VII
遠くで声がする。
仕切りに自分を呼ぶ声だった。
聞き慣れた声に重い瞼を押し上げると、間近にセラフィナイトの顔があった。
「陛下!陛下!!しっかりしてください!!」
夜が開け、白い朝の光を照らす教会。
慌ただしく掛ける足音。
周りには見慣れた数人の兵士と元老院の大老が自分を取り囲んでいた。
意識が戻ったのを確認すると、セラフィナイトは近くにいた兵士に早く主治医を呼ぶように声を張り上げた。
「セラフィ……ナイト……?」
「陛下、大丈夫ですか!?今主治医をお呼びしています。どこか痛む所は?」
自分があれから気を失ってしまったのだと理解したアレキサンドライトだったが、まだ夢の中にいるような、曖昧な記憶を辿る。
腕の痛みはない。
結晶化していた指先も、血が通った、見慣れた肌の色をしている。
感覚も不自然な点はなかった。
「私なら大丈夫だ。すまない、思いの外疲れが溜まってそのまま寝てしまったようだ」
「こんな所でですか?」
「月が、見たくてな。そのまま……」
咄嗟の言い訳に、セラフィナイトの顔の険しさは戻らない。
「倒れていたように見えましたが」
「本当に大丈夫だ。悪い夢でも見ていただけみたいだ」
アレキサンドライトは体のどこにも異常がないのを確認する。
主君の変わりない容態にやっと胸を撫で下ろしたセラフィナイトは、念の為主治医に見て貰いましょうとアレキサンドライトに手を差し伸べるが、一人で歩けると手を拒まれ、周りの兵士たちに通達を送る。
「陛下の寝室に主治医をお連れしろ。他の者は警護を怠るな」
まだ夢の中にいる感覚から醒めないアレキサンドライトだったが、ふと目に映ったのは親指の腹に一筋の真新しい切り傷。
そして、すぐそばに転がっていた一つのチェスピースのようなもの。
取り上げたそれは、獅子を模した深緑の石でできた駒だった。
その色に見覚えがあり、アレキサンドライトは左腕を捲る。
腕にあったはずの奇石が消えていた。
振り返ったセラフィナイトに気付かれぬよう咄嗟にそれを隠し、平装を装う。
「陛下、本当に大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ。心配をかけてすまなかった」
「念の為、今日一日はご静養してください。戦の処理は出来る範囲で我々が行います」
アレキサンドライトは立ち上がると、誰にも気付かれぬようその駒を懐に入れた。
同盟国ラズライトの王・ラピスラズリが重症を負い倒れたとの報を聞いたのはその数日後の事だった。
【ロイヤルゲームのルール:1】
『死神に選ばれし七国王がゲームに参戦できる』
王の血を継ぐ者は七国王に
そうでない者は生贄としてロイヤルゲームに参戦できる
代償として、己の奇石を差し出し、駒に変えなければならない