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花咲くハルに逢う  作者: 直弥
第二章「最後の再会」
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その0

 九泉ハルの海桜学園転入から三年前、星名錬と武猪悠真は中学三年生であった。その頃の彼らにはもう一人の仲間がおり、トリオでの行動が常であった。星名錬の妹、星名静香を加えたトリオである。

 錬と静香は同級生の同い歳。

 錬と静香は血縁のない義兄妹。

 錬の養母は静香の実母で、静香の実父は錬の養父。

 つまり、もうじき生まれてくる子どもに兄兼遊び相手をプレゼントしようと、赤ん坊孤児の錬を引き取ったのが星名夫妻であった。子育ての経験すらなく、我が子の出産すら控えた中で突然に子どもを一人追加するというのは、傍から見れば無謀とも取られる決断に違いない。要するに、思い切りのいい夫婦であったのだ。娘のために、海外移住もあっさりと決めてしまうほどに。


 錬たちが中学生活最後の夏休みを目前にまで控えたある日の土曜日。同級の星名錬、静香、そして武猪悠真の三人組が終礼を終え、教室を出たところ。真ん中に静香を挟み、彼女の左右を錬と悠真が歩いていた。

「駅前のカンフー、今日オープンらしいぜ」

「へえ。カンフーなんて、今までは隣の隣の町まで行かなきゃなかったのにな」

 最初の発言者は悠真。次に錬。そしてその次に、

「やったぁ! これでいつでもナシゴレンバーガーが食べられる!」

 静香が叫ぶ。

「お前は本当に、馬鹿の一つ覚えみたいにそればっかりだな……」

 狂喜する静香とは対照的な冷めた落ち着きで、悠真は嘆息した。そんな彼に、静香は頬を膨らませて抗議する。

「ぶうっ。私は一途なんですぅー。悠なんて、新しいメニューが出来たらすぐにそっちに飛びついちゃって……節操ナシの浮気者じゃないの」

「なんだとう? 俺ほど純真な人間はそうそういないんだぞ!」

「何の話してんだよ、お前らは」

 やれやれと嘆息しながら、話が明後日の方向へ飛躍していることを指摘する錬。同級生の三人の中でも最も誕生日の早い、いや、もしかすると学年すら上であるかもしれない(何せ正確な誕生日は全く不明なのだ)彼は、常にトリオのまとめ役であった。

「いやいや、錬、これは俺の名誉にかかわる重大な問題であってだな」

「はいはい。とにかく、早速今日寄って行くんだろ?」

「あたぼうよ。静香も行くだろ?」

「モチのロンだよ」

「仲良いなお前ら。さっすが、〝霊渉者〟同士ってところか」

 まとめ役というよりは、このように振り回されることの方が多いのが錬であった。


「あっちゃー。やっぱ混んでるな。もう一時を過ぎてるってのによ。暇人どもめ」

 目的地に着いた悠真は、開口一番に無茶な毒づきをした。

「開店初日限定で、全バーガー半額だって! そりゃ混むよね」

「諦めて帰るか?」

「「イヤ!」」

「(ハモった……)ああ、そう。じゃあ並ぶか」

 静香と悠真に押され、仕方なく錬も列に並ぶ。店の外にまではみ出した行列に。前から悠真、静香、錬の順番で。

「こりゃあ、たとえ買えても、店で食うのは無理だな。今日、お前らの家は大丈夫か?」 

 振り返って悠真が訊ねる。錬たちは答える。

「ああ、大丈夫」

「オッケーだよ!」

「おしっ。じゃ、お持ち帰りに――!!」

「!!」

 突然、悠真と静香の顔色が変わる。

「この感触、まさか」

「うん。間違いないよ」

「お、おい。どうしたんだよ、二人とも。もしかして――」 

 錬が言葉を紡ぎ終えるより先に、誰かの悲鳴が上がった。

「れ、霊魔だ!!」

 場は一瞬で阿鼻叫喚の地獄と化した。悠真と静香が異変を感じ取ったのとほぼ同時に、空間が揺らぎ、体長三メートルを超す、鼠に似た、鼠色の、双頭の怪物が姿を現したのだ。星名錬にだけ視えない怪物は、自身の胴よりも長い、四メートルはある尾を滅茶苦茶に振り回している。建造物から何まで、あらゆる障害物をすり抜ける尾は人々の身体にだけ直撃し、幾人もが吹き飛ばされていく。

「『静霊(カドシュ)』!!」

 誰に言われるまでもなく、真っ先に駆け出した静香は霊魔の身体に両手で触れて、そう唱えた。途端、怪物の動きがぴたりと止まる。彼女の両手は淡く青く輝いている。

「ナイス、静香! そのまま手を放すなよ。コイツは俺一人で相手するのは難しいかもしれない。粟村さんか黒谷さんか……、現役兵士の人が来るまでここで待機しよう。錬は早く、ここから離れてシェルターに逃げろ」

「わ、わかった!」

 承諾した錬が走り出す。――その先に、突如として新たな霊魔が姿を現した。しかし、霊魔を視認出来ない錬がそのことに気付けるはずもなく、方向を転換することなく駆けて行く。

「っ!! 錬! そっちは駄目だ!」

「ダメ!! お兄ちゃん!!」

 焦った静香が霊魔から手を離し、錬の元へ駆け寄ろうとする。彼女が手を放すということは『静霊(カドシュ)』の解除を意味する。つまりそれは、霊魔の束縛がなくなるということ。自由を得た霊魔は、猛スピードで静香の背に迫る。

「静香っ!! 後ろっ!」

 悠真は更にその霊魔を後ろから追いながら叫ぶ。だが、極限状態にある静香の耳には届かない。悠真と霊魔の距離はみるみる縮まっていく、が、それ以上に、静香と霊魔の距離が縮まるのが早かった。そして、

『ボ、グチャッ』

 硬いコンテナが潰されるような、鼓膜を揺らす鈍い音が辺りに響く。そこでようやく異変に気が付いた錬が後ろを振り返った。

「――ウソだろ……?」

 彼の目に映ったのは、右肘から下を霊魔に食い千切られて倒れる静香と、彼女に喰らいついて悠真に叩き伏せられた霊魔と、それに馬乗りとなった悠真であった。

「え、あ……うう…………ああああっ!!」

 叫んだのは静香。ある筈のものがない違和感と、目を刺激する鮮血の赤と、経験のない激痛が、感情の糸を引き千切ったのだ。


 その後、悠真が二体の霊魔を仕留めるのに五分。粟村という名の現役霊渉兵士が現場に辿り着くのには更に十分を要した。満身創痍の悠真と、利き手と気を失った静香はすぐさま軍の病院へと運ばれて行き、そのまま入院することとなった。身体には傷一つない錬。しかし彼の心は、三人の内誰よりも重傷であった。


 この一件から二週間後、静香は〝世界最新型で相当出来がいいと云う右腕〟を移植するためにナルナへ向かい、両親も同行した。そしてそのまま、彼の地に住み着いた。霊渉者の国外転居など通常なら認められないのだが、武猪洋祐が暗躍したのだ。本人からの希望により、一家の内、錬だけが大和に残った。そして、月日が流れる。

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