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花咲くハルに逢う  作者: 直弥
第四話「最初の一日」
16/23

その1

 魔人戦争。

 かつてそう呼ばれた戦いがあった。ある年を境に現れ始めた、異能力を持った人間たち、霊渉者。彼らの中には、その力に溺れて『我々こそが神に選ばれし者たち』であると、今日日中学生でもしないような妄想で暴走した者たちがいた。『魔人』と呼称された彼らを滅ぼすべく、常人たちは、後に霊魔と呼ばれることとなる生物兵器『降魔』を生み出した。後期の降魔には、個体ごとに様々な特殊機能が付与された。これが後に〝自爆(キャンサー)〟や〝(ハニー)〟と名付けられ、霊撃と総称されるものである。

 ここまでは、洋祐がつい十数時間前に、自分の孫である悠真とその親友である錬に話した通りの内容に多少付け加えをしただけのものに過ぎない。しかし、この話には実は続きがあった。

大した理性のない降魔では、元が人間である魔人を効率よく倒すということが困難だったのだ。そこで生み出されたのが、姿形はもとより、頭脳も人間と同等のものを持った、人型降魔『リトルシスター』である。

 それから時は流れ、現在のナルナと大和でそれぞれ一体ずつ、リトルシスターの個体が発見された。一緒に見つかったのは歴史書――などではなく、その取扱説明書であった。

 数多く造られたリトルシスターであるが、彼女たちには共通する機能が備え付けられた。身体の中に降魔を仕舞い込む、〝(リード)〟と呼ばれる機能を。

「つまり、それがリトルシスターの、いわば霊撃というわけか?」

「そうです。基本的にリトルシスターは潜入又は諜報用として造られました。女性型ばかりであったのは、まあ……その方が都合がいいからです。色々と」

 時刻は間もなく午前三時。武猪洋祐と星名錬の二人は、テーブル一つの狭い部屋で向かい合って座り、問答をしていた。訊ねているのは洋祐。彼の質問に答え、更に新しい情報を与えているのは錬。今や立場は逆転していた。

「リトルシスターはとにかく人間により近くなるように造られました。姿形だけ人間の霊魔を作っても、結局すぐにバレてしまいますから。ナイフやフォークに触れない、扉や壁をすり抜ける人間などいませんからね。実質、〝人型降魔〟なんて言うのは嘘っぱちですよ。リトルシスターは人間でも降魔でもない、まったく新たな生物です」

 冗談めかして肩を竦めながら説明する錬だったが、洋祐はあくまで冷静且つ真面目一辺倒な態度で新たな質問を投げかける。質問というよりは確認のようなものであったが。

「霊魔が一切見えなかったはずの君がハルを見たり触ったり出来たのもそれが理由か。だが、すべてのリトルシスターに同様の機能が付けられたというのがよく分からんな。もっと多彩なタイプを造っても良かったんじゃないのか?」

「より人間に近づけるため、リトルシスター自身の戦闘力は皆無と言っていいほどに削られました。代わりにリトルシスターに付与された機能、つまり霊撃が〝(リード)〟というわけです。体内に他の霊魔を一匹だけ内包し、それを自在に操る能力。これを使って、二タイプのリトルシスターが造られました。一つは〝伝〟の霊撃を持つ霊魔を体内に飼わせた諜報員タイプ。もう一つは〝自爆(キャンサー)〟の霊撃を持つ霊魔を体内に飼わせた特別攻撃タイプ」

「最初に人間として魔人に近付き、油断させてアジトに案内させて、そこで体内に飼っている霊魔を〝自爆〟させ、自分諸共魔人たちを打尽に殺す……」

「そうです」

「諜報用の場合にもリトルシスター本体ではなく、あくまで内側の霊魔の方に〝伝〟の霊撃を付加したのは……万一の時は本体が捨て駒になって情報だけでも霊魔に運ばせるためか」

「その通りです」

「想像以上に凄まじい時代だったのだな、魔人戦争当時というのは。倫理もへったくれもないではないか」

「倫理観が現在よりも著しく欠如していたからこそ、科学は現在より遥かに進んでいたのかもしれません。最初のリトルシスターを造った〝ライフ・メイカー〟こと、セガラン博士は、当時としてもかなりの変わり者だったみたいですけど。何せ、いい歳になってからも神や創造主を自称していたそうですから」

 すべてのリトルシスターにとっては父、造物主に間違いない存在セガラン。その名は発見されたリトルシスターの取扱説明書にも繰り返し登場していた。故に洋祐も名前だけは知っていたが、その実態についてはまったくもって不明な人物であった。もっとも、強いて知りたいとも思えなかったのだが。今の彼の関心は、セガランよりも、彼が創り出したものにあった。

「そろそろ話してくれないか。どういった経緯で君が造られたのか。例の取扱説明書には『制御不能となった降魔たちを封じ込めるために造られた』とあったが、どうしてそれが君でなくてはならなかったのか。何故に男型のリトルシスターが生まれたのか」

 洋祐の問いに、錬はしばし思案する様子を見せる。言おうか言うまいか迷っているのではなく、どう説明すればいいのか、言葉を組み立てていたのである。やがてゆっくりと口を開き、語り始めた。

「さっきも言ったように、リトルシスターは女性型であることが基本であり、前提でもありました。ですが、ちょっとしたミスが原因で男のリトルシスターが生まれてしまった。彼はとりあえず胎児のまま冷凍され、誰も使い道を思い付かないまま年月は流れ、とうとう魔人戦争も終結してしまいました。そして世界の様相は、常人と魔人(イビルワンズ)の戦いから、人間と霊魔の戦いへと移り変わる。そこで誰かが思い付きのように放った一言が発端で、男のリトルシスターは陽の目を見ることになります。『あの男型リトルシスターの中に降魔(霊魔)を閉じ込められませんかね?』という一言で。失敗作とは言え、元はリトルシスターとして生み出されたわけですから、男の子にも〝(リード)〟の力があった。当時の技術者たちはこの〝(リード)〟の〝体内に霊魔を内包する〟という点に注目して、その部分だけを限界まで強化させて新たな霊撃〝(セーブ)〟へと改造した。こうして〝(セーブ)〟の霊撃を持たされた男のリトルシスターの体内にすべての霊魔を封じ込めた」

「その男型リトルシスターというのが……錬君、君なのか」

「はい」

「しかし、〝(セーブ)〟はあえて不完全に造られ、小さな〝穴〟から僅かずつだけ霊魔が外に出てきてしまうという仕様になりました。そうしないと僕がパンクしてしまうからです。僕自身を強化しているような時間はなかったんです。結果、それまで地上に溢れかえっていた兵器『降魔』は、時折現れる怪物『霊魔』となった。〝(セーブ)〟によって霊魔を封じた当時の僕は、まだ胎児から赤ん坊になった直後でした。いずれ〝(セーブ)〟の効果が切れた時、自主的に更新できるように、知識としての記憶を脳の奥底に刻まれました。更新準備が完全に整った時、初めて反映される記憶を」

「効果が切れ始める……それが丁度、第三室で君が発見された時期にあたるわけだな。なるほど確かに、あの頃からやけに霊魔の出現数が増えていた」

 洋祐の述べる通り。数字の上でも、十八年前のある時期を境にして、霊魔の出現数は倍という言葉でもまだ足りないほどに増加していた。そこに何の原因もないと考えるのは、元々無理な話だったのだ。何らかの事象が起きたからこそ、霊魔の出現数が増えた――と言われた方がよほど納得が行くだろう。

「諜報員として造られたリトルシスターは常に〝伝〟を用いて本体と連絡を取り合う必要がありましたから、中に入れる霊魔も小型化し、戦闘力もなくすことでエネルギー消費を最小限に抑えていました。しかし、人間より遥かに巨大な霊魔を操る〝(リード)〟の使用には膨大なエネルギーを必要とします。しかも最初っから自爆・戦闘用として造られる霊魔ですから、ただ巨大なだけでなく、その火力も凄まじいものでした。だから、破壊活動用に作られたリトルシスターが一度〝(リード)〟を使うと、いわば冬眠を必要とします。冬眠している間は歳も一切とらず、死んだような状態になる。ただ、非自爆対戦闘用に作られた後期のリトルシスターは本格的な冬眠に入る前に、一時的に目を覚まします。これは戦闘結果報告のための仕様です。ハルもあと三、四時間もすれば目を覚ますと思います。その後十時間ほど活動して、今度は……十年ほど眠ることになります」

 そこまで言い終えた時、錬の目尻に、色素を漉し取られた血が零れた。彼は欠伸をする真似事でそれを誤魔化そうとする。まったくもって無駄な努力ではあったが。

 錬の心情を察した洋祐は敢えて触れず、何事もなかったように新たな質問を紡いだ。

「しかし、君の体内に霊魔を封じているというのならば、霊魔が世界中どこにでも現れるのはどういうわけだ?」

 錬の体内に封じられているというのなら、そこから出てくるはずの霊魔は彼のすぐ近くに現れるのが当然ではないのか。洋祐がそのようにイメージするのも無理からぬことではあった。

「えーっと、体内に霊魔を封じると言っても、言葉そのまま身体に仕舞い込むわけではないってことは分かりますよね? 〝(セーブ)〟というのは、体内に一種の異界を創り出して、そこに霊魔を封じる機能なんです。先ほど言った〝穴〟から霊魔が漏れ出る時も、次元を二つ三つ飛び越えて現世に現れるわけですから、その時、こっちでの座標がばらばらになってしまうのは道理なんです。異界で言うところのα地点は、現世でのA地点にもB地点にも、或いはZ地点にもなり得るということです。〝(セーブ)〟の元となった〝(リード)〟も、人工的な異界をリトルシスターの体内に創り出す霊撃ですが、あちらは鎖で霊魔とリトルシスターとを繋いでいますから」

「使い手たるリトルシスターのすぐそばに必ず現れるということか。それにしても、どうして君には『霊魔』や『霊渉』が干渉出来なかったんだ?」

「リトルシスターは人型降魔であり、しかし人間でも降魔でもない別種の生物。だから本来は他の動植物様に、降魔こと霊魔には干渉出来ないんです。ですが、それだとリトルシスター本来の目的も果たせませんから、後天的に、霊魔に干渉出来るようになる手術が施されているんです。ハルのような普通のリトルシスターは、いざという時いつでも戦闘出来るように、常時霊魔に干渉可能である必要がありますが――僕は〝(セーブ)〟の初発動と更新時以外にはその必要がないでしょう? それに、大量生産されたリトルシスターと違って、代えの効かない僕が死ぬわけにはいかない。だから、必要時以外は霊魔に干渉出来ない、霊魔が干渉出来ないようになっているんですよ」

 幾ら姿形を似せていても、根本的に人間ではなく、如何に能力を似せられていても、実質的には降魔ですらないリトルシスター。なればこの生物が、犬か畜生よろしく、霊魔に触れられないのも道理である。人の手で造られ、人の手を加えられることで、人の都合に合わせて、人間のように振舞っているに過ぎないのだから。

 そうしてこの悲しき生物は、どこまでも自らの存在意義を果たそうとしていた。

「逆に言えば。僕が霊魔を視ることが出来るようになったということは、〝(セーブ)〟の更新準備が九割方整ったということです。最近、第三室や第四室――僕の近くでやたらと霊魔の出現数が増えていたのも、〝(セーブ)〟の更新時期が近いことを知らせるサインだったんです。僕の中の異界と現世との距離は極限まで縮まってきている」

「ふう、む。例の取扱説明書にもそこまでは書かれていなかったが、やはり関係のある事柄だったのか。確かに。ほんの数日の間に、同一室内で霊魔が三体以上も出現するというのは、過去百年でも前例の無かったことだからな。うむ。君に関することの大凡は理解し把握した。最後に、これは確認しておかなくては。君が〝(セーブ)〟を絶賛発動中は、また眠り続けてしまうのか?」

 星名錬こと『リトルシスターC‐01』の取扱説明書に書かれていた一節――現代の言葉に訳すれば、『〝(セーブ)〟更新後は厳重な保管を要す。老朽化はせぬが、外傷によって死亡する可能性はあり』という部分を思い出した洋祐の質問であった。

 錬は答える。

「はい。〝止〟が正常に発動している間、僕は眠り続けます。出来る限り効果を長引かせるために。もっとも、さっきも言ったように既に降魔もとい霊魔の個体数は相当に減っていますからね。実際に次、僕が目を覚ますのは、封印すべきすべての霊魔が消滅して、リトルシスターとしての役目を終えた時だと思います。前のように何千年も眠ることはありませんよ」

「では、どれぐらい先のことになると?」

「百年後ぐらいじゃないでしょうか」

「く……」

 洋祐は椅子に背をもたれ、大きく溜息を吐いた。

(生きて動いたまま、体内に幾千幾万もの霊魔を封じることなど出来るはずない。そんなことは分かっていたが。まったく、悠真に何と言えばいいのだ。儂が殺されかねんぞ。いや、それもまた、死にぞこないには相応しい〝逝き様〟かもしれんな)

 満更冗談にもならない想像に、洋祐は自嘲した。

「あ、そうそう。僕のこと、ハルには話していいですけれど、悠真と静香には秘密にしておいて下さいね。もし〝(セーブ)〟のことを知られたりすれば、いざという時に邪魔されかねない。まあ、つまり、いざという時が過ぎれば話してくれて構わないです。その時には、僕はもう夢の中ですから」

「いざという時、か。更新する気なのか?」

「しますよ。でないと、霊魔が全部いっぺんに現世に出てくることになる。とは言っても、最初に〝(セーブ)〟で霊魔を封じた当時と比べれば、霊魔の数なんてコンマ一パーセント以下に減っていますから、人類が滅びるまでの危機が訪れることはないでしょうけど。それでも最低一億は死ぬ。本当なら今すぐ更新したいぐらいです」

「? 何だか、今すぐには更新出来ないとでも言いたげな口ぶりだな。あ、いや……今すぐしてくれって言うつもりは毛頭ないのだが」

 して欲しいとは思っている癖に方便で取り繕う洋祐は錬の目にも滑稽に映ったが、ついさっき涙を見逃してもらったお返しにと黙過して答える。

「実際出来ないんですよ。一度、霊魔が全部、僕の中から出払わないことには」

「少々待ってくれ。ということは何か? 一度は確実に、総ての霊魔がこの地上に出てきてしまうということか?」

 地獄絵図の想像に洋祐は背筋を震わせた。一国内で霊魔が二体同時に出現するだけでも充分過ぎるほどの災害(先日の海桜学園での一件は不運などではなく、万に一つの幸運であったのだ。もっとも実際には、錬とハルに付けられていた監視が功を奏したのだが)。世界中に総ての霊魔が現れるとなれば、どれほどの災禍となるのか。

「さっきも言いましたけど、霊魔の数は既に相当減っていますよ。事が起きてすぐに更新すれば、それほどの被害は出ないはず。それでも人は幾らか死にますけれど。どう足掻いても絶対に。まあ……なんなら、今すぐ世界中の人々を各々のシェルターに避難させますか? 僕の更新準備が完了するまで。つまり、霊魔が全部外に出てくるまで。それなら被害者も減らせるでしょうし」   

「まさか。出来るわけがないだろう、そんなこと」

「そりゃそうですよね。当然だ」

「ふう……む? もうこんな時間か。部屋と布団ぐらいは用意するから、今日は取り敢えず泊まっていきなさい。どうせ君の家周辺は事後処理で今立ち入り禁止だ」

「じゃあお言葉に甘え……って、立ち入り禁止? じゃあ、避難した人たちは今頃どうしてるんですか?」

「シェルターだよ。とりあえず明日の、というか今日の午後までは我慢してもらわなければ」

「ええっとですね、僕のアパートの隣りにある一軒家、名字は確か広瀬川。そこの兄妹が無事かどうか調べて欲しいんですけど」

「わかった、調べておこう。朝には伝えられるかと思う」

「よろしくお願いします」

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