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綺石のクラウン  作者: もももか
第十章 『セラフィナイト』
92/145

I

自室の机に広げられた大陸の勢力図。

西国同盟と東国連合、各国の国境を模した小さな旗を刺した駒が並ぶ。

アレキサンドライトは向かいに立つアイオライトと、それらを眺めながら険しい表情をしていた。

「この国境沿いにも中隊を配備した方がいい。北から回り込まれた際、逃げ道がない」

「ここにも配備させると他が手薄になる。戦力が分散しては勝てる戦も勝てなくなるぞ」

先程から両国の軍配備についての議論をしていたが、互いに譲らぬ意見のせいで話は纏まらないでいた。

アレキサンドライトは最後まで切り出したく無かった言葉を発した。

「お前の隊をここに置くことはできないか?」

アイオライトは顔を上げる。

その眉間はきつく寄せられていた。

「私の部下に囮になれと言うのか」

アイオライト直属の騎士部隊・聖十字軍は、ラズライトの中でも有力貴族出身で、実力を兼ね備えた騎士のみが配属される。

文字通りのエリートで構成されるその軍は、アイオライト筆頭に同様の白銀の甲冑とエストックを装備し、白馬で戦場を駆ける。

東国連合との戦の度にサンドライトの騎兵団と共に戦った仲で、頼りになる存在だった。

「そうは言っていない。だが、今は事が事だ。ラズライトにも協力してもらう他はない」

「地理を考えればサンドライト軍の方が配備しやすい。我らが動かねばならん理由は何だ?」

「私の軍も前線に配備している。ここを突破されれば後が辛くなる。お前の聖十字軍なら戦力的にこの地で交戦になっても切り抜けられるはずだ。辛いのは皆同じだ」

アイオライトは暫し地図を見つめ、小さく息を吐くと、手元の青色の駒を国境線に置いた。

「止むを得ん」

「……すまない」

最後まで言いたくなかった事をアイオライトに告げてしまった事実に、アレキサンドライトは罪悪感で一杯になった。

「謝るくらいなら初めから言わない事だ。そんな気持ちで命を下されたら統率に関わるのだよ」

「……そうだな」

「貴様の父上は生前悪びれもなく真っ先に要請を出してきたぞ。真似をしろとは言わんが、それくらい横暴なくらいでないと身が保たんぞ」

アイオライトは手元の資料を手繰り寄せ、纏めながら言う。

先代・サンドライト王の功績は知っている。

歴代の王の中で最も戦に長けた人物だと言っても過言では無かった。

負け知らずの戦歴は軍神とまで称えられるほどで、ラピスラズリでさえ唯一勝てない相手だとその耳で聞いた事があった。

だが、その強さ故に多くの犠牲も産んだのは皆の周知にあった。

「……私は、父上のようなやり方は好きではない」

他国を力で支配する。

人を物のように扱う。

自国の繁栄のためなら何も厭わない。

フローライトのネフライト、チャロアイトのスギライトを嫌悪するのと一緒で、父に恐怖心を抱いていた。

そんな父と同じく、自分も無二の友人に軍の催促をしてしまっている現実が、アレキサンドライトにとって堪え難いものになっていた。

「貴様の言う通り、今は事が事だ。チャロアイトの開けた穴を西国総出で埋めるしか切り抜ける術はない」

一段落した軍議にほっと一息吐き、アイオライトは言った。

数日前、西国同盟に激震が走った。

西国同盟の主軸であったチャロアイトが、軍事力を縮小させると各国に通達してきた。

莫大な海軍資金だけでなく、王族が湯水の如く使った豪遊資金。

長い間それらの重税に苦しんでいた民の怒りが爆発し、暴動となって財産を大方明け渡す事になった。

手薄になった軍事力を東国連合に知られれば真っ先に攻め込まれる。

それを阻止するため、国境沿いを中心にかつて無い厳戒態勢を敷く事になった。

連日軍の会議は耐えず、二人とも寝ずの対応を迫られている状況だった。

死神の鍵を使い来城したアイオライトと軍議を重ね、ようやく纏まった話にアレキサンドライトも胸を撫で下ろした。

「我らが今できる事は万が一に備え軍を万全に配備させる事。そして戦にならぬよう祈る事だ……これ以上、戦火を広げるわけにはいかない」

アイオライトは部屋に掛けられていた時計を見た。

話し合いが長引いてしまい、予定の時間を大きく過ぎてしまっていた。

早く戻らなければ自国の会議に間に合わない。

「ルーベの顔を見たかったが、もう行かなくては」

「ラズライトの状況は?」

「皆大慌てだ。父上が先陣を切る事ができぬ今、私がなんとしても食い止めねば」

言いながらアレキサンドライトの部屋の扉に手を掛ける。

それを引き止めた。

「アイオライト……私は、間違っていたのか?」

呼ばれた当人は静かに振り返った。

「私は、誰も苦しむ事の無い世界を願った。平和への歩みを妨げるものを無くしたかった。それが私の正義だと、使命だと思っていたから……だが、それは間違いだったのか?」

この騒動の発端はスギライトとのロイヤルゲームだった。

勝利したアレキサンドライトが願った事、それがこの騒動に繋がった。

「『自分が願ったばかりにこうなってしまった』とでも謝るつもりか?」

「……すまない」

「自惚れるな」

アイオライトはぴしゃりと言い張った。

「遅かれ早かれ、チャロアイトはこうなっていただろう。因果応報とはよく言ったものだ。たかが貴様の願い一つで戦に駆り出されていてはたまったものではないのだよ」

遠回しに自分のせいではないと言うアイオライトに、アレキサンドライトは少しだけ肩の荷が下りた気がした。

「貴様の考えが正しいかどうかなど、私がわかるわけがない。わかる者がいるとすれば、それはロードナイト様だけだ」

もっともな意見にアレキサンドライトは再び口を噤んだ。

「一つ言えるなら、今は結論を出すには早すぎるという事だ。平和を望んで戦っているのは東も同じだ。剣を取らねばならぬ程、互いを理解できる心を持ち合わせていなかっただけだ。貴様はサンドライトの王だ。未来は貴様に託されている。戸惑う時間があるのなら、ひたすら信念を貫けばいい」

「……ありがとう」

フンと鼻を鳴らし背を向ける。

何も返さない彼の耳は、いつものように赤くなっていた。

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