その4
海桜学園高等部三年一、二組の生徒たち(と杉山)は、運転手兼付添いの軍人とともに、学園最寄りの大学病院に運ばれていった。彼らが順番に軽い検査を受けていた頃、学園からは遠く離れた、第三室唯一の軍病院では。先に自分たちの検査を終え、異常なしと診断された錬、静香、ハル、洋祐の四人がベンチに座り、悠真の精密検査が終わるのを待っていた。彼らの元へ、担当の女医がやって来る。真っ先に立ち上がったのは静香であった。
「あ、あのあの! ゆ、悠は?」
「ご安心下さい。命には別状ありませんでしたよ。明日には目を覚ますでしょう。その後も、三日ほどは入院していただくことになりますけどね。その間、彼の世話は私にお任せ下さい」
眼鏡の奥に優しげな眼を覗かせて宣言する女医に、静香は不満そうな顔になる。そして、
「わ、私も入院する!」
と叫んだ。
「何を言い出すんだお前は!」「静香、検査は異常なかったでしょう?」
あまりにも頓狂なことを言い放った静香に、錬とハルは間髪入れずに突っ込んだ。
「まあ待て、二人とも。静香ちゃん、君の気持ちは分かった。流石に、健康な君を入院させるわけにはいかんが、とりあえず、付き添いと言う形で今日一日だけ錬の個室に泊まっていってくれるか? 簡易ベッドでよければ」
「はい! 泊まっていきます!」
迷う素振りすら見せない即決であった。流石に慌てた錬が止めに入る。
「ちょっと待って下さいよ! 幾らなんでもそれは」
「心配しなくても病室には監視カメラが備え付けてある。間違いは起こらんよ」
「そういうことではなくて。いや、そういうことでもあるんですけど!」
「落ち着きたまえよ。家族が入院に付き添うことぐらい、よくあることだろう? ところが儂は軍を離れられんし、かと言って、たかだか二、三日程度の入院で日本から家内や息子夫婦を呼ぶわけにもいくまい? 静香ちゃんにはその代理を務めてもらうだけだ」
「そうだよ! 務めなんだよ!」
「お前が言うな、『務め』とか。……本当にいいんですか? 代理がこいつで」
嘆息しつつ、錬は洋祐に最後の確認を取る。
「勿論だとも。と言うわけで、先生もそれでいいですかな?」
「はぁ。まあ、構いませんが」事態の収束を見守っていた女医は呆れ返った調子で答え、「では、そのように部屋を整えて来ますので、もう暫くここでお待ち下さい」
と言い、白衣を翻してもと来た通路を戻って行った。それを見届けた洋祐が再び錬の方に向き直る。
「さてと。次は錬君にも頼みがある」
「僕に? 何ですか、一体?」
「悠真が退院するまでの間、君の家でハルを預かってくれんかね」
「へ?」
予想だにしていなかった頼みに、錬の思考が停止しかかる。その隙を突くかのようにして洋祐が畳み掛ける。
「いやね。儂は仕事で今日明日と家に帰れないんだ。加えて悠真が入院となると、ハルはしばらく独りぼっちになってしまうだろう? だから、君の所で預かって欲しいんだ。もしアパートが狭いというのなら、儂の家を使ってくれてもいい。どうせ誰もいないのだからな」
「えーっと……僕は別に構わないんですけど、ハルが」
「ワタシはむしろ願ったり叶ったりです」
「な? え? ハ、ハル?」
「傍に誰かがいるというだけで救われる感情もある。孤独には慣れていますが、かといって好きという訳でもありません。〝眠っている間〟ならまだしも、起きている間はせめて誰かと一緒にいたいのです」
ハルが言い終えると、饒舌だった悠真はいつしか俯き黙りこくっていた。まるで何かに懺悔するかのように。一方、錬はただ、ハルが洋祐の提案を嫌がるどころか喜んで受け入れようとしていることを知ったのみであった。そしてハルが了承している以上、彼も洋祐の提案を断る理由がなかった。
「わかったよ。だけど、本当に僕の部屋でいいのか? 狭いだけじゃなく、かなり散らかってるぞ?」
「ええ。アナタの部屋には興味がありますから、是非この目で見てみたいものです」
「人の部屋を秘境みたいに言うなよ。まあいいか。僕としても自分の部屋の方が落ち着くし」
「ありがとう、錬君。ハルのことをよろしく頼む」
「はい。了解しました」
「お兄ちゃんのことお願いね、ハル」
「お任せ下さい」
一体全体。どっちが預かる立場なのか分からなくはあったが、ともあれ交渉は成立した。
「では、そろそろ解散としようか。ああ、そうそう。君たちの学校、明日は休校だから。霊魔の出現で空間に歪みが残っているかもしれないし、安全確認が出来るまでは立ち入り禁止だ」
「わかりました。じゃあ、明日は朝から悠真の見舞いに来ていいですか? その頃にはもう目を覚ましているかもしれませんし」
「ああ、構わんよ。話は通しておこう。では、儂はこれで失礼する」
錬たちに背を向けて、洋祐は去って行った。それからやや間を開けて、悠真の担当医が戻ってくる。しばし辺りを見渡して、洋祐の不在を確認した彼女は静香に目を向けた。
「司令はもうお帰りになられたのですか。それではえーっと、静香さん、お部屋の準備が出来ましたので、ご案内します」
「あ、はい。お願いします」
元来た道を戻り始めた女医の後ろに続く静香。彼女は五、六歩ほど歩いてから何かを思い出したかのように、というより、あることを実際に思い出して錬の方を振り返った。
「ゴメンね、お兄ちゃん。お部屋の掃除してあげるって約束だったのに」
「いいよ、別に。掃除ぐらい何時でも出来るし、僕だってやろうと思えば出来ないことじゃないんだから。それよりもお前が悠真の傍に居てやることの方が大事だろ? 多分それは、お前じゃなきゃダメな、代替不可能な役目だ」
悠真と静香の間にある感情が何であるか。錬は誰よりも――悠真や静香といった本人同士よりも早く、それに気付いていた。だからこそ今、悠真の傍に居るべきは、自分よりも静香であるということを知っていた。
「ダイタイ? 難しい言葉はよく分からないけど、とりあえず『悠の傍に居てやれ』って言ってるってことはわかったよ。じゃあ、お兄ちゃん、ハル、また明日ね」
「おう」
「はい。あ、レンさんの部屋の掃除はワタシにお任せ下さい。友達同士、こういう時こそ助け合わねば」
「ホント? 助かるよ。じゃあそれも含めて、お兄ちゃんのことよろしくね」
言って、静香はもう振り返ることなく歩んでいく。ベンチに残されたのは錬とハルだけ。
「じゃあ、帰ろうか」
「はい」
彼らは病院を後にすべく、入口を目指した。目指す途中で錬が気付く。
「洋祐さん行っちゃったから車ないじゃん」
「そう言えば、財布も学校に置き去り……。歩くしかありませんね」




