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花咲くハルに逢う  作者: 直弥
終章
23/23

花咲くハルに逢う

 ――『大霊発生』から時は流れて、日本某所。


 さらさらと流れる小川の水面が、うららかな春の陽射しを受け、白くまばゆい輝きを放っていた。見れば、産卵の時期を控えたアメンボたちが、水の上を優雅に滑走している。河原では白いタンポポが花を咲かせており、所々に綿毛となった個体もあった。春型特有の小さいアゲハ蝶が、ひらひらと舞うように飛び回っている。見目五、六歳の子どもたち四人――男女それぞれ二人ずつ――が、網も持たずにそれを追い掛け回していた。そんな、画に描いたようにのどかな光景を、一人の老女と一人の青年とが微笑ましそうに眺めていた。老女の方は車椅子に座り、青年は草っぱらの上に直に座っている。

 青年は二十代前半、老女は九十かそれ以上……とにかく、かなりの高齢だろう。

「春ですね」

「そうね。春ね」

「……なんか、貴方とこんな風に敬語で会話するのも変な感じ、ですね」

「それはお互い様よ。私ばっかり、こんなに歳取っちゃって。日本に来てからますます老けこんじゃったみたい」

 老女はからからと笑いながら言う。顔中の皺からは年輪を感じさせつつも、彼女の笑い声はとても若々しかった。その後も、まるで同年代の友人同士のように二人は語り合う。そして最高潮に話しが盛り上がってきた時、

「お袋ー」

 と言う、男の声が二人の耳に入った。二人が河川敷上の道路に目を遣ると、六十過ぎであろう男が手を振りながら近づいて来ていた。

「あら、もう来たわ」老女は残念そうに言葉を漏らした。続いて、「ごめんなさいね、それじゃあ、今日はこの辺で。と言っても、今日が最後かもしれないけれど。またね、錬君。奥さんによろしく」と。

 彼女に答える青年――星名錬の言葉はこうであった。

「ええ、じゃあまた。今日はわざわざありがとうございました、未春さん」


 住宅街から少し離れた山里に、古今混合な日本家屋が一軒だけぽつりと建っていた。重々しい瓦の屋根で、白と黒の荘厳な外壁で覆われている。そして二階建てである。更に、家の中より何倍も広い庭では、巨大な山桜が満開の花を咲かせている。その根元には、ゴクラクチョウカがこれ見よがしに咲いていた。

 四人乗りの真っ白いセダン車が、その庭の中へと入ってきた。白線で引かれた四角い枠に停車し、降りてきたのは錬であった。車の音を聞き付け、家主の一人が家の中から出てきた。まだまだ小さな赤ん坊を両手に抱き抱え、白いフリルのエプロンを腰に付けた若い女性が。

「おかえりなさい、あなた」

「ただいま。ハル、サクラ」

「あっ、あうー。とーとー。うはぁ」

 錬の顔を見た途端、はち切れんばかりの笑顔になった赤ん坊は、母の腕の中に抱かれたまま必死に手を伸ばし、彼女の目の前にまで近付き腰を屈めた父の頬をぺたぺたと触りながら笑った。


 錬が目を覚ました時は、それはもう大変な騒ぎとなった。何せあの時―――眠りについた時――から二つ三つしか歳を取っていないハルが「おはようございます」と抜かしたのだから。ハル、悠真、静香の三人がナルナ軍に対してテロリスト紛いの行動を起こし、かつてハルを冷凍保存していた装置を掠め取ったという話を他ならぬハルから聞かされた時、錬はぶっ倒れて今度は危うく永い眠りにつきそうになったものである。

(自分の生き方は自分で決める、か。いや、それにしても無茶苦茶すぎるよな。これに限ってはハルだけじゃなくて悠真も静香もだけど)

「どうかした?」

「いや、別に」

「そう? ところで、どうだった? うさぎちゃんは。それと、未春さんは」

「未春さんは相変わらずだったな。あの人といると、ホントに昔に帰った気になるよ。お前以外に昔話が出来る相手なんて、もう彼女だけだしな。うさぎちゃんも変わらずだった。あの二人はやっぱり親バカのまんまだったけど、その分、うさぎちゃんは真っ直ぐな良い子に育ってるよ。そういや、小学校の入学祝いに携帯電話を買ってもらっててさ、今日会って最初に言った言葉が『ばんごー、おしえて!』だったな。あと、今度はサクラも連れて来て欲しい、って」

「うはぎ! うはぎー、うはぎー!」

 うさぎという名を聞いたサクラは嬉しそうにその名を――舌ったらずに――連呼する。娘の無邪気な笑顔を見て、微笑ましさに、思わず錬とハルも笑ってしまう。

「今日もサクラは元気がいいな。よし、花見にしよう!」

「またあ? 今月はこれで三回目よ?」

「まあまあ、どうせ家の敷地で出来ることなんだから。折角の休日は有効に、な」

「はあっ、わかったわ。でもお酒は買わないわよ。まだ昼間だし、サクラもいるし、お金もないし。この家と車のローンだって、まだ何十年も残ってるんだからね」

「こんなタイミングでそんな現実的なこと言うなよな……」

 そう言って。錬は、ハルの肩を抱きながら、花見の準備を取りに家の中へと入って行こうとした。その時、錬のポケットから携帯電話の呼び出し音が鳴る。「誰だ、こんな時に?」と、やや苛立ちながら携帯電話を取り出した錬であったが、液晶画面に表示された名前を見た途端、苦笑いになった。

 九十年前の、この時代においてはもはや骨董品扱いで、未だに動いていること自体が奇跡的なその携帯電話の液晶画面に『武猪うさぎ』の名が表示されていた。

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