるタイプはどうなるんだろう。
でも、迎えに来てた信徒は普通に見えたな。きちんと礼節も守っているような感じではあったし。商売の邪魔ではあったけど。
あれ? じゃあ、教祖だけがおかしいのか?
ん? ……なんだろう。ちょっとモヤモヤするな。
そんな何か腑に落ちない俺を無視して、アリスティーさまの話は続く。
「サロネ教はたぶん。神が信徒に影響を与えるのではなく、信徒が神に影響を与えているのだと思うわ」
「そんなこと、ありえるのですが?」
「ありえないわけじゃないの。珍しいけど。そして、その状態はあまりよろしくないの。その状態の神は歪んでいるってことになるの」
「歪み?」
「ええ、性格が少し変わってしまったりね……。でも、今回のこれは、神と神の互いの信念をかけた戦だった。……普通であれば、神の精神支配も相当なものよ。まず逆らうなんて考えない。……だって、負けるのだもの。それでも、信徒が勝手にやったということは……。女神サロネは、性格どころか、その信念すらも、人の影響を受けている可能性がとても大きいわ」
「「……」」
俺とティナさんは何も言葉にできなくて、紅茶をただ見つめる。
神が信念を忘れるということは、神が神としての存在できなくなっているという事だ。ただ力のある存在。もしかしたら、そのうち人格も消えてしまうのかもしれない……。
「……美と愛欲の女神……か。女神サロネが目指したものは本当はなんだったのかしらね……」
同じ『美』の女神の言葉ゆえか、その言葉はとても重いものに聞こえた。
*****
ローズベリーさまのところに転移すると創生神と知らない男が居た。
誰ぞ?
「彼は?」
と、俺が問いかける前に、男の方が警戒心満杯で尋ねてきた。
「うちの教祖。桐生よ」
「このたびは弟と妹の保護をありがとうございました」
ローズベリーさまが答えると男は驚いたように、立ち上がるなぜか礼を言ってきた。
いや、ありがとうと言われてもそもそも、誰のことをい……。ん? 弟と妹?
「フトクリムの王太子?」
「あっ、これは失礼を。フトクリムの第一王子、ヨハンネと申します」
「キリュー教教祖。音葉 桐生です」
手を差し出されたので握手する。
で、なんで王太子が、と視線を向けると。
「これが間違ってサロネ教に入ると困るから、連れてきた」
「って、ことは国教に入っていたわけではないんですね?」
「私は、大地の神、ガーガディンさまの信徒でした。ガーガディンさまは高位神ですが、私自身の地位があまり高くないので、女神サロネにあったら影響を受けるであろうということでこちらに」
「ああ、なるほど」
「……あの、民はどうなりますか?」
どうやら今回の事態を聞いたらしい、俺に確認をとってくる。しかしですねぇ、俺に聞かれも困るのですけど。
俺は代わりにローズベリーさまを見ると、ローズベリーさまもこちらをじっと見ていた。
え? と思って創生神ゴルドーガルゼフさまを見る。
あちらも俺を見ていた。
「キリュー教は、多神教。こういう時の決定権は桐生、あなたにある」
「冗談でしょ!?」
ローズベリーさまの言葉に俺は思わず聞き返す。
「本当よ。でも、今回のことはあたし達神に任せてくれると嬉しいのだけど?」
「ぜひお願いします!」
思わず俺は丸投げした。
というか、俺に責任を押し付けんな! と言いたいが。
え? キリュー教の責任者が逃げんなって?
神ルールを押し付けられた状態で責任とか言われても無理だって!
「一応、一言。無関係な民は罰しないでくださいよ?」
「するわけないでしょ? メリーマムルに泣きつかれるって」
「ですよねぇ~」
それがわかればそれでいい。
「さて、それじゃ行くわよ?」
「どこにですか?」
「もちろん、あの女のところよ」
ですよねぇ~。
まぁ、これが今日最後のイベント……って、じゃなかった。
この後、大地の女神エプティさまんところの教祖と会談があったや……。
マジか。濃いすぎじゃねぇ、今日……。
ブクマ・感想ありがとうございます。
 




