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綺石のクラウン  作者: もももか
第二章 『ルーベライト』
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II

アレキサンドライトが寝室から出ると控えていたメイドと目が合った。

眠られたとだけ伝えると、メイドは頭を下げ、代わりに兵士が寝室前に警護についた。

セラフィナイトがアレキサンドライトの姿を見るなり歩み寄る。

「傷は酷いが話はできる。しかし、かなり参られているようだ」

回廊を歩きながら小声で伝えるとセラフィナイトも事の大きさに心配を隠せないでいた。

「何があったのでしょうか」

「とにかく今は陛下もあのご様子だ。アイオライト殿下も遠征先から戻られるのに時間がかかる。東国連合に嗅ぎつけられたら厄介だ。戻られるまで私たちだけでも警護にあたろう」

「分かりました、直ぐに手配しましょう」

言ってセラフィナイトは足早に待機している兵達に伝令を伝えに行った。

ふと回廊の外を見ると庭園があり、色とりどりの花が咲いていた。

誘われるように庭へ出ると春の花特有の甘い匂い鼻を擽る。

目に止まった紅桃色の花に手を伸ばした。

あの夜に出会った姫君、ルーベライトに似た可愛らしく上品な花だった。

この城に来たら彼女に会えるのではないかと何処かで期待していたが、ラピスラズリ自身も城の人間もルーベライトの存在を口にしない様子から、自分はあの日幻でも見ていたのかと考えていた。

「ルーベライト……か」

思い出すように自然と名を呟いた時だった。

「はい」

「!?」

驚いて声がした方へ顔を向ける。

金色の長くて綺麗な巻き髪、大理石のような白い肌、花のように色づく頬にふっくらとした唇。

何より美しい、薔薇色の瞳。

花畑の中、あの夜会った彼女がそこにいた。

「ルーベライト姫……!?」

「こんにちは。またお会いしましたね」

長く美しいドレスの裾を持ちながらこちらに歩み寄るルーベライト。

夜の教会で見た時と違い、今は空が明るいが、それでもその美しさは寸分の狂いもなかった。

「アレキサンドライト様、本日はどうなさしましたの?」

小鳥のさえずりのような愛らしい声も、あの時のままだった。

「ラピスラズリ陛下の話を聞いて参上しました。この度は心からお見舞い申し上げます」

「ありがとうございます。父もきっと喜びますわ」

ルーベライトはふと目に止まった花を鋏で切ると、持っていた数本の花に加え花束にしていく。

「今、お父様の枕元に飾るお花を用意していましたの。ずっと部屋で横になっていたら気が滅入るでしょう?早く元気になってほしくて……」

「花よりも貴方が傍にいてあげた方がきっと良くなりますよ」

アレキサンドライトの言葉にルーベライトは首を横に振る。

「駄目なんです。私がこの城で自由に立ち入れる場所は限られていて、お父様のお部屋にも立ち入った事がありませんの。あそこにいばらの塔が見えるでしょう?」

そう振り返り、ルーべライトはある高い塔を指差す。

多くのいばらが生い茂り、この城の中でも一際目立つ塔をアレキサンドライトは見上げた。

「あの塔は私が幼い頃からずっと住んでいる塔ですの。それ以外に立ち入る事が許されているのはこの庭園のお花畑だけです。だから、お父様のお部屋には入ってはいけなんです」

「どうしてですか?親子なのに……」

ルーベライトが言葉を探すように答えあぐねているのを見て、アレキサンドライトははっと手で口を覆う。

「すみません。出過ぎた事を」

「いいえ、本当の事ですもの。おかしいですものね、親子なのに……」

少しだけ寂しそうな目をしたルーベライトをアレキサンドライトはただ見つめる。

持っていた花束の香りを楽しむと、ルーベライトはそれらを持っていたリボンで束ね、アレキサンドライトに手渡した。

「父に渡していただけますか?」

色とりどりの花束は彼女の思いが詰まっているようで、見ているだけで穏やかな気持ちになれた。

「きっと早く良くなられますよ」

花束を受け取る際に触れた手。

あの日見た、手の甲の薔薇色の石が消えていた。

はっとしてアレキサンドライトはその手を取った。

突然の事に驚くルーベライトだが、それ以上にアレキサンドライトは驚いていた。

自分と同じで、体から奇石きせきが消えているのだ。

「姫、手の奇石きせきはどうしたのですか?」

ルーベライトの顔から笑みが消えた。

「私も先日腕から奇石きせきが消えたんです。代わりにこれが近くに落ちていて……」

言いながら懐から獅子も模した深緑のピースを取り出した。

ルーベライトの顔が凍りついた。

「どうして貴方がそれを……!?」

「何かご存知なのですか?」

ルーベライトは咄嗟にピースを手で覆うと、アレキサンドライトに隠すようにと押し返した。

「駄目です、それを人前で見せたら!貴方は関わっては駄目です!」

突然取り乱したルーべの声を聞いて来たのか、ある男の声が後方から聞こえた。

「そこで何をしている?」

ルーべライトは声を聞くなり、アレキサンドライトを庇うように前に立った。

茶色の髪に、人を見下す琥珀の瞳。

嫌味なほど豪華な衣装に身を包んだ大柄な男をアレキサンドライトは知っていた。

東国連合フローライト国王・ネフライトだったからだ。

「そこにいるのは……驚いた。サンドライトの若造ではないか」

顎鬚を触りながらにやりと笑うその顔に、アレキサンドライトは怒りを込み上げる。

サンドライトとフローライトは、西国同盟と東国連合で別れる以前に隣国という事で最も交戦が多い国だった。

長きに渡るフローライトとの交戦でサンドライトが受けた被害は大きい。

「聞いたぞ?我らが同胞・ラブラドライトを討ったそうだな。父の背に隠れて怯えているだけかと思えば、よくもしてくれたな」

「ネフライト……!どうして貴様がここにいる!?」

「どうして?ハハハハ!可笑しな事を言う。フィアンセが育った城に私がいても問題あるまい?」

「フィアンセ?」

ネフライトの視線の先にはルーべライトがいた。

「何がフィアンセだ、馬鹿げた事を。ラズライトも貴様の敵対国だという事を忘れたのか?」

「そう思っているのはお前だけだ。なぁルーベライト?教えてやれ、お前に仕える主人は誰だ?」

アレキサンドライトはルーベライトを見た。

ふっくらと形の良い唇が悔しそうに引き結ばれている。

アレキサンドライトの呼びかけにも答えず、俯くしかなかった。

「言え!!」

ネフライトが痺れを切らし声を張り上げる。

耐えるように握り締められた小さな手。

アレキサンドライトの視線に耐えきれず、顔を落としルーべライトは言う。

「……フローライト王・ネフライト様です」

ネフライトは下品な程大きな声で笑った。

「無理矢理言わせて何が楽しい!?」

「失礼な物言いだな?彼女は立派な『ゲーム』の景品だ。私が勝利し、景品を物にした。ただそれだけの事だ」

乱暴な足取りは、綺麗に咲いた花たちを無残に踏み潰していく。

ネフライトはルーべライトの腕を取ると強引に引き寄せた。

力加減を知らない扱いにルーべライトの悲鳴が上がる。

「やめろ!嫌がっているだろう!?」

彼女を物として扱うネフライトを、アレキサンドライトは許せなかった。

ルーべライトを庇うようにネフライトから引き離そうとした時だった。

深緑の獅子のピースが地に落ちた。

ルーべライトはネフライトに見せないようピースを取り上げようとしたが、気付いたネフライトに先に拾われてしまう。

「これは……そうか、お前も七国王ヘプタークか!これは面白い!」

ひとしきり大声で笑ったネフライトは、ピースを乱暴にアレキサンドライトに放り投げた。

「聞け、死神!我、フローライト王・ネフライト!サンドライト王に『ロイヤルゲーム』を申し込む!!」

自分がラトゥミナ症候群で苦しんでいたあの夜、死神の口からも同じ単語を聞いた。

どうしてこの男もその言葉を知っているのか驚いていると、いばらの塔の影に黒いローブの人影が二つ見えた。

一つは自分をラトゥミナ症候群から救ってくれた死神。

もう一つは同じようなローブを纏った大柄な男の影だった。

「おっけーおっけー!ルシファー聞いたよ〜」

「同じくマンモン、確かに聴き留めた」

二つの影は口々に言うと同時に、ルーべライトが声を張り上げる。

「待って!この方は関係ないの!巻き込まないで!!」

大柄な死神は隣のルシファーと名乗った死神に尋ねた。

「どうなんだ?」

「いんや、ちゃんと契約交わしてるよん。ほれ」

ローブからあの時アレキサンドライトの血判を押した紙切れを取り出して見せる。

「そんな……!」

「詳しい話は後で回すからー!バイにゃら〜!」

驚愕するルーべライトとは対照的に、死神二人は何事もなかったかのように姿を消した。

「決まりだな」

ニヤリと笑みを讃えるネフライト。アレキサンドライトは深緑の瞳を鋭くさせて声を荒げた。

「一体何の話だ!?ふざけるのも良い加減にしろ!」

「ふざけるなんて生易しい物ではないさ。お前との『ゲーム』、楽しみにしているぞ」

それだけ言うと、ネフライトは乱暴にルーべライトの手を取り、力任せに連れて行く。

ルーべライトは視線を落としながら、されるがままにネフライトの後を歩く。

途中、アレキサンドライトが名を呼ぶと一度だけこちらを見た。

薔薇色の瞳が、涙の膜を張っていた。

踏み荒らされた花壇。

ルーべライトから預かった花束も、先程のやり取りで落とし、見事に踏みつけられていた。

花びらが物悲しく散っていた。

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