第6話 祭りの始まり_6
昨日は更新出来ませんでしたすみません。
少女は突然変わった視界にぽかんと、目も口も大きく開けた。
どこかの貴族の屋敷に連れてこられた錯覚した。
明るい室内は白を基調とし、磨かれた石が大きなタイルのよう敷き詰められている。茶色い扉の個室は二十では効かず、五十くらいはありそうだ。天井からの降り注ぐ明かりで室内なのに真昼の外の様に明るく上質な照明用の魔道具を使っている事が分かる。大きな鏡がいくつも壁に掛けられている。それが二カ所。観葉植物と花が飾られる場所はソファが置かれていてその中央にふかふかな座布団に正座して座る神像があった。
どこかの教会の儀式の間に連れてこられたのだと彼女は思った。
「こ、ここは?」
「キリュー教が所持する、便所よ」
レイカが真実を告げる。少女の動きが完全に止まること、三秒。
「ウソだ!! だって全然臭くないし!! 汚れてないし!! こんな明るくて綺麗な所、便所なわけないじゃん!!」
「そうね。だからあたし達は、今までの物と別物、分けるって意味で、キリュー教の便所は『トイレ』って呼んでるわ」
「といれ?」
「そう。トイレ。キリュー教祖がそう呼んでいるのよ。だから鍵の名前も『トイレ』キー。ここ、キリュー教祖が作ったの。凄いでしょ? 使い方教えてあげる。来て」
「使い方? そんなの別に……」
「便座用洗剤とか、ウォシュレットとか、トイレットペーパーとか、エチケットボックスとか、使い方が分かるのならいいのだけど? 壊したらいくら弁償する事になるか、はっきりいって分からない魔道具ばかりだけど?」
「……お願いします」
少女は素直にそうお願いした。
便利な機能や信じられないような機能の説明を受け、実際に使用してみて、最後に手を洗う。
棒を右にすれば冷水、左にすれば温水。それが惜しみなく流れる。左側には火の女神、右側には水の女神の小さな神像がある。それが温水冷水の目印なのかも知れない。
少女は好む温度で顔も洗い始めた。レイカはそれを止めるような事はせず、タオル代わりに手を拭くための備え付けの大きめのティッシュを取り、差し出した。
「あ、ありがとう」
それを受け取り、顔を拭き、別のもので手を拭く。
「疲れたらそこの角を曲がった所にイスがあるから、そこで休む事も出来るわ」
「便所の中に休憩所?」
「聞くと、化粧室らしいわよ」
「化粧!?」
「そ」
「あんな高級な物、狩人達がするわけないじゃない!」
「冒険者にとってはそうでもないわね」
「…………そう……なの?」
「そうよ。あたしもいくつか持ってるわ」
言いつつレイカは冒険者袋から一つの小袋を取り出し、中からリップクリームを取りだした。淡く色づくやつだ。
「塗ってみる?」
「!! いいの!?」
目を輝かせて少女はレイカの手を取った。リップクリームを持つ手だ。
駄目だといえば実力行使で塗ってしまいそうな程の圧力を感じる。
「いいわよ」
レイカは言ってそのリップクリームを少女の唇に塗る。
赤と桃色の間のような色が少女の唇を彩る。
「ふ、ゎぁぁぁぁ」
目を輝かせて鏡の中の自分を見つめる少女。
「ぼ、ぼうけんしゃっていうのになったら、こういうのが貰えるの!?」
「貰えるんじゃなくて、買えるの。あとはポイントとも交換出来るわね。キリュー教の怖い所はそこよ。仕事を達成する、素材を売る。そうするとゴルドーとポイントが貰える。そしてそのポイントを色んな物と交換出来る。冒険者袋のアイテム枠だってそうだし、化粧品だって、蜂蜜だって、ケーキだって、伝説級の防具だって交換出来るの」
「な、何それ……凄すぎるんだけど……」
「凄いでしょ? キリュー教と付き合ったらこんなのざらで、ごろごろ出てくるんだから」
「す、凄いんだね。あの、結界も凄かった」
「そうね。あれも本当に凄いのに、特に宣伝とかしてないアイテムなのよ? 他の教会なら大々的に売り出してるっていうのに」
呆れたようにレイカは言って扉へと向かった。
「ここから出ればさっきのダンジョンに戻れるわ。貴方のリーダーもそうやって戻ってきたの、だから安心でしょ?」
「そういえば、ここは男も座ってするの?」
「ここは女性専用よ」
「……凄く広いのに?」
「ええ、凄く広くても、女性専用」
「……贅沢ね」
「ふふふ、そうね、贅沢ね」
言いつつレイカは扉を開けた。ふわりと半分に分かれたトイレキーが輝き、瞬きの後、二人はダンジョンに居た。
「お帰りなさい」
「はい。ただいま」
「リーダー! 今すぐ帰ろう!!」
化粧品に魅入られた少女が力強くリーダーに言う。
「お、おう」
戸惑いながらも頷いてリーダーは立ち上がり、他のまだ半信半疑なメンバー達と一緒に上階に上がっていった。
「色々ありがとうございます」
「あら、いいのよ」
「そうそう。後で期待しているぜ!」
レイカとは違いアフゥロゥは親指を立ててお返しを期待しているとラックに告げる。
ラックは苦笑を一つして頷いた。
「はい。桐生さんに報告しておきます」
同じお礼をするのなら自分よりも桐生の方がいいだろうとラックはその言葉だけで留めた。
第三信徒なのでそれなりに力もあるが、アイテムも作れるが彼らが特に欲しがるような物をまだラックは上手く作れないと自信がなかった。
そういう意味では第四信徒で入った、異世界人、撫子にあっさりと抜かれたと言える。
力の総数は圧倒的にまだ自分が上だが、応用力では撫子の方が遙かに上だ。
「はぁ……」
無意識のうちにラックはため息をついた。
「どうしたの?」
「え?」
「ため息なんてついちゃって」
「……ため息、ついてましたか?」
「ええ」
「……もっと……役に立ちたいって思うんですけど……上手くいかないなって思ったからかもしれません」
「ラック君は考えすぎだと思うけどね、あたしは」
「そうだせぇ、ラック。使えるのと、使えこなせるっていうのは別だからな。あんまり深く考える必要なんてないさ」
「そうよ。それよりも話の続き、聞かせて? あたし、キリュー教の宿泊施設って利用したこと無いのどんな感じなの?」
「今よりはまだ質素でしたね。ただ、まあ、もちろんというか、当然というか、他の宿屋に比べたら段違いと言うか格が違うっていうか……」
ラックの言葉に聞き耳を立てていた全員が苦笑した。
キリュー教の教祖には常識なんて言葉は通じない。それが冒険者達の共有認識だった。
* *
ミュークに連れられて二階にと上がったラックは言葉を失っていた。
今まで泊まってきた宿とは全然違う内装。案内された部屋も見たこともないような豪華な部屋で、何かの間違いだと繰り返し自分に言い聞かせた。しかし、間違いなくラックにあてがわれた部屋で、涙の引いた目がまた潤ってきた気がする。恐怖と不安で。
「ここが君の泊まる部屋。部屋の中のは自由に使って良いよ。でも、持ち帰りは禁止ね。壁にあるボタンが照明になってて、ベッドの所にも同じのがあってね」
ミュークの説明は続くがラックの頭には入ってこない。
「---と、いう感じでトイレは使ってね。あ、トイレってのは、教祖の桐生の所での便所の事だよ。色んなアイテムに『トイレ』って付いてるからあたし達はもうキリュー教の便所はトイレって呼んでるんだ。この紙もトイレットペーパーって言うんだよ。で、これが切れたら予備を使って。それも使い切りそうになったら、下に取りに来てくれる? 細かい事はそこの冊子に書いてあるから……って、大丈夫?」
「……えっと、大丈夫じゃないかもしれません……」
「あはは! 駄目だよ! こんな事で驚いてちゃ!」
不吉とも言える言葉。
「えっ!? ま、まだ何かあるんですか!?」
「ほら、こっち来て!」
ミュークは楽しげにラックの手を取り引っ張っていく。
「こっちが共同水道。水の女神アキュアのおかげで水は飲み放題だよ! あと、冒険者袋に一日4リッタール入れられるから後で忘れずに入れるといいよ。あと、横にあるお茶は自由に飲んでいいよ。作り方はイラストを見てね。飲まずにお持ち帰りは駄目だよ。あ、部屋で飲む分には問題ないからね。冒険者袋はその辺が怖いから一応ね」
「こっちがシャワー室。お湯がジャバーっと出てくるの! シャンプーが髪を洗うやつ、リンスが髪をサラサラにするやつ、ボディって書いてるのが体を洗う奴。洗顔が顔を洗う奴。男性用のひげ剃りは、えーと、あ、こっちのボタンを押すと出てくるよ。一応水に濡れても平気だけどガッツリ濡らすのは止めてって言ってた。ひげ剃りのボタン押すと動くって。こんな感じで。ウィーウィー鳴ってるでしょ? 止めるのも同じボタン押せば大丈夫。五枚刃だから凄いんだぜって、言ってたけど、君にはまだ関係無さそうかな? 分かんなくなったら横に壁にあるポスターを見てね。 で、こっちで体洗った後、あっちに浴槽あるから。ぜひとも入るといいよ。でも浸かりすぎはのぼせちゃうから駄目だよー。あと、未使用のあかすりはこの棚の中、未使用のタオルはその隣の棚。使い終わったやつは両方こっちの籠に入れてね。両方ともお持ち帰りは駄目だよ」
「こっちは共有トイレー! びっくりしたでしょ!? 驚いたでしょ!? キリュー教にはトイレの神のトエルがいるから、トイレもスッゴく豪華で綺麗なんだよ! 使い方は部屋のトイレと一緒だよ! 手を洗うところはこっち。真ん中が水、冬場にはお湯が出るよ。で、左が洗剤。きちんと手を洗ってね。で、横にあるのが紙タオル。使い終わったらこの丸い部分がゴミ箱のふたになってるから、こうやって押すと回転するでしょ? で、ぽいっと捨てればいいよ。桐生はエアタオルが良かったのにとかよくわかんない事ぼやいてたけど、すっごいでしょ?」
「こっちが冒険者用食堂。もしかしたらそのうち、料理人を雇うかもしれないけど、今はキリュー教の信徒が作ってるよ。家事の神ナベーナのおかげで、というかせいで、というか、きっと家庭料理の延長線上にしかならないと思うけどね」
「ちょっと酷いわね」
「あはは、彼女がそうだよ。明日の朝食はこっち。入り口の所に誰かが立つはずだから朝食カードを渡してね。その時、お代わりチケットを弁当にするならその時に渡して弁当でって言えばいいよ。今日の夕飯はこのミュークさまが出してあげる。その代わり、少年の話聞かせてよ」
呆気に取られて、ただついて来ていたラックを一つのテーブルに着席させる。
「まったく悪いわね、ミュークが連れまわしちゃったみたいで」
「ちょっとー、あたしはきちんと施設の案内しただけだもん」
「そうだったわね。お仕事お疲れ様。これ、ちょっと試飲して素直な感想を聞かせてくれると嬉しいかな。新しく作ったジュースなんだ」
「わぁーありがと~」
「あ、ありがとうございますすみません」
「ありがとうございます」
ちゃっかりと同席してきたメリーマムルもお礼を言う。
彼女の前にも置かれたのだから、もともとその予定だったのだろうが、三人もの女神に囲まれたラックは気が気じゃない。
「どこから来たの?」
ナベーナも空いている席に座り尋ねる。
「あ、ミラナ村から来ました」
「どんな村ですの?」
「小さな村です。畑以外何もないような、小さな村なんです」
「それが嫌で、ここに?」
「……ここ数年、不作続きで……。一応、家族で食べていくだけの分はあったのですが……。母が身ごもったらしくて……。このままだと妹か弟が生まれても口減らしで……」
ラックはそこで言葉を切った。
よくある話だ。大人達はそう言うだろう。育てきれなくなった幼い子供を売ったり、捨てたりする事などよくある話だと。
労働力になる子供を売るよりは、手のかかる赤子を……と父と母、そして一番上の兄が話していたのを聞いた。
「まあ! それはいけませんわ!」
メリーマムルが声を上げる。
「は、はい。だから、金を稼ぎにここに……首都に来たんです。ダンジョンであれば金が稼げるって聞いて」
「んー……確かにダンジョンは稼げるだろうけど、それはベテランの話だよねぇ?」
ナベーナが確認のように話しかける。
「……はい、上位神教会には、門前払いされました」
それはそれは、と三女神は苦笑する。
「……」
ラックは無言でテーブルの上で組んでた手をジッと見つめていた。
こんな話を他の神さまにしてもいいのか分からなくて、口を閉ざすしかなかった。
「でも、大丈夫だよ。そのために桐生は動いてる」
ラックの頭をナベーナが撫でる。
「桐生に任せておけば大丈夫! と太鼓判押すと、『まだやってもいないんだから無責任な事言わないでください!』って怒るとは思うけど、でも、大丈夫だよ」
ミュークが笑いながらナベーナの作ったジュースを飲む。
「はい、これ。私からあなたのお母さんにプレゼント」
差し出された布製のアイテムをラックは素直に受け取る。そこには『安産守り』と書かれていた。
「『あんざんまもり』?」
「ええ、私の加護の一つに安産があるの。その加護を詰めたお守り。生命神の方にはもう話も通してあるから、お母さんが生命神の信徒でも大丈夫よ。元気な子供を産んでね。もしどうしても、子供が育てられないというのであれば、キリュー教の方に連絡を入れてくれれば私が大事に育てますよ」
「…………」
メリーマムルから渡された安産守りを握りしめ、ラックは歯を食いしばった。
目頭が熱くなる。でももう泣くのも恥ずかしい。
「あ、ありが、……とうございます」
なんとか言い切って両手でぎゅっと安産のお守りを握り締めた。
「でも、メリーマムル。キリュー教に連絡してって言っても、連絡方法が無いんじゃない?」
「あら、そうね。じゃあ後で桐生にお願いしちゃいましょう」
良案だと笑顔を見せるメリーマムルに、ナベーナもミュークも反対はしなかった。
「それで、少年、ここにくるまでどんなところを通ってきたの?」
ミュークに促されてラックは気持ちを切り替えて、ここに来るまでの話を拙いながらもし始める。
三女神は、飛んだり戻ったりするラックの話をとても楽しそうに聞いていた。
ブクマ・評価ありがとうございます。
 




