VI
夜。
看守に叩き起こされると同時に、両手に枷を付けられる。
首輪に鎖も付けられ、引かれるままに牢を出る。
何も告げられず、数人の警備兵に囲まれた。
何処に行くのかと口を出せば、目と口を塞がれた。
大人しく引かれるままに歩いた。
馬車が何かに乗せられ、しばらく走った所で降ろされた。
違う兵士に引き渡され、数分歩く。
何処かの建物らしい屋内に入ると、土ではなく大理石の硬い床が足音を鳴らした。
ある部屋の前に着いた時、目隠しと猿轡を外された。
「入れ」
兵士に乱暴に押され、俺は部屋に入った。
広い部屋だった。
暗がりの中明かりを頼りに進むと、奥から女の喘ぎ声が聞こえた。
吐き気がした。
「カーネリアン様、お連れしました」
傍にいた兵士から出た名に耳を疑った。
カーテンの向こう側、重なる二つの影。
男の影が動く。
「仕事が早いな。もう少しゆっくりでも良かったのに」
「申し訳ありません!」
笑うカーネリアンに兵士は真面目に頭を下げた。
「奥に通せ。すぐに行く」
そうカーネリアンが言うなり、兵士は返事をすると俺の鎖を引く。
「もう行っちゃうの?」
「焦らされる方が燃えるだろ?続きは後でな」
そんなやり取りが後ろから聞こえた。
玉座の前に乱暴に放られる。
両手が使えず倒れ込むと、首輪に付いた鎖を外され、代わりに両足に重りの付いた枷を付けられた。
体の大きな用心棒が二人俺の横に付き、無理矢理跪かされる。
押さえつけられ、抵抗らしい抵抗も出来ずにいると、その男は現れた。
カーネリアン。
アンデシンの領主。
十五の頃に先代からこの国を受け継ぎ、二十七になった今も恵まれた環境で何不自由なく温々と生きている男。
俺を奴隷にしたその男を見て飛びかかろうとしたが、用心棒に押さえつけられる。
カーネリアンは長い黒髪の編み込みを揺らしながら玉座に座ると、給仕の女が茶を入れた銀食器を持ってくる。
それを受け取るとカーネリアンは外してくれと言った。
給仕の女も、俺を押さえつけていた用心棒も言う通りに下がると、カーネリアンは受け取った茶に口を付けた。
「久々の再会だな。汚いドブネズミが今ではこの国最強の剣闘士か。やはりオレ様の目に狂いはなかったな」
アンデシンを象徴とする金の蠍の首飾りが揺れる。
「民だけでなくオレ様をも楽しませてくれる貴様には感謝している。先日の復活祭はアンデシンの長い歴史でも最高に盛り上がった。これはほんの礼だ」
そう言い懐から数枚の金貨を取り出し、それを俺に向けて放る。
金貨が散らばる高い音が響いた。
「受け取れ」
睨みつけながら金貨を足で蹴った。
するとカーネリアンは楽しそうに笑った。
「奴隷に価値はわからんか」
「何の用だ?」
「貴様と話がしたかった」
「俺はするつもりはない」
「えらく嫌われたな。貴様を英雄にしてやったのに」
カーネリアンは茶器を傍に置くと俺を見据える。
「『ロイヤルゲーム』……貴様にはそいつに参戦してもらう」
聞いたこともない言葉に警戒しているとカーネリアンは続ける。
「オレ様は先日、盗賊に襲われた。致命傷を負ったがこうして復活し、以前と変わりなく生きている。どうしてかわかるか?」
懐に手を伸ばし、取り出された赤い蠍の形をした駒。
それを見せつけるように俺に向けた。
「オレ様は七国王に選ばれた。めでたい事だ。この駒があれば願いが叶うロイヤルゲームに参戦できる。面白そうだと思わないか?」
「参戦したければ勝手にすればいい」
「戦うのはオレ様じゃない。貴様だ」
「断る」
「奴隷に拒否権はない。今ここで死にたければそれでも構わないが」
姉さんの顔が浮かんだ。
言葉に詰まらせるとカーネリアンはニヤリと口角を上げた。
「まぁオレ様の話だけでは貴様も訳が分からず不安だろう。アスモデウス」
そう誰かを呼ぶと、カーネリアンの足元に黒い蠍が這った。
黒い蠍はゆっくり俺に近付くと、その姿を黒い人影に変えた。
黒いローブを着た、黒い影。
驚いて後ずさる。
影は俺に話しかけた。
「はじめまして!僕、アスモデウスって言います。『色欲』を司る死神をしています」
「死神……?」
「はい!死神といっても、まだまだ経験が浅いんですが……でも、精一杯ご案内しますので!よろしくお願いします!」
何を言っているのか分からない。
俺の胸の内が伝わったのか、死神・アスモデウスは言う。
「簡単にご説明させてもらいますね!『ロイヤルゲーム』とは奇石を駒に代えた国王様、もしくはそのお付きの方々が参戦する決闘ゲームです。ルールは相手の七国王を殺すか降伏させるか、ゲーム続行不能にすれば勝利です。ゲームに勝てば相手の方を一人思うがままにできます」
「……思うがまま?」
「はい!七国王を選んでその国を侵略したり、生贄を選んで自分の物にしたりもできます!ただし、負けてしまうとその逆になるので注意してくださいね!」
状況が飲み込めない俺にカーネリアンは続ける。
「西の大国・サンドライト。聞いた事があるだろう?そこに絶世の美女がいるそうだ。金色の長くて綺麗な巻き髪、大理石のような白い肌、花のように色づく頬にふっくらとした唇。何より美しい、薔薇色の瞳。彼女はサンドライト王の生贄……ゲームに勝てばオレ様の物だ」
「……女のために俺に戦えと?」
「そういう事だ」
「冗談じゃない。何故俺が」
「他の奴にも頼んでみたさ。だがどれも戦力に欠ける。歩兵風情が連勝中の七国王に勝てるわけがないだろう?アンデシン最強の貴様なら絶対的な戦力になる」
「女なら腐るほどいるだろ」
「まだ白い肌の女は抱いた事がないのでな。どうせ物にするのなら一番の上物がいい。それがタダで手に入るのなら尚更だ」
「タダじゃないですよ!ゲームに勝ったらですよ!」
「こいつはオレ様の奴隷だ。タダみたいなものだ」
そうなんですかと納得したアスモデウスは再度俺に向き直る。
「全ての七国王を倒した暁には、全ての願いが叶う秘宝『ロイヤルクラウン』が手に入ります!」
「その秘宝もオレ様の物だ。全ての願いが叶うなんて素敵な話だろう?」
「頑張ってくださいね!」
勝手に話の進む中、俺はある事に気付いた。
「俺が負ければお前もどうなるかわからないんじゃないのか?」
「貴様は負けないさ」
「何故言い切れる?」
「アンデシン茶葉の生産第一人者・スピネル卿に使える奴隷……お前の双子の姉だそうだな?」
何故そんな事を知っているんだ。
驚いた顔をしているとカーネリアンは楽しそうに続ける。
「名は確かアゲートと言ったか。あの時逃がしたメスのドブネスミ、奴隷にしては綺麗に育っているそうじゃないか。やはり逃がして正解だった。ちょうど十年、待った甲斐があった」
「お前っ!!」
思わずカーネリアンに飛びかかった。
しかし、足に付いた枷のせいで後少しという所で手が届かなかった。
動じず笑い続ける目の前の男が憎くて全身の血が煮えるように頭に昇る。
「姉さんをどうするつもりだ!?」
「それは貴様の働き次第だな」
「姉さんに手を出して見ろ!お前を殺してやる!!」
「奴隷風情が……オレ様に敵うと思っているのか?」
足に付けられた枷が食い込んで血が滲む。
バランスを崩して倒れる。
カーネリアンは傍にかけていた剣を取ると、俺の手の枷を踏みつけ鞘を抜く。
波のようにうねった鋼の切っ先が二の腕の布を裂き、赤い奇石が見えた。
「選ばせてやろう。奇石を差し出しロイヤルゲームに参戦するか、代わりに姉を差し出すか、それともここでオレ様に殺されるか……」
「卑怯な!!」
「言ったはずだ。奴隷に拒否権はないと。選ばせてやっているだけ有難いと思え」
切っ先を目の前に突きつけられる。
赤い奇石。
姉さんと俺を繋ぐ奇石。
姉さんを迎えに行くまで死なないと誓った奇石。
その石を差し出すのは、姉さんを裏切ったような気がして嫌だった。
けれど、今置かれた状況に抗える力は俺にはなかった。
「……約束してくれ。姉さんには手を出さないと」
「いいだろう」
抵抗しなくなった俺の手から足を退ける。
「決まりだな」
「では早速契約に移りますね!」
アスモデウスが俺の手を取る。
指の腹をカーネリアンの剣で少し切り、溢れた血を持っていた紙に押し付けた。
途端、腕の奇石が痛み出す。
経験したことのない痛みに声を上げ、そのまま意識を飛ばした。
「あ!これ『戦車』の駒ですよ!良かったですね、カーネリアンさん!」
「これで駒は揃った。早速サンドライトに殴り込みだ」
「それじゃあ後であちらの死神にも連絡入れておきますね」
遠退く意識。
頭上で交わされる声を聞きながら、俺は意識を完全に手放した。




