嵐の前の……
第二章スタートです。
ちなみにフトクリムは、ポチポチと下書きを書いている時に、目に入った「ソフトクリーム」からいただきました。
姉王女の愛称をメリーからメアに変えました。ぱっと見、メリーマムルと被ると思ったので。
グランドオープンキャンペーン
そんな名前が付いた特売日。
各家庭に一枚、大きな施設だと数枚、色鮮やかな広告紙が配られた。
今をときめくといえば言いのか、世間を騒がせていると言えばいいのか、唯一の多神教の教会が設立一月という事で教会内にある総合施設にて特売を行うというものだった。
多くの者は鼻で笑い、少に数えられる者は絶叫を上げた。
「ご、五十ゴルドーで応募券一枚。三枚で抽選一回……」
「し、施設内って、事は……。ポーションとか、整備とかでも大丈夫って事か?」
「さ、酒でもいいのか!?」
「い、良いって事なんじゃ無いのか?」
冒険者達は額を付き合わせてチラシを見つめる。
「主催がキリュー教って事は……、損はないよな?」
「無いとは思う」
「冒険者袋に入れておけば、ポーションとか買いだめしてても問題ないし」
「なんでもいいからこのガラガラってのを回したい……」
四人目の言葉が全てだった。
彼らはすぐさまキリュー教へと向かった。
彼ら以外にも、キリュー教をよく知っている者達は少しでも早く、『豪華景品』とやらが無くなる前にと朝の街を疾走し、キリュー教を目指した。
「ふ、ふえぇぇぇぇ……、いっぱいいる……」
エティは窓から外を眺めて泣きそうな声を出した。
人前に出て、ただ微笑みながら実りの無い会話をする事やお家自慢や嫌味を聞き流す事には慣れているが、業務として人前に出る事にはまだ慣れていない。
「えーと、えーっと……冒険者は年会費が要らなくて100ポイント、商人は年会費が1000ゴルドーで、120ポイント……。うう、緊張してきた」
今日、彼女は受付に立たねばならない。
説明はマニュアルがあるが、そのマニュアルで理解出来なかった場合、アプローチを変えて説明しなきゃいけない。そこはアドリブになっている。
すべて一律だったら良いのに、オマケなるもので、一定金額以上はプラスされていて、エティからすると余計覚えづらかった。
「うう……」
エティはポケットから一枚の紙を取り出した。
ゴルドー ギルドポイント 日本円
小銅貨 1 10
中銅貨 5 50
大銅貨 10 100
小銀貨 50 500
中銀貨 100 1 1,000
大銀貨 500 5 5,000
小金貨 1,000 10 10,000
中金貨 5,000 50 50,000
大銀貨10,000 100 100,000
ゴルドーからギルドポイントに交換
大銀貨500 →1
小金貨1000 →3
中金貨5000 →12
大銀貨10000 →26
その様な事が書かれている紙。撫子から貰ったものだ。
撫子は千影や駿とは違い、世界と世界を隔てる穴に落ちてやってきた。
撫子が落ちてきた世界と落ちてきた時間軸は撫子自身に刻まれている。しかし、それを読み解くのは桐生には無理で、トキアカも「もうちょっと格があがんなきゃ無理」と匙を投げた。
撫子は、自力で帰る方法がなかった。
細い細い蜘蛛の糸のような道筋を辿るために撫子はキリュー教に入り、自身の力を磨き、神々の力が高まるよう努力をしてきた。
その時の努力の一部をまだ小さいエティに撫子は快く渡した。
エティはそのメモをずっと肌身離さず持っていた。
「クエストが成功した場合、冒険者の手取りは90%……ギルドの手取りは10%……」
ぶつぶつと呟きながらおさらいをしていくエティ。数枚あるメモの中身はすでに覚えているのに何度も確認してしまう。いくらおさらいしても不安は消えない。
「はぁ……」
仕舞いにはため息が出る。
「エティ」
「はいっ!?」
呼ばれてエティは振り返る。
姉のメアが立っていた。
「朝礼始まるって」
「は、はい! 今行きますお姉様」
呼びに来てくれた姉に礼を言って駆け出す。
「……お姉様は緊張しませんか?」
「緊張?」
「その、冒険者さまや商人さまに会う事です」
「え? なんで? だって、魔窟っていうのなら今までさんざん経験してきたでしょ?」
「そ、それはそうなのですが……。……その表現は問題があると思うのですが」
「どうして? 本当の事だし、ここでそんな事いう人居ないし。正直、キリュー教に入って良かったなって最近私特に思うわ。リスト兄様もそうね。城で仕事してるよりこっちの仕事の方が嬉々としてるし。何より移動がすっごく楽だし」
「それは私も思いますけど」
「転移ってすっごく楽よね、コレになれると、ホント。……なんで城ってあんなに無駄に広いんだか……」
「無駄に広いというわけではないとは思いますが……」
「分かってるわよぉ。理由があって広いって事は」
窘めようとする妹に気づき、メアは頬を膨らませた。
そんなわざとらしい姉の仕草に妹は苦笑する。
それから、姉の本当の言いたかったことを自らも思う。
「王位継承権が無い。それだけでこんなに……楽になるんですね」
「本当よね。暗殺される危険も減ったし、創世神さま直々のお願い故の行動だから、誰一人嫌味も文句も言えないから、周りがすっごく静かになって、楽だよねぇ~」
「お姉様は特にそうですよね。リストお兄様もそうですが」
「そうね。でもこうやって見ると、桐生さんが選んだ人って、ホントキリュー教に向いてるわよね」
「そうですね」
そういう意味で言えば、落ちた人はキリュー教には合わなかっただろうと三人とも納得出来た。
キリュー教の信徒になったから王位継承権を破棄した。
それは別にキリュー教に決められた事でも、王家に決められた事でも、創世神に決められた事でもなかった。ただ本人達がそれを理由に破棄にしたのだ。キリュー教の信徒として働かなくてはならないから、不要であると。
それを理由に王位継承権を破棄すると桐生にも相談して行った。
破棄しなければ、自分自身が怖いと。
「おーい、お二人さん? どうかした? もうみんな集まってるけど」
エティを呼びに行ったはずのメアまで帰ってこず、撫子が心配しながら声をかけた。
「あ、ご、ごめんなさい!」
「す、すぐ行きます!」
謝ると同時に二人の姿は消えた。それを見て、撫子も安心したように転移する。
「おー、来た来た」
三人が転移した場所はギルドホールだ。
キリュー様の人間とギルド職員が集まっている。
「じゃあ、朝礼を始めるぞー」
桐生の言葉が響く。
今日からエティとメアは裏方ではなく表に出る。
これが出来るようになったら、今度はフトクリムでの現場指揮を三人に任される。
責任は重大だ。
エティはぎゅっと気を引き締めた。
* * * * *
キリュー教。
それが出来てから、自分達の生活は一変した。
アフゥロゥはそう感謝する冒険者の一人である。
アフゥロゥは武神の教会に属する。位置的に言えば、中位神教会である。
主神がナナザと仲が良かったから比較的早く冒険者になる事が出来た。
「面白いヤツがおる」と紹介された時、多神教という事にアフゥロゥは眉をひそめた一人だ。
色んな神の力を手に入れて強くなったとしても、何になる。
アフゥロゥはそう思った。
この時のアフゥロゥの「色んな神」というのは「戦う力を持った神」だった。だから、キリュー教の神々の多くが、「戦う力を持たない神」だった事に驚いた。
それこそそんな神々を集めてどうするのだ。と思った。
何の役にも立たないとすら思った。口に出さなかったのは、アフゥロゥが良識人だったからだろう。
「ここで色んな仕事を受けることが出来る。狩人達も、そして我ら『神』もな」
その言葉にアフゥロゥ達も、主神も驚いてナナザを見つめた。
「驚くであろう? 我ら武神の仕事は冒険者達の訓練相手、もしくは、新人の冒険者の基礎訓練、ダンジョン探索の引率などだ。これで一日小金貨一枚から中金貨一枚が報酬だ」
「馬鹿な!?」
「本当だ。ゆえに、知り合いに信徒のいない武神でも居ればここを紹介してやってくれ。運が良ければ、信徒や弟子を得るであろう」
「……ナナザはやったのか?」
「ん? うむ。我はもう何度か働いておるぞ。今はここの第三信徒の者だが、その者をつれてダンジョンにも潜ったな。あの時は我の信徒と潜った故に、五時間足らずで、一万五千ゴルドーの稼ぎになった」
「「い!?」」
話を聞いていた者達全てが言葉を飲み込んだ。
一日の稼ぎとしては破格である。
「ど、どこまで潜ったのだ!?」
「二階層までだ」
「それで、一万五千ゴルドー!? あり得ない!」
思わず信徒達が口を挟む。それから慌てて己の口を塞いだ。
主神達の話に割って入った等、無礼極まりない。
しかしナナザはそれに怒るような神でもない、むしろ笑ったくらいだ。
「そう! あり得ぬと思うよな。我も、我の信徒達もそう思ったものぞ」
カッカッカッカ。とナナザは思う。
「しかし、やってみれば分かる。知ってみれば分かる。キリュー教の評価はその後に、付けて欲しいと我は思う。多神教だからと毛嫌いするのでなく、な」
ナナザはそう友の信徒達を見て笑った。
そして彼らはがっつりとキリュー教のお世話になる事になった。
まずパーティーがバランス良く組めるようになった。
今まででだったら主神同士が知り合いでもない限り、他教会の者と親しくなれる機会すら恵まれなかったが、冒険者は違った。掲示板を利用して募集する事も出来たし、受付から打診されることもあった。
次に冒険者袋のおかげで持って帰れる物が増えたから、収入が増えた。
今まで階下に行くまでの邪魔者でしかなかったモンスターの一部が、非常に美味い肉である事が判明。明らかにレベルが不釣り合いな者達が上層で狩りをし、自分達の食生活を豊かにした。
今まで手に入らなかったような高級品がポイントと交換出来るため、手に入り安くなった。
時々、主神が、向こうの主神から試作品を貰ってくる。
感想教えてと持ってくるものは衣食住に関わる物が多く、どれもかなりレベルが高い。流石、神から神へと譲られる物だと感動する。時折貰えるおこぼれだけでも争奪戦になる。
そして神々だけではなく、信徒が作る物も桁外れの物が多い。
トイレキーは革命的だった。
あれだけ安全に安心に羞恥心無く用を足せる事など今までなかった。
冒険者袋とトイレキーだけでも冒険者になって良かった。キリュー教があって良かった。と心の底からそう思う者が多い。
アフゥロゥだってもちろん今ではその一人だ。
そして今日、またキリュー教はとんでもない物を売り出してきた。
「つまり……これは、トイレキーの宿泊バージョンで、こっちが、場所は指定されているけれど、転移貴石の類似品となるわけか?」
「いえ、こちらのセーブオーブは転移貴石の様に一方通行ではなく、行き来するための道具です。最初はダンジョン側の扉から開けて貰わなくてはなりませんが、ダンジョン側から一度ギルド内に戻ってきて貰えれば、開けた場所にギルド教会から一気に跳べます。今の所、五階、十階、十五階、二十階、二十五階層にセーブゲートが設置され、それぞれから一度こちらに戻ってきて貰えると、ギルド内から好きなセーブゲートに移動出来ます。ダンジョン入り口で並ぶ必要がなくなります」
な、なんてものを作ってるんだ……。
アフゥロゥの第一感想はそれだった。喜ぶよりもまず愕然とした。
やることなすこと規格外の事が多いが、これはいくらなんでもと思う。そして、苦笑した。
これでまた狩人と冒険者との差が開くだろうと。
「しかし、十往復、二万ゴルドーか」
「そちらが高いようでしたら、こちらの野宿イヤイヤナイトがおすすめですが」
「いや、機能から考えると二万ゴルドーでも安い。安いから呆れている。しかし、こっちはまた凄い名前だな。買うのを躊躇いそうなんだが……」
「あー……。冗談で入れた名前だったみたいなんですけど、一票くらいは入れとかないと可哀想かっていう票が集まっちゃったみたいで」
「何やってんだ……」
「しかも神々の票が集まったみたいで」
「あぁ……。それは変更出来ないな」
「ええ、出来ませんよね」
たとえ、キリュー教の人間じゃなくても、それは分かる。
「これはパーティーで一つ持っていればいいのか?」
「セーブオーブは門を開くので、仲間のみなさんが転移する事自体は可能ですが、仲間のみなさんがそこに戻るとなると無理です。セーブオーブを門にセットし、そこに冒険者カードを差し込んで、その場所を保存するという形になっているようなので」
「ああ、なるほど、通した分の人間しか記録されなくて、他の奴らは無理って事か」
もちろん一度カードを通してしまえば次回からズルは出来るが、アフゥロゥはそこまでする必要性を感じていなかった。
セーブオーブと野宿イヤイヤナイトを中心に買い物を済ませ、抽選券を貰う。
それを見てアフゥロゥの口元が緩む。
「良い物当たるといいですね」
「おう! ありがとよ」
スタッフの言葉にアフゥロゥは元気よく答えた。
喩え良い物じゃ無くても、同じ買い物でこんな楽しみが増えるのならそれだけでありがたい。
末等ですらあめ玉が五つも当たる。やらなきゃ損である。
鼻歌を歌いながらアフゥロゥはガラガラ会場へと向かった。
キリュー教が出来て、冒険者になって、楽しいことが増えた。
他の教会の知り合いも増えた。
気に入るやつも居れば気に入らないやつも居る。
美味しい酒が増えた。美味しい肴も増えた。それに釣られて、そういうヤツともいつか酒を飲み交わす仲になるかもしれないし、ならないかもしれない。それはそれでまた一興
「焼き肉のタレはぜひとも取りたい所だな」
豪華景品の中にあったタレを思い出し、アフゥロゥは笑う。
ゲット出来たら、肉を囲んでみんなで酒を飲もう。
ゲット出来なかったら、それを肴にみんなで酒を飲もう。
未来が楽しい。
アフゥロゥの口元には始終小さな笑みが浮かんでいた。
行き交う人もみんな楽しげだった。
キリュー教が出来てから、自分達の生活は一変した。
きっとこれからもどんどん変わるだろう。
それがアフゥロゥには楽しみで楽しみで仕方が無かった。
ギルドポイントの一覧が崩れちゃってたので直しました。
ブクマ・評価・感想ありがとうございます。
これからもちょっとずつ頑張っていきたいと思いますので
どうぞよろしくお願いします。




