第12話 始まった会議
「以上が俺の考えている案です」
ホワイトボードに今回集まって貰った議案を書き連ね、ペンを閉じる。
カチッって音が耳と手に心地良くてもう一度蓋を開けて締める。それをしながら周りを見渡した。
場所は先ほどと変わらず、ブッフェエリア。
みんなの前には、飲み物だけ。
それ以上は会議が終わってからって事になった。ぶっちゃけこの会議が長引いてランチ時間を過ぎてもこの人達と神々はもう腹の中には入らないだろう。
絶対に食い過ぎである。
お腹いっぱいで眠くて会議無理。って言い出す人が居ない分、まだマシなのかも知れないが。
流石にそれは俺も怒るぞ、ホント。
「分社……いや、この場合は支店か支所か……。しかし、なぜこの街の人間を使わない?」
「この街の人間を使ったら、それこそ、このまま街や教会に戻らせろってなるじゃないですか」
「トイレキーだって似たようなものだろ?」
「あれとは違います。あれは扉から出るとダンジョンに戻りますが、今回のものは、施設内をある程度は自由に動けるんです。食事・風呂・買い出し・武具の整備・買取。種類の制限はしますが、それらが自由に買える、まあ小さな町ですかね? そんな感じになるんです。ダンジョン攻略中ですからね。武具の整備やポーション系は大賑わいでしょうね」
「……ギルド建物の小規模なやつを作るという事か?」
「ええ。まあ一言で言えばそうなるかと」
「わざわざそこまでしなくても、と思うが…」
「そもそも、なんで街に帰れたら駄目なんだ?」
「ダンジョンに入るには阿呆なくらい並びます。下層に行くのも時間がかかります。なるべく下層で活動できるようにってみんな動いてます。大手の狩人達だと、下層で稼ぐ人達のために、食料やポーションの配達をしてたりします。同じ教会の人達がやってたりもしますが、またそれ専門でやってる所があります。その人達の仕事がなくなっちゃいますし、こちらとしてもアイテムのいくつかはダンジョンで寝泊まりする方々用に作ってたりするから、それが売れなくなるかなって」
「最後のはともかく、最初のは問題無いだろう。その施設を使うのは狩人じゃなく冒険者。冒険者は最初からアイテム袋に九十九個食料を入れていく。仕事がなくなるというのなら狩人が全員冒険者になればどのみち無くなる」
「それにそうなった所でそこまで運べるのであれば自分達で普通に狩りをするのでは?」
「……主戦力のトイレキーが売れなくなるのはちょっと困るんですよねぇ~」
視線をそらし本音を呟く。
薄利多売だし、それにトイレの神がいる我がキリュー教としては良い宣伝だし。
「いや、あれはあれで売れなくなるという事はないじゃろう」
「あ、キリューさん、トイレキーで聞きたかったんですけど、あれって、ダンジョン限定ですか? 街でも使えたりします?」
「使えますよ。あれはあくまで、使った場所に戻るっていう形ですし。どこだろうと使えます」
そう答えると何人かがジト目で見てきた。
「キリューさんよ。それ、行商人達には売れるぞ。普通に。あの値段でトイレも使えて、水も補給出来るんだから」
「街中でもトイレ貸してくれる所が見つからない時があるから、売れますよ……」
「……その発想無かったですね」
ああ、ジト目がさらに冷たく……。
「……ん? 待てよ桐生、お前が前から言ってたセーブポイントって、トイレキーの様に使うのをイメージしてたのか?」
横から我らが参謀の千影が不思議そうに尋ねてきた。
ブッフェエリアなのでダダ漏れでもある。
個室みたいなとこ、まだ作ってないからね。
だから会議室でってなるんだけど別に秘密じゃないからいいんだけど。
「そうだけど」
「俺はてっきり『セーブポイント』なんて名前が付くから、設置式だと思ってたが」
「だってダンジョン内だぜ? 勝手に設置するわけにもいかないじゃん? 設置式だったらそんな悩まないってそれこそ、五・十・十五・二十って切りの良いところに作ればいいだけじゃん」
何度か俺だって考えた。考えて、いややっぱり駄目だろっ。ってその度に諦めたんだ。
「……ダンジョン内にその『せーぶぽいいんと?』なるもんを作っても誰も文句は言わんと思うぞい」
俺と千影の会話を聞いて、どこか呆れた声が入ってくる。振り向くと他の神々も同意だと肯いている。
「……作っちゃって良いんですか? もしかしたらダンジョンの壁とかにどででーんと加工とかしちゃうかもしれませんけど!?」
「どこからも文句はこないと思うぞ」
「ただ、その設置場所が壊されないようにしないいけんだろうが、この辺のことは、お手の物じゃろ?」
「ええ、それこそ結界張っておけばいいだけですし」
結界の種類的にはランタンと同種で良いだろう。
でも、そうか。設置式か。置いちゃって良いんだ。
そっか。いいのか。ラッキ~。
「お前さんとこの神々はそれについて何か言わんかったのか?」
「うちの神々は、俺の無茶ぶりを実現させるのに手がいっぱいいっぱいです」
「……お前さんは、主神にも容赦ないな……」
顔をそらした俺にそんな言葉が投げかけられる。
ザクラさまもそうだけどさ、パソノさまやビャクコさま、あとオルチさまとかが一番の被害者かな? まあパソノさまやビャクコさまはある意味自分のジャンルだから問題無いと思うけど、オルチさまはな。
酒の神って事はもしかして酵母の神って事で醗酵系全般オッケーなんすかね?
って言う、俺の素朴な疑問で、酒と一緒にいろいろな発酵食品系を作って貰っている。
もちろん嫌がられたけど、報酬に地球産の酒を出すっていったらやってくれるようになった。
「本当の所は、俺が勝手に駄目だろうって思ってて相談もしてなかったんですけどね」
一応本当の事を暴露し、それから俺はまたホワイトボードに向き合い、三角形を書く。
「ダンジョンって基本的には下に行けば行くほど、広くなってるんですよね……。だから区切りの良い所にセーブポイントを作ったとしても、宿泊施設は作った方がいいとは思うんですよ」
「作る事に関しては反対はせんぞ」
「他の場所にわざわざ建物を造って、その地元の子を雇うという理由が良く分からんだけで」
「地域活性化ですかね。凶作になって口減らしに子供年寄りを捨てるなんて事になるよりは、農業以外の雇用、収入があってもいいと思うんですよ。ちなみに内の第三信徒のラックの地元ではちょっと前に教会建てたんですけど、割と好評ですよ。子供達が手伝いでさせられている畑の雑草取りの中に薬草が混じってたりしますからね、現金で中銅貨一枚、あとはギルドポイントではなくギルドチップっていうのを出していて、それを集めて持ってくると素敵な景品と交換みたいな感じです。水とか塩とか砂糖とか。あくまで持ってくるのが子供だったらの場合でですけど。大人だとクエストと同料金でお支払いしています。おまけであめ玉が付くので大人が持ってくるよりは子供が持ってくる方がお得って感じです。あめ玉欲しさに一日に何度も来る子供とかもいますし」
一日に何度も来るんですけど、その都度渡しても良いのでしょうか。と受付にと雇った人からマジで泣きそうな顔で尋ねられた時は俺もびっくりしたね。
俺達からしたらあめ玉って安いイメージだけど、ここではそうじゃないから、渡しすぎだと怒られると受付の人も不安だったらしい。
俺としてはその子が自らの意志でやっているのか、それとも周りの大人に言われてやっているのかが心配だったので、見に行ったのだが。あれは間違いなく、自分の意志だ。すっげー嬉しそうにあめ玉選んで食べてたし。
「五ゴルドーは子供の取り分。残りの四十五ゴルドー分のチップは大人が交換という形にしています。チップは大人がしか交換出来ません。ちなみに子供の分の五ゴルドーを親が不当に奪っていった場合、チップの交換もしないっていう設定にもなってます」
「……つまり、子供でも毎日五ゴルドー稼ぐことが出来るという事か?」
「そういう事です。自分のために使う子も居ますし、家族のために使う子も居ます。来年には、雑草という扱いでは無く、栽培という形になるんじゃないですかね?」
「まあ薬草はいくつあっても足りんじゃろうしな……」
「ええ。実際、魔法薬の所が毎日毎日薬草をいっぱい買っていってくれます。ありがたい事です」
「そりゃそうよ。自分達で栽培もさせるけど、人を育てるためにはどんどん作って貰わないといけないもの……」
そうなんだよねぇ。神の力が弱いと酒と一緒で失敗するらしんだよねぇ。神の力が及ばない部分は自分自身の技術力でカバーってんだから、色々大変だ。
特に詐欺にあった方々は、さらに弱まった力しか渡せないもんな。今んトコ、神さまが一緒に作って、ギリ赤じゃないぐらい? たぶんそんなもんだと思う。
「あ、あと、子供達にいろいろな勉強や体験をしてもらおうと思っているので、ウチで対応していないものをお願いしたいと思います。もちろん報酬は払いますんで」
うむ。と神々は肯いてくれる。
「その施設がオープンしたらたぶん忙しくなると思うので、今のうちに人手確保しておいてくださいね。仲の良い同系列の神がいたらそっちに割り振っちゃってもいいので」
難しいとは思うけどね。同系列の神ってライバルって事で仲が悪いって人の方が多いらしいから。
「あと、求人誌を発刊します。信徒は無理でも一緒に働いてくれる方募集って方はこちらもご利用ください」
言いつつ見本の求人誌をみんなに回していく。
設置場所は宿や乗合馬車の待合所、あとは酒場に飲食店だ。
正確には、『を予定している』だけど。今から交渉だ。
「で、この新しい宿泊施設のオープンは来月一日を予定しています」
告げるとみんなの動きが綺麗に固まった。
理由は分かるが、俺は分からないフリをして話を続ける。
「なので、さくっと四つぐらい教会を建てたいので、ぜひうちの地元に建ててくれって方がいたら挙手願いまーす」
「さらっと話を進めるな! 来月頭じゃと!? 一週間もないじゃないか!」
「グランドオープンとか抜かして創立キャンペーンもするとか言っておったじゃろ!?」
「そっちは前々から準備してたでしょ? 大丈夫大丈夫。やれますって!」
「平行するのか!?」
「こやつ! 自分の所の神だけでは飽き足らず、よその神までこき使う気じゃ!」
「神さまは過労は有っても過労死はないんで大丈夫ですよ」
「全然大丈夫じゃない!」
喧々囂々。みんなの声が飛ぶ飛ぶ。
まぁ、俺だってこき使ってる自覚はある。
「新しい宿泊施設内は全てダンジョン価格です」
そう言うとピタリと文句が止んだ。
ダンジョン価格。つまり。我々キリュー教は半額で買取が出来て、アイテムを売る神々は通常の二倍で売る事が出来る。
金銭的に厳しい方々が多いからね。
「……また派遣かのぉ」
「なら俺みたいに半年契約にして、その後は自由にさせるっていう形で一気に十人入れちゃえばいんじゃないか? そしたら神も安泰だろ?」
「……後で文句がこないか心配になるがの。それもあるが、金もかかるぞ?」
「なら、最初の月は二人、次にさらにもう二人って増やして行ったらどうだ?」
懐事情を考慮した会話が聞こえてくる。
さて、みなさんが前向きになったところで。
「今日ことを踏まえて、明日また定例会議をしますが、今度のこれは決定事項なので、そこに店を入れる入れない等の判断をその時にお願いします。最低でも一品納品しておけばいいとは思いますけど」
「そんなもんでいいのか?」
「ええ、それぐら気楽に行って貰えればと思います。あくまで安全に眠れる場所の提供ですから」
ならいいか。という感じでみんなの体から力が抜けたようだ。
後々はその地元の商品だって並ぶようになるだろうし、人が増えるか教祖が育つかすれば、案外どうにでもなるものなのだ。今が苦しいだけであって。
それまで俺達が頑張れば良いだけでとも言う。
「じゃあ、会議はこれで終わります。あと、地元に誘致を希望の方は……」
「よし! デザートを食べるぞ!」
「アイスじゃアイスじゃ!」
「け~き~ぃ」
俺の言葉を遮って神々はまた食べに向かった。
……良いけどね、無茶ぶりしてる自覚あるから。それぐらいですむのなら安いもんだ。
っていうか、まだ腹に入るのか、凄いな……。
神々を放置し、他の面々とどの順番に村々を回って教会を建てるかという話を進め、それも一段落たった頃、トキアカさまがやってきた。
「桐生、お前に客」
「客? 俺にですか?」
「うん。じいちゃん」
嫌な予感。
「……それは……トエルさまのことですか? それとも」
「ゴルドーガルゼフの方」
うげっ! 嫌な予感的中!!
「……創世神さまが俺にいったいなんのご用で?」
「知らねぇ。とにかくバーで待ってるから行ってこいよ」
「……はい」
うおぉおおお。面倒事の予感しかしねぇ~!!
 




