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花咲くハルに逢う  作者: 直弥
第四話「最初の一日」
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その3

「で、本当にここでいいのか? 折角なら、遊園地とか水族館とかの方が――」

「そういうのは将来、本当に恋人になった人と行ってください」

「お前はどうしてそう……静香の気遣いまでも台無しにするようなことを言うかなあ」

 大きめに嘆息した錬。隣りにはハル。彼らは今、第六室にある『六華園』を歩いていた。平日の昼間と言うこともあってか、彼ら以外の客は殆ど見受けられない。様々な国から集められた色とりどりの花や草木が、艶やかに鮮やかに、しかしどこか幽玄な雰囲気を湛えて咲き、生えている。その一角、薄桃色で独特な花弁を持つ花が点々と咲く場所でハルは足を止めた。

「これですよ、ワタシが見たかったのは。ここならあるかもしれないと思っていました」

「なんか、変わった名前の花だな。ニチニチソウ?」地面から控え目に生え、淑やかな花を咲かせているニチニチソウを、腰を屈め、まじまじと見つめる錬。「どうしてまた、この花を見たかったんだ?」

「ニチニチソウの花は、俗に〝夏桜〟とも呼ばれている花なんです。だからと言って、別に桜の代わりというわけでもなくて、一度見ておきたかったんです」

「夏桜ねえ。似てるっちゃあ似てるのかなあ。形は納得いかないけど、色は確かに。そう言えばお前、桜が好きだとか言ってたよな。あれって、どうしてだ? 日本人じゃあるまいに」

 冬眠状態のハルが発見されたのはナルナの遺跡。なれば当然、彼女はかつてナルナで暮らしていたはず。そう考えるのは至極当然の話であった。錬でなくともそう思うだろう。

 しかし実際の事情は少々違っていた。

「日本人じゃなければ桜を好きになれない、ならないという決まりはないでしょう。……と言った直後でこんなことを言うのもなんですけど、ワタシは起きている間の人生の大半を日本で過ごしているんですよ。出撃が決まった十六歳の夏にカテドル――今のナルナに運ばれ、着いてすぐに戦闘。何とか生還し、そのままそこで眠り始めたんですよ。で、目が覚める前に戦争が終わってしまって、ワタシは冷凍保存されたようです。実質にナルナで過ごした時間は、大和で過ごした時間よりも既に短いぐらいですよ」

「へえ。じゃあ、もしかして『九泉ハル』って名前は、冬眠から目覚めた後で便宜的に付けられた名前じゃなくて、昔っからのお前の名前なのか? ナルナ人にしちゃおかしな名前だと思ってたけど、日本人って考えれば、そうおかしな名前でもないし」

「『ハル』に関してはレンの言う通りです。『九泉』は、一時的にとは言え学校に通うことになったのを受けて、応急的に付けられた姓ですが」

「学校。そう言えば、どうしてお前はわざわざ学校に通うことになったんだろうな」

 一度限りの対霊魔用兵器。軍がハルに対して持っている認識はそれだったはずだ。ならば、学校に通わせている時間や金など無駄にしかならない。

「さあ。ワタシはヒロスケさんに勧められるがまま、転入という形で編入しましたから。理由までは聞かされていません。まあ、十六にも関わらず高等部三年に編入されたのは、ヒロスケさんの孫であるユーマさんが在籍していたクラスに入れた方が都合よかったからでしょうけれど。学校におけるワタシの様子も自然と聞き出せますし」

「あ、そういや十六歳ってところ思いっ切りスルーしてたな。年下だったのか、お前。それにしても……洋祐さんが、か」

(人間らしいことを経験させてあげたかったのかもしれないな)

 錬が真っ先に思い付いたのはそれであった。ここ数日間、武猪洋祐は軍のトップとして、冷酷なまでの判断を数々行ってきた。その度に錬やハルは振り回された。だが錬は、洋祐が単なる冷血機械(ターミネーター)ではないことをよく知っている。大和と言う国のため、国民のために、より合理的な判断を下さねばならないのが、洋祐の立場では最低必須とされることも理解出来ている。だからこそ錬は、洋祐に掴みかかるような真似を一度も見せなかったのだ。

有体に言えば、〝我慢〟出来ていた。

(ハルの通学が、洋祐さん心ばかりの罪滅ぼしだったとしても。発想がどうにも年寄り……じゃなくて、洋祐さんらしいな)

 本音の中に、思わず本音の本音が飛び出しそうになった錬は頭を掻く。

「経緯はどうあれ」

「ん?」

「経緯はどうあれ、学校に通わせていただけたからこそレンや静香とも出会えたわけですし、通学のために住まわせていただけたからユーマさんとも出会えたわけで。結果的にはいいこと尽くめだったのですから、今更そこを深く考える必要なんてないですよ」

「ハルがそう言うんなら、この話は切り上げようか」

(いいこと尽くめ……。本当にそうか?)

 錬は今更になって、考え着かなければよかったことに考え着いてしまう。そもそもハルが眠ってしまうようになったのは、自分の責任ではないのかと。彼女が〝飼(力)〟を使わざるを得なかった時の状況を思い出してみる。あの時、隣家を訪れることもせず、真っ先にハルと共に逃げ出していれば、ハルが〝飼(力)〟を使う必要もなく、故に眠る必要もなかった。

 彼女が冬眠せざるを得なくなってしまったのは自分のせいだ。自分が余計なことをしなければ、自分がいなければ、自分と出会っていなければ。ともすれば、ずっと眠らずに済んだのではないのか――。

「レン。アナタ今、勝手な罪悪感に苛まれていませんか?」

「え、まさか表情に出てた?」

 と言って、ぺたぺたと自分の顔を触りまくる錬に呆れたハルが、畳み掛けるように言葉を浴びせる。

「出に出まくっていましたよ。わざとかと疑ってしまうぐらいに。それにしてもとんだ杞憂です。考えてもみてください。錬の想像通り、もしワタシがとりあえず起きていたとしても、ただ起きているだけでは何の意味もない。それこそ、いつまで経ってもモノ以上の価値を自分に見出せないまま。誰かと一緒に遊んだり、笑ったり、ご飯を食べたりする楽しみも知らないまま。ただ悪戯に寿命を浪費するだけの日々になってたんじゃないでしょうか。それに、もしあの時レンがああしなければ、小さくも尊い命が二つ、失われていたかもしれないのですよ?」

「結果的にあの子たちが助かったことはもちろん喜ぶべきことだし、だから後悔だってしてないよ。でも……、いや、もういいや。僕もハルも後悔してないんなら、それでいい」

「そうそう。ああよかった。これで安心して眠ることが出来ます」

 大きな欠伸を一つして、ハルの身体はぐらついた。

「なっ! おい、ハルっ」力なく折り畳まれた膝のせいで支えを失って倒れそうになったハルの身体を、錬はしっかりと受け止めた。見目相応の人間の少女と変わらぬ体重が、錬の両腕に圧し掛かる。無論、大した重さではないが。「おい、まだ夕方にもなってないじゃないか! もう少し、せめてもう一時間――いや、一分だけでも頑張れないのか!?」

 錬は必死。時間があれば何がどうなるというわけでもないのに、叫ばずにいられなかった。

「もう……限界です。これでも随分と辛抱したんですよ? 許して下さい…………」

「ハル……」

「ああ、そうだ。寝る前に、最後に一つだけ言っておかなくては……」

「なんだ?」

 いつになく神妙な面持ち。今しないでいつするんだという表情の錬が耳を傾ける。

「お付き合いはお断りしましたけど。ワタシ、レンのこと好きですよ。大好きです。本当は、レンの彼女にもなりたかった。静香とユーマさんのように、キスもしてみたかった……」

その言葉を最後に、ハルの瞼は完全に閉じられた。錬の腕の中で、彼女の体温が徐々に引いていく。――心臓の鼓動が止まった。

「ははっ。結局、言いっ放しで逃げるんじゃないか。……ずるいよ…………」

 錬は歯を食いしばり、溢れ出しそうな涙を懸命に堪える。ハルを抱く腕にも力が入る。彼女をそのまま押し潰してしまうのではないかというほどに。

 そんな場面に。どこからか。真っ黒いスーツにサングラス、諜報員然という出で立ちの男たちが三人、錬とハルを取り囲むようにして現れた。内一人が口を開く。

「星名錬君、約束だ。君がリトルシスターを独占できるのは、彼女が眠るまでだったね」

「無理やり交わさせた約束がそんなに大事ですか……? 少しぐらい余韻に浸らせてくれたっていいでしょう!? ……ごめんなさい、お願いします…………」

「――分かった。我々とて鬼ではない。司令からも、なるべく君の希望に添うよう仰せつかっている。この場所のままでいいなら、もう一時間だけ待とう。それまで我々はまた身を潜めているが、監視は止められない。理解して欲しい」

「わかりました。無理を言ってすみません、ありがとう、ございます」

 とりあえずその場を去って行く男たちに一応の感謝を示した錬は、改めてハルの身体を強く抱き締めた。今度は、溢れ出る涙を止めることも叶わなかった。頬を伝い零れ落ちた涙はハルの目元に落ち、そこから更に流れ落ちて、ニチニチソウの花を濡らした。

 ニチニチソウ――漢字で書くと日々草。花言葉は友情、楽しい思い出、追憶。

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