愛する君に捧げる僕の願い事
「好きな人には幸せになって欲しいんだ…」一途な男の物語の意外な結末は?!
僕は見た目も中身も冴えない男
女性には全く相手にされないタイプだ
もちろん彼女という存在は
生まれてこのかたできたことがない
それでも人並みに
人を好きになったことがある
いつも遠くから見ているだけだけど
そして今もある女性に
心を奪われているんだ
今日はいつもより
大量の配達が予定されていて
店中が朝からてんてこ舞いしている
でもただ一人、僕の心は浮かれていた
配達場所には憧れの女性がいるからだ
普通配達に行くとただの花屋の店員に
話しかける人などあまりいない
品物の受け取りの確認をするだけだ
だけど彼女はいつもにこやかに
優しく話しかけてくれる
僕にとって彼女は
冷たく乾いた都会のオアシス
大量の配達にいつもより
長い時間彼女と話せる気がして
僕の心は浮き足立っていた
花を下ろして運んでいくと
彼女が隅の方で電話をしていた
わざとそばを通り彼女を見たが
彼女は僕には目もくれず話に夢中
相手が誰なのか知る由もない
僕は彼女の瞳に一度も映ることなく
配達を終わらせその場を離れた
電話で話す彼女は楽しそうだった
あんな場所で話している以上
仕事の電話でないことは明らか
きっと彼氏なのだろう
僕は嫉妬していた
壁に貼った「アイリス恋愛F大賞」の
ポスターの恋愛の文字が恨めしい…
数日後
また彼女の職場に配達があった
気乗りしないが
自分の管轄だから行くしかない
今日は彼女がいつものように
受け取りの確認をして
いつものように話しかけてきた
彼女のたわいのない言葉に
僕はまた心が揺れる
でも、彼氏がいる人だ
諦めるしかない…
いや、諦める必要もなく
彼女だって恋愛相手に
僕など相手にしないだろう
その夜、友人から飲みに誘われた
友人がよく行く店に連れて行かれたが
そこは洒落たバーだった
カウンターに座ると
一人の男が注文を聞きにきた
黒いシャツにオールバックの髪をした
歳の頃なら30代後半か?
無精ヒゲが似合う野性味のあるバーテン
天は二物を与えずというが
そんなことはない二物どころか
このバーテンは何物も持っている
神様は不公平だ…
夜も更けそろそろ帰ろうかと思った時
彼女が店に入ってきた
意外な展開に
僕は腰が抜けそうになった
彼女は真っ先にバーテンに話しかけた
それはとても親しげで
彼女がここの常連だとわかった
案の定、彼女は僕のことには気づかない
僕がいつものエプロン姿じゃないから?
それともバーテンしか目に入らないから?
そう思っていたら
彼女が僕に気づいてくれた
『あれ?お花屋さん…』
『あ、どうも…こんばんは』
バーテンがすかさず
『知り合いなの?』と口を挟んだ
彼女は隣に座って僕と話し始めた
友人は美人な彼女と僕の関係を
知りたくてウズウズしている
僕は優越感に浸っていた
彼女はやはりこの店の常連だった
最初バーテンが彼氏かと思ったが
どうやらただの客とバーテンの仲のようだ
しかしバーテンを見る彼女の目は
明らかにいつもと違う
ひょっとしてあの日の電話の相手は
このバーテンだったのではないかと感じた
それから僕はバーテンの店に
頻繁に飲みに行くようになった
バーテンも気軽に話しかけてくれるようになり
ここは僕の初めての行きつけの店になった
彼女は店に来る時はいつも一人
偶然一緒になると僕らは隣同士に座り
たまにバーテンを交えて三人で話した
僕の心は完全に彼女に向いている
でも彼女の心はバーテンに向かっている
僕の歯がゆい片思いが加速していく…
彼女と飲み友達になって数ヶ月
相変わらず僕らは
配達の時と店以外では会わないが
僕も彼女も確実に心を開き始めてる
僕は思い切って彼女に聞いた
『バーテンさんのこと好きなの?』
『え、急にどうしたの?』
唐突な僕の質問にうろたえる彼女
そのうろたえぶりが彼女の答えだった
僕は失恋した
告白もしてないのに…
その日から僕は
バーテンの素性を調べ始めた
バーテンが彼女を
幸せにできる男かどうか
確かめたかったからだ
そのためにはバーテンとも
今以上に仲良くなる必要がある
暇があれば店に通いバーテンと
親しくなっていった
僕とバーテンが仲良くなると並行して
彼女とバーテンも親密になっていく
僕は焦った
早くバーテンのことを調べないと!
僕はバーテンの
個人的な情報を探り出したかった
しかし商売柄、あまり私生活を
感じさせないようにしているのか
探るまでにかなり時間がかかったが
残念なことにバーテンには妻子がいた
彼女はそのことを知っているのだろうか?
僕は彼女に
バーテンが妻子持ちだと伝えた
しかし僕のその行為は
彼女を怒らせてしまうだけだった…
その後
彼女とバーテンは付き合い始めた
世間でいう不倫に
僕も最初は憤りを感じたが
たとえ不倫といえど
彼女の恋は純愛だ
僕は彼女の純愛を
叶えてあげたくなった…
その夜僕は悪い夢を見る
悪魔が出てきて
『彼女を幸せにしたいなら
お前の寿命をよこせ』
悪魔が言うには僕の寿命はあと48年
そのうちの47年間を悪魔に渡せば
彼女の純愛は叶うという
僕にとってのメリットもあると言ったが
それが何かを聞く前に目が覚めてしまった
次の日また悪魔が夢に出てきた
例の契約をするのか?しないのか?と
にじり寄られた
僕はこの先もどうせ
つまらない人生しか送れないだろう
それなら長く生きてたってしょうがない
それよりも最後に人助けでもして
生涯を閉じたほうが
ずっとカッコいいじゃないか?
それに好きになった人には
幸せになってほしいと思う
彼女の純愛が叶うなら
それも僕にとっては幸せなことだ
僕は悪魔と
寿命47年間を渡す契約を交わした
悪魔は『これで異例の大出世ができる!』
と大喜びで消えてしまった
次の日、彼女から電話がきて
久しぶりに一緒に飲むことになった
早めに店に行ったら
バーテンから離婚したことを聞かされ
彼女との結婚を考えていることを
打ち明けられた
僕は半信半疑だったが
悪魔との契約は
本当だったのだと確信した
そういえば僕のメリットをまた聞き忘れた
悪魔はまた僕の前に現れるのだろうか?
どっちにしても僕の命はあと1年しかないんだな…
バーテンから
彼女にプロポーズする時に渡す
花束が欲しいと相談された
僕はバーテンに桔梗を勧めた
桔梗の花言葉は『永遠の愛 誠実』
バーテンには誠実な心で
彼女を永遠に愛してもらいたい
そう願いを込めて僕は桔梗で花束を作った
バーテンと彼女は結婚した
彼女の純愛はこれで叶ったのだ
僕はあと1年の残り少ない人生で
何をしたいのか考えてみた
考えた結果は何も特別なことはしない
今のまま花屋の店員で終わることに決めた
たったの1年じゃ何も成し遂げられないし
彼女を失った今、僕には何の希望もない
変わらない毎日を過ごすことが一番だと思ったから
バーテンと彼女の結婚式以来
二人とは会っていない
いくら二人の幸せを願っていても
もともと彼女は好きだった人
僕の中の嫉妬心が暴れだして
二人の幸せを壊してしまいそうだから
もう会わないことに決めたのだ
もうすぐ寿命が尽きる
僕の体には特に何も変わりはない
最後はどんな風に終わるのだろう
苦しむのはイヤだな
安らかに眠るように逝きたい
僕の願いはそれだけだ
寿命が尽きるまで一週間
悪魔が突然僕の夢に現れた
『ご無沙汰したな』
『ご無沙汰って…
最後にまた会えるとはなんだか嬉しいよ』
『お前のおかげで俺は大出世したんだ
今日はそのお礼にやって来た』
『お礼に?いったい何をくれるんだい?
僕の寿命はあと一週間だろ?
残りの一週間に何をしてくれるんだ?』
『俺は魔界で異例の大出世をして
今じゃ誰にも文句を言われることはない
だからお前から奪った
47年間の寿命を返してやる
今の俺にはその力があるんだ
そして、お前の願いを一つだけ叶える
このお礼をお前は受け取るか?
さあ、どうする?
ただし、お前が
本当に望んだことしか叶わない
お前自身の幸せに繋がる願いしか
叶わないぞ』
『僕自身の幸せ?』
『ほら、あるだろ?』
『何だろう?一週間で死ぬと思ってたから
急に言われても思いつかないや…』
『本当、マヌケな奴だな…
いつも魔界から見ててイライラしてたんだ!
彼女が好きなんだろ?
それなら今度はバーテンに譲るなんて
格好つけないでお前が幸せにしてやれよ!』
『でも…彼女は
バーテンと幸せに暮らしてるよ
そこに波風を立てるなんて
彼女に悪いじゃないか…』
『どこまでお人好しな奴だ…
バーテンは彼女を幸せになんかしていない
彼女は毎日泣いて暮らしてるんだぞ』
『え…どうして?!』
『元々バーテンはそうゆう奴なんだよ
もうとっくに違う女が出来てるんだ』
『くそっ!…そうだったのか
僕が彼女を幸せにするよ
この願いを叶えてくれ!』
『そうこなくっちゃな
承知しましたよ ご主人様 』
僕はすぐに彼女と会った
見るからに生活に疲れきっている様子だ
前に感じた眩しくて華やかな感じは
すっかりなくなっていた
その後、僕が何もしなくても
バーテンと彼女は離婚した
きっと悪魔の仕業だろう
今の僕は、彼女のために
毎日花を一輪買って帰る
そんな些細なことでも喜ぶ彼女と
過ごす毎日がとても幸せだ
誰に遠慮することなく
自分の思うままに生きることが
一番の幸せだと教えてくれたのが
悪魔だったなんて…
いったい誰が信じるだろう?
そして悪魔のことだからこの出来事を
誰かに話してしまったらヘソを曲げて
この幸せを消してしまうかもしれないから
僕だけの胸に収めておこうと思うんだ