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花咲くハルに逢う  作者: 直弥
第三章「最後の一日」
13/23

その1

「――さい。レン、――て下さい。レン、起きて下さい」

「……ん?」

 床に敷かれた布団の上。制服姿のハルに身体を揺さぶられて目を覚ました錬は、目を擦りつつ現状を把握しようと努めた。昨日の出来事が彼の頭にまざまざと蘇る。

「あー、そうか。昨日、君をウチに泊めたんだっけ。で、今は何……時?」

 時計に目をやった彼は身も心も固まった。部屋の片隅に置かれたデジタル時計の示す時刻は既に正午を回っていた。もっと言えば、十三時に差し掛かりかけていた。

「え? 何これ? 僕、目覚ましで起きられなかったことないんだけど」

 それほどに熟睡してしまったのかと錬が考えた矢先、ふと彼は一つの疑問にぶつかった。

「ハルはいつから起きてたんだ?」

「その時計が正確ならば、午前六時十五分ちょうどですね」

「ふーん……って、六時間も一人で何やってんだ? どっか出掛けてたのか?」

 そうでもなければ、今の今まで自分を起こすこともなくこの部屋で過ごしていたことになるのだから、錬の疑問は当然と言えよう。さっきまでテレビを視ていたというのであれば、流石にその音で錬も起きていたはずである。だがハルは予想外の返答をする。

「いいえ。ワタシはずっとこの部屋にいましたよ。何をして過ごしていたかと聞かれれば、それはまあ色々と。腹筋、背筋、腕立て伏せしてみたり。一時間くらいレンの寝顔を眺めてみたり。にしても。寝惚すけですね、レンは」

「ちぇっ。次は僕が君を起こして同じこと言ってやるさ」 

 満更冗談とも言えない舌打ちをする錬に、ハルは装う手間もない平静な態度できり返す。

「それは楽しみです。ところで、レンが起きる前に、学校から使いの人間が来ましたよ。教室に置きっ放しであった着替えや財布、その他諸々を届けに来てくれました。洋祐さんから話を窺っていたようで、私の分までここに届けてくれました」

「ああ、それで制服に着替えてるのか。で、何で今頃になって僕を起こす気になったのさ」

「お腹が空いたもので」


 家を出た二人はまずカンフー・バーガーで昼食を済ませ、今は、悠真が入院する病院に向かう途中の電車の中にいた。他に着替えのないハルは制服を着たままである。

「本当に重ね重ねスミマセン……これで累計二千円近くお借りしていることに」

「幾ら財布を持って来ていても中身が空じゃ仕方ないぞ。いや、そんなことより。借りている側だからって、公衆の面前でやたらとお金の話をするなよ。みっともない」

「分かりました。では今後一切この話はしません」

「それはそれで困ると言えば困るんだが……」

 何せ必要最低限の生活費しか受け取っていない錬。今年の六月まで勤めていたバイト先が潰れ、今まさに彼は極貧状態。週に一度のカンフー・バーガーでの昼食ですら、彼にとっては贅沢な域にあった。年に一度の第四室参りも含めて、この数日間での出費は彼の財布に大打撃を与えていた。ロールプレイングのテレビゲームや対戦格闘ゲーム風に言うならば、『プレイヤーキャラクター財布』のライフバーは赤くなっているところである。いや、別に赤とは限らないが。

(次の仕送りまで生きられるかな)

 一層寒々しくなった財布を眺めながら、青息吐息の錬であった。


「さてと、ここだな」

 受付を済ませ、悠真のいる病室の前に立った錬とハル。まずは扉をコンコンと叩き、錬が声を掛ける。

「錬だけど、入っていいか?」

「はーい、どうぞぉ」

 中から聞こえてきた元気な声は悠真ではなく静香のものであった。とりあえず確認を取った錬たちは、静かに扉を開けて中に入る。

「よう、錬、ハル。おはようさん」

「おはよう、って言いたいところだけどもう二時だよ。……起きていても大丈夫なのか?」

「おう。今すぐにでも走り回れるくらい元気だ。なのに、大事を取って今日一日は必要以上にベッドから動くなだとさ」

「そっか」

 元気そうな友人の様子に、錬はほっと胸を撫で下ろした。二人のやり取りを見終えたハルが何とはなしに静香に目を向けると、彼女の異変に気が付いた。

「静香、もしかして寝ていないのではないですか?」

「え、え? どうして?」

 あからさまに慌てふためいた様子の静香に、錬と悠真も疑惑の眼差しを向ける。

「目の下に、大きなクマが出来ていますよ」

「出来てない! 出来てないよ、そん……なの……」

 否定の言葉を叫びながら、とろんとした眼になった静香はそのまま眠りに落ちていった。

「しまったなあ。俺が早く気付くべきだった」

「それだけお前のことを心配してたってことだな。だけど、どうしようか。あんまり大きな声出すと起きちゃうよな。来たばっかりだけど、僕らはもう帰ろうか」

 言って、錬が踵を返した瞬間、ノックもなしに、新たな人物が病室に入って来た。

「あ、祖父さん」

「悠真、思ったより元気そうじゃないか。ん? なんだ、静香ちゃんは眠っているのか」

「こんにちは洋祐さん。えーっと、僕たちはお邪魔ならこれで……」

「あー、待て待て」ハルを連れて外に出ようとする錬に声を掛ける洋祐。「君たちがここにいるから儂も来たんだ。皆に話があるのでな。もう少しここにいてくれ」

「? 分かりました」

「――了、解です」

 心当たりのない錬であったが、ちょうどいい機会だから、昨日の『自分が〝(エリア)〟をすり抜けたこと』ことについて話してみようと、大人しくその場に残った。対して、ハルは事情を把握しているようで、歯切れ悪く返事をした。 

「さてと。話を始める前に、静香ちゃんをどうにかしなければ」言って、洋祐は病室の扉を引き、すぐ近くにいた看護師を呼び付ける。「すまんが、君、この子をどこか他の部屋で休ませておいてくれんかね?」

「はい。かしこまりました」

 若い看護師に眠ったままの静香を預けた洋祐が、病室の鍵を閉める。

「出来れば静香ちゃんにも一緒に話したかったのだが、まあ仕方がない。ではこれから話を始めるが……これは口外厳禁の極秘事項だ。だが君たちは知る権利のあることだ。特に錬君は。そのところをよく肝に銘じておいてくれ」

「分かりました」

「分かったよ祖父さん。どうやら、かなりマジな話みたいだな」

「…………」

 真剣な顔の洋祐にただならぬ気配を感じ取り、自然と、錬と悠真も、いつになく引き締まった気持ちになる。ハルはまだ陰鬱な表情を浮かべていた。

「話さねばならぬことは山のようにある。どれから手を付ければよいか分からぬほどに。とりあえずは時間軸に沿って話をしようか。まず、『霊魔』の正体についてだ」

「は?」「え?」「……」

 予想を遥かに超えた出だしに、錬と悠真は思わず間抜けな声を出した。

「ちょっと待てよ! レマってあの『霊魔』だよな!? 霊魔の正体が分かったってのか!?」

「落ち着け、と言っても無理な話か。正確には〝分かった〟のではない。霊魔の正体など、とうの昔から分かっていた」

「はあ? それはどういう……」

「まあ最後まで聞け。今から何十年も前、まだ儂が今のお前と変わらぬ歳で、支援兵としてナルナに滞在していた頃の話だ。ナルナで一つの遺跡が見つかった。今からざっと一万年以上は前のものだった。だがしかし、文明のレベルは現在のナルナや大和を遥かに凌いでいた。なにせ、一万年以上も前から動き続けていた時計が見つかったほどだ」

「すげー! 超先史文明ってやつじゃないか!」

「確かに凄い。でも、おかしいですよね。そんな物が見つかれば、世界中の話題をさらっているはずなのに。何十年も経った今ですら、僕を含めて、普通の人はそんな遺跡の存在すら知らないなんて」

「誰も知らないのは当然だ。軍によって遺跡の存在は隠されているからな」

「どうしてそんなことを?」

 ここまでの話を聞けば誰しもが感じて然るべき、最もな疑問が錬の口を突く。

「知られては不味いからさ。件の遺跡から見つかった、目玉とも言える遺物の存在をな。その一つが、歴史書だ」

「歴史書?」「歴史書?」

 錬と悠真はともに顔を見合わせた。一方、ハルはというと顔を俯かせたままであった。洋祐は話を続ける。

「今からその歴史書に書かれていた内容を話す。……霊渉者。人外の能力を持つこのミュータントが一体どれほど昔から存在していたのか定かではないが、少なくとも霊魔が生まれる以前から存在していたのは確実だ。何故なら霊魔は、霊渉者を殺すために造られたからだ。人間の手によってな」

「なっ……!!」

 錬が声を出す前に大声を上げたのは悠真であった。収まりを見せない眼球がふるふると泳いでいる。落ち着かない両手は拳をつくり、わなわなと震えている。

「何故わざわざ生物を兵器としたのかと言えば、それも時代による価値観の違いと言うのか。当時は生物兵器こそが兵器然としたものだったのだろう。とにかく、今では考えられない技術によって、霊渉者を滅ぼすための生物が作り出された。それが霊魔だ。当時は『降魔(ゴウマ)』と呼ばれていたみたいだがな」

「待ってくれよ。そもそもなんで霊渉者を滅ぼすなんて物騒な兵器を造ったんだ、昔の人は」

「その昔、霊渉者は『魔人』と呼ばれていた。彼らは生まれ持ったその異能力を持って常人たちに宣戦を布告した。選ばれし者たる自分たちが世を統治すべきだとな。常人たちは当然、彼らに対抗すべく、軍を組織し、彼らに反撃することを決定した。ただ、その為に町や建造物までも破壊してしまうわけにはいかない。そこで、霊渉者を含む人類だけに干渉出来る、未曾有の兵器『降魔』――後の霊魔を造り出したというわけだ。霊渉者と常人を区別出来るレベルにまではもっていけなかったようだがな」

「マジかよ。で、どうしてそれを隠すんだ。軍人の俺ですら、そんなこと露も知らなかったぞ」

「はっきり言って今の軍は――大和に限らず――少なくとも一般人の目から見ればかなり傲慢に好き勝手をやっている。それでも民間からの口出しが黙殺出来る範疇に収まっているのは『霊渉者』を英雄として祀り上げられているからだ。もし霊渉者がかつて魔人と恐れられるに足る所業をし尽くして、しかもそれが霊魔を誕生させた。つまり、『霊魔という存在そのものが霊渉者のせいで生み出された』などということが世間に知られれば。どうなるかは容易に想像出来るだろう?」

「ちっ。そんなことも知らされずに、俺は――俺たちは今まで戦わされてたのかよ」

 どうしようもない怒りが沸々と沸き上がり、悠真は舌打ちを混じえながら溢した。

「しかし、そもそもその歴史書に書かれていることをそのまま鵜呑みにしてもいいんですか?」

「ん? ああ! そ、そうだ! 嘘の歴史が書かれたモンなんて腐るほどあるはずだろ? そもそもそれって本当に歴史書か? 太古のトンデモ本とかじゃないのか!?」

 錬の差し出した藁に縋って、悠真が叫ぶ。だが洋祐は孫を冷徹に突き放す。

「十八年前、大和でもほぼ同じ年代の遺跡が発見されたが、そこでも同じような内容の書物が発見された。他にも証拠が幾つか。残念だがすべて事実だ。疑う余地の方が少ない」

「あっ、そう」

 とうとう諦めた悠真は目を覆い、嘆息した。今までの戦いが嘘っぱちのように感じられて失望する彼を軽々しく慰めることは、たとえ親友である錬であっても躊躇われた。今はただそっとしておいた方が正解だと、錬は、開きかけた口をつぐんだ。

「永遠に続くかと思われた魔人と降魔との戦いも、降魔を生み出した常人の勝利によって終わった。しかし、戦いの内に制御を失った降魔は暴走を始めたのだ。常人との戦いに敗れた魔人たちは敗北者として責任を負い、暴走した降魔を滅ぼすという責務を背負うことになる。そして今に至るというわけだ。肝心な過程はやがて史実から抹消されていったようだな。理由は今の軍と同じだろう。さてと。ここでようやく本題に入ろう。さっき言った、十八年前に大和で発見された遺跡についてだ。やはりこいつも世間には存在が隠されているのだが、その所在地は第三室の地下深くだ」

「第三室……ん?」

 錬の頭の中で二つのキーワードと一つの言葉が繋がりを見せる。『十八年前』、『第三室』、『君たちは知る権利のあることだ。特に錬君は』。

まさかと思いながらも一定の確信を抱きつつ、錬は敢えて黙ったまま、洋祐の話に耳を傾け続ける。

「十八年と少し前、第三室でさっき言った遺跡が発見された。軍は直ちに発見者の口を金によって封じ、極秘裏に調査を開始するために人払いをした。『不発弾処理』と偽ってな」

「最後まで黙って聞いておくつもりでしたが、そう言うわけにもいかなくなったのでお聞きします。それってやっぱり」

「ああ、君が発見されたあの町だ」

「あ!?」

 絶望の淵ならぬ失望の内にいた悠真でさえ思わず声を上げる。

「……調査中、遺跡から、ある大型の霊魔が眠った状態で発見された。軍はそれを生け捕りにしようとして『捕霊(キャプチャ―)』の霊渉者を連れて行った。しかし作戦は失敗した。途中で霊魔が目覚め、持っていた霊撃を発動させたのだ。〝自爆(キャンサー)〟の霊撃をな。その結果、調査中の軍関係者は全員死亡。しかしそれだけでは済まなかった。その霊魔の〝自爆(キャンサー)〟の有効範囲は、軍の計算よりも遥かに広大で、避難場所が近過ぎた町民たちまでが、残らず死亡した」

 それが十八年前、第三室で起きた〝不発弾事故〟の真相だ、と、洋祐は続けた。

「だけど、おかしくないですか? 霊撃で干渉出来るのは人間と霊魔だけのはず。〝自爆(キャンサー)〟では、人を殺せても物は壊せない。なのに、町は確かに破壊されている。……まさか」

「君の恐るべき想像通りだ。軍は遺跡と調査の秘密を守るため、〝不発弾処理〟という偽りを本当にしようと、事件後の町を破壊したのだ」

「なんてことを……」

「俺はそんなふざけた軍にいたのかよ」

「話を少し戻す。〝自爆(キャンサー)〟によって調査隊の第一団は全滅したが、その後も新しい調査隊を送って調査は進められた。そこで発見されたのが、さっき言った〝ナルナで発見されたもの〟とほぼ同内容の歴史書というわけだ」

「ふんっ。どうでもいいよ、そんなもん」

「儂が大和に来たのは一連の事件から半年後のことだ。だから、直接それらの件に関わったわけではない。故に、伝聞による部分が多いが、すべて事実だ。釈明のしようもない。怒る思いも拗ねたい気持ちも分かるが、とにかく最後まで聞け。この先は、錬君にかかわることだ」

 自分に関わることだと聞き、錬は目の色を変える。親友にかかわることだと聞き、悠真の目の色も変わる。後者に関しては、人殺し寸前の、炯炯とした目になっている。

「実はな、赤ん坊の錬君が発見されたのは〝自爆〟した霊魔が眠っていた場所のすぐ近くなんだ。だがしかし、錬君は傷一つ付いていなかった。そして昨日、錬君には〝(エリア)〟も通用しなかった。どういうことか分かるか? 錬君には霊撃が通用しないということだ。いや、恐らくは霊魔自体、君に触れることも視ることも出来ないのだろう。無論、錬君から霊魔に触れることも出来ないはずだ」

「特殊な霊渉ってところですか?」

「干渉出来ないのに霊〝渉〟というのもおかしな話だが。まあ概ねそんなところだろう。昨日の一件まで確信が持てず黙っていたことを今詫びよう。すまなかった」

「……」「……」「……」

「話は終わりだ。儂はこれでお暇するとしよう。じゃあな」

 言って、洋祐は病室を出て行く。その背中を見つめていた錬が、突然手を打つ。

「あ。ハル、ちょっとここで待っててくれるか。僕が戻ってくるまで」

「……え。ああ、はい。分かりました」

「ありがとう。悠真、頼んだ。すぐ戻ってくるから」

「おう、了解」

 ハルと悠真を残し、一人病室を出た錬は廊下をキョロキョロと見渡し、洋祐の姿を見つけ、彼の後を追う。そして声を掛ける。

「洋祐さん!」

 その声に反応し、振り返った洋祐が言う。

「やはり君が最初に気付いたか、錬君」

 と。

「はい。何故、ハルにもあの話をしたんですか? いや。もしかして彼女は最初から知っていたんですか、先程の話をすべて。彼女は何者なんですか?」

「一遍に聞かれても困る。可能な部分だけ答えよう。まず、ハルはさっきの話をすべて知っていたわけではない。特に、君に関することはさっき初めて知ったはずだ。しかしまあ、機密情報の肝は知っていたわけだ。彼女の正体についてだが……これはまだ君にも言えない。納得はいかんだろうが――」

「いえ、構いませんよ。何だかハルも、あんまり知って欲しくないみたいでしたし」

「そうか。助かる。助かるついでに、とても勝手な頼みごとをしてもいいかね?」

「それは内容に依りますね。僕だってさっきの話を聞いて、怒っていないわけではないのですから」

 錬の怒りも当然と言えた。故郷の町が、単なる隠匿によって破壊されたとあっては。怒らない方がおかしい。そんなものがいれば聖人の域である。だがしかし、今更どうしようもないことをやんやと言い続けるほどに彼は子どもじゃなかった。

「今後もしばらくハルを預かってくれんか」

「構いませんよ」

 迷いのない即答であった。流石にその反応は予想していなかったのか、頼んだ側の洋祐が戸惑いを見せる。

「い、いいのか? そんな簡単に決めて。彼女の正体も知らないと言うのに」

「たとえハルが何者でもハルに変わりはないでしょう」

(……君も惚れたか。入れ込みすぎなければいいのだが)

 錬の心中を見抜いて洋祐は複雑な気持ちになる。

「まあ、預かってくれるといいのなら何でもいい。頼んだぞ、錬君」

「任せて下さい。じゃあ、僕は病室に戻ります。失礼しました」

 最後に頭を下げ、病室へと戻る錬の背中を眺める洋祐は自嘲的な笑みを浮かべていた。

「結局、すべては話せなんだな。まあ、追々に話していった方が負担も軽いか。そんな時間などもうないというのに。とんでもなく値崩れした同情心だな。買い手などつきそうもない」

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