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花咲くハルに逢う  作者: 直弥
第四話「最初の一日」
17/23

その2

 七月二十二日水曜日、午前十時少し過ぎ。星名錬は、武猪悠真が入院している病院にいた。ハルの検診に付き合ってのものである。彼女がその検診をしている間、錬は一人で、とある病室に来ていた。今そこに入院しているのは、悠真とは一切関係のない中年女性であった。

 ベッドに横たわる彼女は上半身を起こすことも叶わない重傷を負っていたが、奇跡的に意識はあり、普通に話すことも可能だった。

「そう……。あの人は本当に死んでしまったのね。でも、咲人と未春は無事なんですね?」

「二人とも怪我一つしていません。あなたのお蔭で。後で二人ともお見舞いに来るそうです。それより、その、すみません。失礼千万な話ですが、あの時、まさかあなたがまだ生きているとは思っていなくて……。置き去りにしてしまって」

「いいのよ、それは。どっちにしろ、こうして生きているんですもの。それにしても、よかった……本当に。軍の人の言葉だけでは半信半疑だったから。錬君だっけ? 君、ご両親は?」

「一応、二人とも健在ですよ。今はナルナに住んでいますけど」

 この〝一応〟という前置きには、実の親ではないというニュアンスが含まれていたのだが、流石に他人がそんなことを察することは不可能で、女性は当然、錬の生みの親二人がナルナに住んでいるものだと解釈した。

「そう。じゃあ、会いたい時にいつでも会えるというわけではないのね。ならせめて、時々は電話してあげてね。きっと、いつだってあなたのことを心配しているから」

「僕の方から電話をしなくても、月に一度はあっちから電話してきていますよ。まあ、こっちから電話をする時もありますけど。親が子を想うのと同じで、子どもだって親を想っているものですよ」

「ええ、そうね、その通りかもしれない。もう、あの二人の親は私しかいないのだし……。いつまでも寝ているわけにはいかないわ。あの子たちの前に君に会えてよかった。ありがとう」

「いえ、そんな。じゃあ、そろそろ僕は行きますんで。お大事に」

 

 時間にして五分にも満たない面会であったが、それぞれに得るものがあった貴重な時を過ごした二人は別れた。病室を後にして、パタンと扉を閉めた錬は心の中で呟いた。

『父さんと母さんか……。僕が寝たら、怒るのかなあ。悲しんでくれるのかな、あの二人。だけど僕は〝いつまでも起きているわけにはいかない〟んだよな』

 

 武猪悠真の病室。錬がその扉を開いた瞬間に、二つの声が同時に彼の鼓膜を揺らした。

「錬!」「お兄ちゃん!」

「うるさい」

 病院という環境を考えれば怒られても当然なほど喧しい大声を上げた二人をたしなめる錬であったが、彼の声もまた同様に喧しかった。

「『うるさい』じゃねーだろ!? お前ん家のすぐ近くに霊魔が現れたって聞いて、俺たちがどんだけ心配してたと思ってるんだよ!」

「そうだよ! いっくら知らない人からの連絡で『お兄さんは無事です』って言われても、今の今まで、ホントーに顔を見るまでずーっと心配してて、怖かったんだから」

「ああ、うん。その、なんだ。それは悪かったよ」

 錬は、親友と妹に心配を掛けてしまったことを素直に謝った。

「いやあ、別に霊魔が現れたこと自体はお前の責任でも何でもないんだから。謝ることではないけどさ」

「それがそうでもないんだよな……」

「ん? 何か言ったのか?」

「いや、別に。それよか、悠真こそもう大丈夫なのか?」

「おう! 見ての通り、もうピンピンしてるぜ。昼間の検査でオーケーが出れば、そのまま退院出来るってよ。明日には学校も再開されるらしいし、また四人でどっか遊びに行こうぜ。俺の退院祝いってことでさ。ハルの奴も元気してるんだろ?」

「あー……、ハルか。あいつは――」

「え! もしかしてハルに何かあったの!?」

 叫びながら、静香はずいっと身を乗り出して錬に詰め寄った。

「おい、そうなのか錬?」

静香に便乗して悠真も同様にベッドから半身を起こして訊ねる。

「っ、それは」

 事実をそのまま述べられるわけもなく、かといってその場凌ぎで嘘を吐くのも躊躇われた錬は口籠った。状況を乗り切るための良策も思い浮かばず、どうしたものかと錬が途方に暮れかけていた時、不意に少女の声が三人の耳に届いた。

「それはワタシの口から話します」

 錬が入って来た時から開け放されていた扉の先にはハルが立っていた。


「……」「……」

 洋祐と静香は無言のままハルの話を最後まで聞き終えた。俄かには信じ難い幾つもの事実を聞かされて、特に静香の方は精神的にかなり参った様子であった。

 ハルが包み隠さずに話したのは自らの正体と、今後の彼女の行く末について。錬のことは一切合財を包み隠した。

「…………」

「……んで」

「ん?」

「はい?」

 顔を伏せ黙り込んでいる静香。対して悠真はわなわなと肩を震わせ、拳を強く握りしめていた。そして叫ぶ。

「なんでそんな大事なことを黙ってたんだ!!」

『ダン!!』と、壁を強く叩きながら、悠真はハルに向かって叫んだ。閉ざされた窓の真下に、閉じることの出来ない(あな)が開いた。じんわりと熱い暑い夏の風が部屋の中に入り込む。

 顔を上げる静香。顔を伏せる錬。

「馬鹿ヤロウ、大馬鹿ヤロウが! チクショウ……。もう遅いんだろ? もう使っちまったから、今更どうやっても眠っちまうんだろ!? どうして使う前に俺に、いや、俺達に正直に話してくれなかったんだ。もし知ってたら、病院なんか抜け出して助けに行ったのに……。お前がその〝(リード)〟とかいうのを使う前に、使わなくていいように、それこそ死ぬ気で何とかしてやったのに……! 分かってんのか!? 十年だ! 十年だぞ!!」

 錬も滅多に見る機会のない、静香に至っては初めて見る、悠真本気の怒号。武猪悠真は、冷静というよりは明らかに感情的な性格ではあるが、同時に、豪放にして磊落な気質の持ち主でもある。友人相手に怒りを顕わにすることなど、ほとんどない。そんな彼が今、紛うことなくキレていた。

「悠真、だけど――」

「分かってる。分かってんだよ。俺の言ってることの方が無茶苦茶だってことはさ。でもよ……でも。分かっても、割り切れはしねえだろ……っ!!」

 うっ血しそうなほどに強く下唇を噛みしめる悠真。小さな声で何度も「くそうっ」「なんでだよ」と呟いている。両手で作った拳に額を打ちつけながら。

「悠真、落ち着いて。ハルを責めるような言い方しちゃダメだよ」

「はあっ。よく言うけど、こう言う時は女の子の方が強いな」

「そんな……。私だって本当は泣きたいよ」

 事実、静香は気を弛ませればすぐにでも決壊しそうな目蓋をしていた。そんな彼女の様子を見ながら悠真は言う。

「だからこそ強いんじゃねーか。……うしっ! わかった。もうこの話は止めよう。代わりに行動しよう。四人で今すぐどっか遊びに行こうぜ。ハルが目を覚ました時、思い出話が出来るようにさ! そう言えば学校と病院以外で俺たちが集まった瞬間なんてなかっただろ? やるなら今しかねえ」

 言って、ベッドから起き上がろうとする悠真を慌てて制止する静香と錬。同じ行動を取った兄妹であったが、

「おいおい、無茶を言うなって! 抜け出す気かよ?」

「邪魔しちゃダメだよ、ね」

 思惑には微妙な違いがあったようである。

 ハルと錬を順に見遣ってから自分の方に視線を戻した静香に、悠真は「ははあ」と、心得顔になって、その身をベッドへと戻した。

「ハル! お前、冬眠してる間は歳も取らないんだよな? じゃあ今度目を覚ました先での同世代連中がお前の本当の人生での同級生になるだろうけど、俺たちだって同級生だからな。忘れるんじゃねえぞ」

「そうだよ。今度ハルが目を覚ましたら、私や悠の子供まで生まれちゃってるかもしれないけど、その時はお姉さんとしてよろしくね」

「私〝や〟悠? 私〝と〟悠の間違いじゃないんですか?」

「な、何言ってんだお前! まさか見てたのか!?」

「お、落ち着いて悠! そもそもキスじゃ子どもは出来ないよ!」

「お前が落ち着け。ちょっと会ってない間に何があったのか、聞かせてもらおうか」

 陰鬱と流れていた時間に、久方ぶりの活気が戻った瞬間であった。 錬の目はあまり笑ってもいなかったが。

 

「……もっと色々と話したいところだけど、そろそろお暇するよ。じゃあな、悠真。静香のことよろしく頼んだよ。帰りは僕の方が遅くなるだろうから、部屋の鍵は渡しておく」

 言って、錬はズボンのポケットから自室の鍵を取り出し、悠真に手渡した。受け取った悠真はその鍵を握りしめ、

「おう。任せとけって、兄貴」

 と力強く頷いてみせた。

「誰が兄貴だ。ったく、せめて卒業するまでは避妊ぐらいしろよ?」

「心配すんな。なんなら二重にする」

「ちょっと! お兄ちゃん、悠!?」

「二人とも、もうなんか開き直ってますね」

 他人事ではない静香はパニックに近い狼狽を見せるが、導火線に火を点けたハルはというと涼やかなものであった。

「まあ、冗談は横に置いといて。今度こそ本当に行くよ。今日一日ぐらい、退院した後も大人しくしとけよ?」

「それはわかんねーな。もしまた霊魔がお前らの前に出るようなことがあったら、今度こそ何が何でも駆け付けるぜ」

「わ、私だって! 霊魔に、二人の時間の邪魔はさせないよ」

「静香、ユーマさん……」

「うん、それなりには頼りにしてる。だからもっと頼りに出来るよう、ちゃんと万全になるまで身体を休めてくれ。粟村さんだけじゃなく、黒谷さんも今日だけはこっちに待機してくれてるみたいだから」

「ふーん。じゃあ、確かに俺の出番はないかもなあ。でも、とりあえず俺らのことも心に留めとけよな」

「わかってるよ。じゃあ、またな。行こう、ハル」

「はい」

 錬と、彼の背に続いてハルが病室を去った。パタンと閉まる扉の音が、部屋の中と廊下とで微妙に違った――しかし、どちらにせよ――寂しげに響いた。

 病院の廊下を、看護師や看護士、入院患者(やはり何れも軍関係者)などとすれ違いながら並んで歩く錬とハル。

「そう言えば静香の奴、自分や悠真のことは言っておいて、僕の子孫云々は言わなかったな。僕までじきに眠ってしまうことをあいつが知ってるわけはないし……。僕は結婚出来ないって思ってるのか?」

 だとしたら随分な侮辱だな。と、何とも不服そうな顔を見せる錬に、ハルはおずおずと自分の予想を口にした。

「ひょっとしたら、ワタシに気を遣ってくれたんじゃないでしょうか」

「お前に気を遣うと、どうして俺が結婚出来ないことに――って、あ……」

 そこまで口にして、ようやく錬も静香の思惑に気付く。何故静香が自分(錬)の子ども云々に関して言及をしなかったのかという意図に。気付いて顔を赤らめる。そしてハルも。

「ああ、あの、えと……話は病院を出てからのしましょう。ここで話すようなことでは」

「ん、そうだな。よし、早く行こう」

 だからと言ってまさか走るわけにもいかず、病院の廊下をやや早足で二人は歩いていった。


「ひっ……ぐ、うう、う……。う」

 錬たちが去った後の病室で、肩を震わせて嗚咽する静香が悠真の胸に顔を埋めていた。

「よく我慢できたな。すげーよ、お前。俺なんかよりもずっと成長したな」

 胸を貸している悠真もまた涙を零しそうになっていたが、今はただ必死にそれを堪え、静香を優しく慰めていた。

「ま、死ぬわけじゃないんだ。十年なんて、きっとあっと言う間だよ」

「ううぐ、う、そう、だよね」


 同じ頃。軍部の自室にいた武猪洋祐は国際電話をしていた。相手はナルナ軍の総司令、洋祐より三つ年上の男である。会話内容はXデー、すなわちすべての霊魔が地上に現れてしまう日について。

「なるほど、そんな日が近い内に来るというのですか。わかりました、ご連絡感謝します。しかし、人類の命運を、本当にそんな子どもに託さねばならないとは。まったく非人道的な」

「貴方が人道についてを説くとは、笑わせてくれますね。三年前、霊魔に食い千切られた静香ちゃん……『静霊(カドシュ)』の霊渉者の腕。あれを密かに回収して、それを元に、霊渉者専用の『制御用アンクルリスト』なんてものを作ったのは貴方の国でしょうが」

 洋祐は吐き捨てるような、しかし静かに怒気を孕んだ重々しい声で言った。

「まだあの時のことを怒っているのですか? そのアンクルが現在、ナルナのみならず、日本やアメリカ、中国……と、世界中で大いに役立っているのは事実でしょう? 大和だって幾つか輸入して、実際に使っているじゃありませんか。それに、彼女には後でもっと『いい腕』を付けて差し上げたでしょう。発見当時のまま冷凍保存されていたリトルシスターの腕をね」

「それだって、考えるまでもなく異常な話でしょう。先の戦闘で、彼女の〝(リード)〟が本来の力を発揮できなかったのも、あれが彼女の本当の腕ではなかったからでしょうし。下手をすれば冬眠どころか永眠になるところだったのですよ? もし静香ちゃんが本当のこと知れば、また軍を抜けて、今度こそ本当に戻って来ないかもしれませんよ」

 三年前、霊魔に喰い千切られて失われた静香の右腕。代わりに、ナルナでも最新鋭の技術で作られた義手が移植された――錬や悠真はそう聞いていた。そしてその通りであった。ほんの一年前までは。そう、一年前、静香が軍に戻る決意をした時のことであった。それまで、日常生活においては支障なく義手を使いこなしていた静香であったが、戦闘が出来るにはまだ程遠い状態であった。そこで勧められたのが、完全有機由来の新たな義手を取り付けることであった。半ば実験台でもあったので、手術費用は恐ろしく安かった。一日だけ迷った末に、静香は手術を受けた。まさかその義手というのが、後に友人となる少女の実の右腕であるなどと、夢にも思わないで。有機物だった彼女の右腕を、無機物の義手にしてしまうことになるなど、露ほども知らないで。

「仮に真実を知ったとしても、彼女は軍に残るんじゃないでしょうかね? 責任感の強い子ですから。まあ、とにかく。もう三年前の件は水に流して下さいよ。詫び代わりとして、例のリトルシスターの残りの身体も大和にお送りしたじゃないですか。……ん? おっと、ナルナ(こちら)に霊魔が出たようです。それでは、今日はこの辺で」

『ガチャン』と、一方的に電話は切られた。洋祐はやれやれと肩を竦めながら、受話器を元の位置に戻し、滅多に吸わない煙草を机の引き出しから取り出して、口に咥えて火を着けた。

「人は何にも変わっておらんということか。一万年前も、今も。いや、外面(そとづら)体面(たいめん)だけ取り繕っている分、今の方が性質(たち)は悪いかもしれんな。儂も、とんだ似非英雄だな」

 薄らと灰色がかった煙を(くゆ)らせて、洋祐は自嘲するように鼻を鳴らした。


 その頃。友人を泣かせたり、親友の祖父が自責の念に駆られる原因となっていた当の二人たちは、妙にいい雰囲気になっていた。場所は第四室で最大の噴水公園。空いているベンチもないので、仕方なく立ち尽くしている。公園内には、犬を散歩させている老夫婦もいれば、学校をサボってぶらつく学生たちもいた(ここは海桜学園の学区ではなく、通常なら平日で授業日の小中高生がこのような時間にいるはずはない)。

「知らない人から見れば、僕らもサボりだと思われるかもな」

「そうですね。というか、今日は一応〝自宅学習日〟なのですから、サボりと言えば、まあサボりではありますけれど」

「それもそうか。どうせ僕らの他にも、サボってる奴ばっかりだろうけどね。駒井や荻野だって外で遊んでるだろうし、雪原さんは……小山に連れ回されてるかもな。実際、自宅学習日に本当に自宅で学習だけしている奴なんて、青い薔薇よりも珍しいよ」

 冗談めかした錬の言に、ハルは「それは言い過ぎですよ」と返して笑った。しかし、まったくもって言い過ぎではないことを知っている錬は、ハルとは違った意味を含んだ笑いを浮かべながら「ああ、そうだな」と言う。

 一しきり笑い合って、話題は他のことへと移る。

「ワタシ、今朝初めてレンのことを、心の底からすごいと思いました」

口火を切ったのはハル。

「あ? どういうことだよ」

 突然何を『すごい』と言われたのか。まったく心当たりのなかった錬は訊ねる。『初めて』という前置きに若干引っ掛かるものを感じながら。

「錬がリトルシスターであるという話を聞いて、まずとても驚きました。次に、リトルシスターである錬が、自分の生き方と言うか生き様と言うか……そう言ったものを自分自身の意思で決めているということを知って、すごいと思ったんです」

「自分の生き方を自分で決めてるったって、結局、〝(セーブ)〟を更新する気でいるんだぞ?」

「でもそれは、自分がそうしたいと思ったからでしょう? 自分はリトルシスターだから、人間の為に造られた〝モノ〟だから、人間のために働かなくちゃならない。そんな理由ではないでしょう? 静香やユーマさんを――守りたいものを守る為に、それがひいては自分の為にもなることだから、アナタは〝(セーブ)〟を更新する気でいる」

「そりゃあ、まあ。確かにその通りだけど」

 答えつつも、錬の言葉は歯切れが悪かった。

 彼が〝(セーブ)〟の更新を即断したのは、自分がそもそもそのために造られたからだとか、見ず知らずの人類を救いたいから、などというものではない。それは確かであった。もっともっと俗物的な、知っている人を救いたいという、ひどく〝人間〟味の溢れる理由からであった。だが、本当にそれが自分の中に芽生えた本音なのかは、錬にも断言出来ない。自分を造った人間たちが、〝(セーブ)〟を確実に更新するように、暗示めいたものを掛けたということも考えられなくないのだから。

 自分は自己の意思で考え、行動しているように見えて、実はそうではなく、一般に神や創造主と呼ばれる上位存在の思うがままに掌で転がされている……。自覚なき演者。そんな、子どもの頃に抱いた妄想を、錬は、今になって、やけに生々しく感じていた。何故なら、自分を造ったという造物主は確かに実在することを知ったのだから。もっとも、それは神ではなく、人間らしかったが。

 錬の気持ちを知ってか知らずか、ハルは彼を称えつづける。

「今朝その瞬間が来るまでも、レンに惹かれてはいました。でも今思えばそれは、同族であるレンに、そうとは知らぬまま、無意識的に惹かれていたということなんでしょうね。異性として好きだったのかと聞かれれば、或いはそうではなかったのかもしれません」

「ふうん。僕はもっと前からハルのこと好きだったよ。今でも好きだ」

「!?」

 情緒も何もあったものではない。純粋に、ただ心の内を吐露しただけ。恐ろしく字引き的な意味での〝告白〟であった。

 ハルの目が点になったのも無理はない。

「そ、そんなあっさり……。ひどいですよ。ワタシ、どうせすぐ眠ってしまうのに。あなたより早く眠ってしまうのに。だから、ワタシから先に告白して、しっぱなしにして逃げてやろうと思っていたのに」

「お前だってひどいじゃないか、それ」自分からするつもりだった告白を不意打ちされ、しかもその言葉とシチュエーションがあまりにも味気ないものだったことに、ハルは不満げな顔をする。――もっとも、彼女が今もっと冷静を保てていたのならば、錬の唇が僅かに震えていたことにも気付けたのだろうが。「ゴメン、どうしても僕から言いたかったんだよ。それで、返事は……? 一応、『付き合って欲しい』っていうつもりで言ったんだけど」

「あー、そうでしたね。ちゃんとお答えしないと。では……、お断りします」

「な、そこで振るのかよ!?」

 落胆一割、驚愕九割。錬は、複雑と言うより、もはや単純極まる素っ頓狂な声を上げた。

「だって、もう意味がないじゃないですか。レンが目を覚ますのは、ワタシの寿命が尽きてるかどうかってぐらい先の話なんですよ」

「そうか……。よし、じゃあデートしよう」

「は、はい? あの、ワタシの答えはちゃんと聞こえていました?」

「もちろん聞いたけどさ、デートもしてくれないのか? じゃあ、このまま帰ろうか」

「あ、え? あの、ちょっと……っ!」

 意地悪い言い方で踵を返し掛ける錬を、ハルは慌てて引き止めようとする。かと言って、あまり大っぴらな引き止め方をするのもだらしなく思われ、要点を言えず喰い下がろうとするのみである。そんな彼女に、錬自ら助け舟を差し出す。

「一九〇〇円ぐらいだっけか」

「はい?」

「今までハルに貸したまま返ってきてないお金の合計だよ。デート一回してくれたら、全部チャラにしても十分お釣りが出るんだけどなあ」

 殊更に白々しい作為的なわざとらしさで取ってつけたような芝居を見せる錬。あからさまなお膳立てとは分かっていながらも、今しかないとばかりにハルは乗っかる。

「し、仕方ありませんね。ワタシが先に眠ってしまったら、返せるものも返せなくなりますから。今回はそれで手を打ちましょう。行き先は、ワタシが決めても……?」

「おう。ハルが、〝自分〟の行きたいところを言えばいい。どこか当てがあるのか?」

「はい!」

 やたらと嬉しそうなハルの顔は、好きな男の子から初デートに誘われた少女が綻ばせた笑顔そのものであった。

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