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綺石のクラウン  作者: もももか
第九章 『スギライト』
87/145

VII

「とんだ豚野郎だったな」

「まったくだ」

上着を掛けながらアイオライトの言葉に同調する。

溜め息を吐きながらシャツのボタンを一つ開け、アレキサンドライトは彼の向かいに座った。

今宵はチャロアイト兵から案内されたこの部屋で一泊し、翌朝発つ予定だった。

明日の事を考えたら早めに休まなければいけないのに、今の二人はそんな気分になれず、アレキサンドライトの部屋で一杯する事になった。

「仕事が残っているんじゃないのか?」

机の上に積まれた書類に一度目を向け、逸らした。

「……もういい。明日に回す」

心身共に相当疲れているのか、大きく息を吐き、椅子の背もたれに体を預ける。

この部屋に来る際、明日の申し送りで来ていたセラフィナイトから『早めのご提出をお願いします』と添えられていたのを思い出し、アイオライトは空いたグラスに酒を次いでやった。

「貴様も大変だな」

「お互い様だ」

グラスを受け取り、小さな音を立てて乾杯するなり一口含む。

この酒はアイオライトのお気に入りのようで、いつも寝酒に飲んでいると持って来てくれたものだった。

度数も弱めで落ち着いた香りが自分にも合っていた。

安物で悪いがと謝られたが、晩餐会で出された最高級のワインより、この酒の方が自分は好みだった。

「今日は一段と疲れた」

「スギライトの財力と権力を見せつけるために呼ばれたようなものだからな。逆らえない相手と植え付けるためのパフォーマンス……とんだ茶番だ」

「逆らえない相手、か……」

「無礼にも程がある。思い出しただけで怒りが収まらん」

「確かにそうだ。だが、一番腹が立つのは……あんな事を言われても、何も言い返せない私自身だ」

先程のコレクションルームでの一件を思い出した。

獅子はサンドライトを象徴とする、誇り高い動物で、サンドライト王家を、王である自分を象徴するものでもある。

それの敷物が欲しいと目を見て言われた。

『良い敷物が手に入ると良いですね』と取り繕うのが精一杯だった。

スギライトはサンドライトを狙っている。

祖国を侮辱された事に対し、アイオライトのように怒りを露わにした方が良かったのかもしれない。

だがこの乱世が続く不安定な今、同志であるチャロアイトと交戦するわけにはいかない。

共に戦を終わらせると誓ったはずの同志からの宣戦布告を、アレキサンドライトは受け流す事しかできなかった。

「チャロアイト……我らが束になっても勝てるかわからん相手だ」

「きっと私だから言ってきたんだろう。王としても、人としても未熟な私だから……亡き父と民に申し訳ない」

グラスに注がれた琥珀色の酒を見つめ、アレキサンドライトは呟いた。

アイオライトは眉間を寄せる。

「馬鹿者。貴様がそんな気持ちでどうする?王たる者、相手に舐められたら終わりだ。優しさだけで国は守れんぞ」

アレキサンドライトは顔を上げた。

『優しさだけで国は守れない』

以前、彼の父にも同じことを言われた。

目の前に座る友が、彼の父と重なって見えた。

「……そうだな。弱音を吐いて悪かった。少しはお前を見習うよ」

「勘違いするな。怒るのは私だけでいい。貴様が口を出せば誰が私を止めるのだ」

あの時止めてくれた事に感謝しているのか、アイオライトの耳が少し赤くなっていた。

「今日、あまり食べていなかっただろ?サンドライトに帰ったらとびきり美味しい豚料理をご馳走するよ」

早速悪戯な笑みを浮かべ言うアレキサンドライトだが、アイオライトは眉間に皺を寄せ言う。

「我らは信仰上、肉を食すのは禁じられている」

「あぁ、そうだったな。じゃあお前の分まで食べておくよ」

そうグラスの酒を飲み干すアレキサンドライトだったが『どうせ食べるなら黒豚の丸焼きだ』とアイオライトが言ったため、声を出して笑った。

アレキサンドライトの笑いが収まる頃、部屋をノックする音が聞こえた。

声を聞いてやって来たセラフィナイトかと恐る恐る返事をすると、ドアから顔を覗かせた人物に驚いた。

ルーベライトだった。

「楽しいお声が聞こえたもので。よければ私も入れていただけませんか?」

手にはポットと数組のカップとソーサーを載せたトレイが握られていた。

「ルーベ、気分は良いのか?」

「えぇ。少し横になって大分良くなりました」

自分の部屋のようにルーベライトを招き入れるアイオライト。

「すまない。煩くしてしまったな」

「いいえ。私も夜のお茶会に入れてくださいな」

アレキサンドライトの言葉に首を振りながらテーブルに持ってきた茶器を手際良く並べて行く。

寝る前に気分を落ち着かせるハーブティーをゆっくりとカップに注ぎ、二人の前に差し出した。

部屋の明かりを落とし、静かな夜に頂くルーベライトのハーブティーは優しい味がした。

「美味しい」

「流石、ルーベの淹れた茶はいつも美味いな」

二人に喜んでもらい、ルーベライトは微笑みながら礼を言う。

「スギライト様とはどうでしたか?」

食事の席で別れてから気になっていた事を尋ねると、二人の表情が曇る。

「……考えたくはないが。いずれ、戦になるやもしれん」

アイオライトは飲んでいたカップをソーサーに戻す。

「奴は我らを利用している。この東西の戦に決着が着いたら、次は我らの国にも進軍してくるだろう」

「何とかならないのでしょうか?」

「もしそれが現実になった場合、チャロアイトと戦うしかない」

尽きぬ戦の話で、ルーベライトの瞳が揺れた。

「……アレク」

「なんだ?」

「私は、本当に役に立てているのでしょうか?」

隣のアレキサンドライトにルーベライトは訊ねた。

「どうしたんだ?急に」

「いえ。私のせいで貴方にご迷惑をかけていないか、心配で……」

あの時マリアライトに言われた事が気がかりだった。

自分の知らない所で、言われのない中傷で傷ついているのではないかと。

それが気になり、眠る気になれずにいた。

少しの間を置いて、彼は口を開いた。

「……そうだな。正直、君が親善大使になるのは、最初は反対だったんだ。セラフィナイトにも何度も辞めさせるよう言った。でも今はこれで良かったと思っている。私やアイオライトには出来ない事を君はやってくれる。兵や民の希望になってくれる」

アレキサンドライトは穏やかに続ける。

「覚えているか?初めてフローライトの国境近くの駐屯地に行った時の事。あの時の皆の笑顔、あんなに喜んでいた所を私は初めて見た。『次はいつ来てくれるんですか?』と言う手紙も貰っているんだ。城の騎兵団も、君が近くにいるからか前よりも頼もしくなった。サンドライトとラズライト間だけじゃない。アラゴナイトとも、君がいてくれたから楽しく会食できた。君には本当に感謝している。ありがとう」

笑顔でそう言われ、ルーベライトの表情に少し明るさが戻った。

「貴様、ルーベをあんなむさ苦しい駐屯地に連れて行ったのか?」

「仕方ないだろう?私だって反対したさ」

「許さん。以後そんな所に連れていくな。絶対にだ」

「無茶を言うな」

初めて耳にした事に眉間を寄せながら食ってかかるアイオライトがおかしくてルーベライトはクスクスと笑う。

「何かあったのか?」

アレキサンドライトの言葉に、一瞬躊躇してしまった。

「セラフィナイトから聞いた。あの後マリアライトの主催するパーティーに顔を出したんだろ?何か言われたのか?」

「いえ、何も……」

「本当か?」

「はい」

アレキサンドライトには余計な心配をかけたくなかった。

視線を合わさずにいると、見抜かれてしまったのか向かいのアイオライトの眉間が更に深くなる。

「あの高飛車、ルーべにも余計な事を」

「本当に何も言われてないんです。気になさらないでください」

「いいかルーベ。私はお前の兄だ。何かあったらすぐ私に言え。妹を侮辱されて黙っていられるほど、私は気が長くないのだよ」

頼もしい兄の言葉に、ルーベライトは素直に頷いた。

「こんなに頼もしい親善大使とお兄さんがついているんだ。チャロアイトに戦なんてさせないよ、絶対」

笑顔で言ってくれたアレキサンドライトの言葉。

その言葉に救われた気がして、ルーベライトは手元のハーブティーをゆっくりと口に運んだ。

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