IV
ルーベライトが宛がわれた部屋へと足を向けている時だった。
「ルーベライト様」
後ろから声を掛けられた。
マリアライトだった。
「ご気分は如何ですか?主人から伺いました。気が付きませんでごめんあそばせ」
「こちらこそ。いただいたスープで少し良くなりましたし、今夜ゆっくり休めば大丈夫です」
マリアライトは妖美な笑みを浮かべながらルーベライトの元に歩み寄る。
「ルーベライト様って本当に美しいのね。金色の長くて綺麗な巻き髪、大理石のような白い肌、花のように色づく頬にふっくらとした唇。何より美しい、薔薇色の瞳……」
紫色に塗られた長い爪で目元をなぞられ、ルーベライトは反射的に一歩下がってしまう。
それを見てクスクスと笑いながらマリアライトは続ける。
「あらやだ。わらわは美しいモノを見るといつもこうなの。気を悪くしないでくださいね。オホホホ」
「いえ……」
「でもお話で伺った通りだわ。貴方、とっても素敵ね。わらわと仲良くしてくださらない?」
「仲良く、ですか?」
「えぇ。せっかくこうしてお会いできたんですもの。貴方の事、もっと知りたいわ」
厚い紫色の唇が弧を描く。
「私も。親善大使としてチャロアイトのマリアライト様と今後とも仲良く出来たらと思っています」
「そう言ってくださると嬉しいですわ。そうですわ!今からわらわが主催のパーティーがありますの。ルーベライト様もいらしてくださらない?美味しいスイーツもありますし、皆様でお話ししましょうよ」
ルーベライトは戸惑った。
今のこの気分で快く首を縦に振れなかった。
「せっかくですが、今日はもう……」
「嬉しいわ。サンドライトとラズライト、西国同盟になくてはならない両国を結ぶ親善大使であるルーベライト様が来てくださるなんて。皆様もさぞお喜びになられますわ」
「ごめんなさい、今日は……」
「わらわのお友達にルーベライト様の事をお話したら、皆様是非お会いしたいと仰っていましたわ。こんなに素敵な人ですもの。きっとすぐ仲良くなれますわ」
「ですから、今夜はもう……」
「ルーベライト様はアイオライト様の妹君なんでしょう?来てくれますわよね?」
「………」
有無を言わさぬだけでなく、兄の名前が上がった以上、ルーベライトに断れる術はなかった。
「……わかりました。少しだけならお顔を出させていただきます」
「そう言ってくださると思っていました!」
満面の笑みで腕を取られ、強引に連れられる。
ある部屋の扉を開けると、そこにはマリアライトと同じように豪華な衣装とアクセサリーに身を包み、髪を高く盛った貴婦人たちがいた。
だが、どこか空気が悪く感じた。
「皆様、お話していたルーベライト様がいらしてくださいましたわ」
マリアライトの声に貴婦人たちの視線が一斉に集まる。
「まぁ!貴方がルーベライト様?」
「綺麗なお方!お人形みたい!」
「噂に聞いていた以上に美しいのね!」
ルーベライトはこんなに大勢の知らない人がいる輪の中に入るのは初めてだった。
もともと城の塔で一人静かに過ごしてきた身だ。
式や行事がある時はいつもアイオライトかアレキサンドライトが傍にいてくれていたが、今は自分一人。
集まる多くの視線が怖くて中に入るのを躊躇ってしまうが、マリアライトに強く背中を押され、ルーベライトは部屋の中に足を踏み入れた。
入り口の扉を閉められてしまい、周りを貴婦人たちがルーベライトを取り囲む。
皆扇子で口元を隠して笑っていたり、ヒソヒソと小さな声で話していたりした。
「ルーベライト様、此方にどうぞ」
声の方を見やると、マリアライトは部屋の中央の大きなテーブルにいた。
テーブルには赤と黒のルーレット台やトランプが並んでいる。
マリアライトの手元には多くのチップの束があった。
他の貴婦人に手を引かれるがまま、マリアライトの対面に座らせられる。
「ルーベライト様は何がお好きかしら?」
「私、賭け事はあまり……」
ルーベライトの返答に部屋中の貴婦人から笑いがおきた。
「安心して。これは単なるゲームよ」
マリアライトはルーベライトにチップを渡しながら言う。
「何時もはお金を掛けて遊んでいますの。やはり本物じゃなくては遊びにも身が入りませんから」
「そのお金、民から集めたものではないのですか?」
「えぇ。そうよ」
「いけませんわ。こんなことに使うなんて」
再度部屋中に笑いがおきた。
「ルーベライト様って以外と『箱入り』なんですのね。初心で可愛いわ」
クスクスと扇子を広げマリアライトは笑う。
「せっかく遊びにいらしてくださったんですもの。少しくらいわらわと遊んでくださらない?チップは無しで構いませんから」
「……わかりました。一度だけ。終わればお部屋に戻らせていただきます」
「それでしたら、負けた方は勝った方の言う事を一つ聞く、なんてどうでしょう?」
「え?」
「ゲームなんですから、それくらいしないと面白くないじゃありませんこと?」
敗者が勝者の言うことを聞く。
ロイヤルゲームに似たそのルールに不安が過った。
「そんなに怖がらないで。ただの『遊び』なんだから。楽しみましょうよ」
小さな玉を指先で転がし言う。
「さ、赤と黒、どちらに掛けますの?」
目の前に置かれたルーレット台。
ルーベライトは少し考えて赤を選んだ。
黒を選んだマリアライトは玉をルーレット台に転がした。
部屋中の視線がルーレット台に集まる。
何十週も回りながら、玉はゆっくりと黒いマスに止まった。
「オーッホホホ!わらわの勝ちですわ!」
声高らかに貴婦人たちと笑い合うマリアライト。
ルーベライトは何を言われるのか不安で自分の手を握りしめた。
「……ご要望はなんですか?」
「せっかくですし、皆様が聞きたがっているお話でもしていただきましょうか?」
「何が聞きたいのですか?」
「そうですわね。例えば、サンドライトに転がり込んだ方法、なんてどうでしょう?」
マリアライトの目が鋭く光った。
「転がり、込んだ……?」
「貴方みたいな箱入り娘がいきなりサンドライトに拠を移すなんておかしいでしょう?どんな手でアレキサンドライト様に取り入ったのか話してくださらない?ここにいる皆様は玉の輿に興味がお有りのようなので」
あざ笑う声が耳につく。
目の前のマリアライトは楽しそうにルーベライトの答えを待っている。
「転がり込むだなんて……私はただ、」
言い掛けてはっとした。
ロイヤルゲームがきっかけで今の現状に繋がった事をマリアライトに知られるわけにはいかなかった。
「ただ、何ですの?」
「……私はただ、両国の親睦を願って申し出ただけです」
「本当にそれだけですの?」
「それ以上の理由はありません」
「つまらないですわね。もっと深い話が聞けると思ってましたのに」
「深い話?」
「アレキサンドライト様、ベッドの上でもお優しいのかしら?」
明らかな意味合いを含んだ言葉だった。
気付けば目の前のチップの束を手でなぎ倒した。
勢い良く立ち上がったせいで、椅子が大きく倒れる。
薔薇色の瞳が真っ直ぐマリアライトを睨む。
「ご冗談ですのに。綺麗なお顔が台無しですわよ」
クスクスと笑うマリアライト。
ルーベライトは怒りで震える体を抑えて踵を返し、部屋を後にする。
姿が見えなくなった途端、部屋中に大きな笑い声が響いた。
「さすがはマリアライト様!」
「見事ないたぶりですわ!」
「あのお顔、良いものが見れましたわ!」
貴婦人たちが口々にマリアライトに言い寄る。
「あれが本当にラピスラズリ陛下の秘蔵の姫君なんですか?」
「そうみたいですわね。長年塔に幽閉されていた『いばら姫』……それが絵に描いたような美しさだなんて出来すぎた話ですわ」
「でもマリアライト様の方がお美しいですわ」
「当たり前ですわ。所詮はラズライトの田舎娘、わらわにかなうレディなんていませんわ」
仰いでいた扇子を閉じる。
「この世に美しい姫は二人もいらなくてよ」




