VII
満開の薔薇が咲き誇る中庭。
如雨露で水をやりながら、ルーベライトは一輪一輪を手に取って、薔薇の表情を楽しんでいた。
綺麗に花びらを開かせたもの、絶妙の色の移り変わりが見事なもの、まだ硬く蕾になっているもの、それぞれ違う表情を見せる花たちを見て思わず笑顔がこぼれる。
「早いな、ルーベ」
そう声を掛けられた方を見ると、少し離れた場所にアイオライトが立っていた。
「お兄様、おはようございます。今朝もお祈りですか?」
「あぁ、ロードナイト教の教会があると聞いてな」
そう視線をある場所に向ける。
城内に併設された小さな教会……アレキサンドライトとルーベライトが初めて出会った場所、ロイヤルゲームの決闘場に繋がる場所だった。
毎朝の祈りは信仰心の強いアイオライトの日課であった。
城の使者にこの教会の存在を聞いて、足を運んで来たようだった。
「異国の地でありながら我らの文化を理解している。悪くない作りだ」
このサンドライトにロードナイト教が伝わったのは、ラズライトと同盟を築く事になってからだった。
元老院と数少ない信者のためにと建てられたものだったが、自分たちの文化や歴史を理解し、信仰する気持ちが形となった物を見てアイオライトはどこか晴れやかな表情だった。
いつもは気難しく、眉間を寄せた兄がそんな表情を見せている事に、ルーベライトも良かったと笑顔を見せた。
すると、二人の後ろを何かが通り過ぎた。
白い毛玉に見えたそれを目で追う。
白猫だった。
その口に咥えられていたものを見てぎょっとした。
深緑の獅子の駒。
アレキサンドライトの駒だった。
「お兄様、あれ」
「あぁ、アレクの駒だ」
今度は白猫を追う形でアレキサンドライトが走って来た。
まだ寝巻き姿の彼を見て、アイオライトは眉間に皺を寄せる。
「貴様!何て姿だ!?鏡を見てこい!」
「そんな事を言っている場合じゃないんだ!」
「そうでしたわ!駒が!」
三人が視線を向けると、先程の白猫が駒を咥えてちょこんと座っていた。
だが、アレキサンドライトは余程怖いのか、直様アイオライトの後ろに隠れてしまう。
「貴様の駒だろう!?さっさと奪い返してこい!」
「無茶言うな!出来るわけないだろう!?」
「あれがどれほど大切な物か、貴様も知っているだろう!?」
「分かってるさ!でも無理なものは無理なんだ!!アイオライト、助けてくれ!頼む!!」
半ば涙目で助けを乞うアレキサンドライトに呆れながら、仕方ないと言った表情でアイオライトはゆっくりと白猫に近付く。
眉間を寄せた大人が近付いてくるのを感じ、白猫が警戒から毛を逆立てている。
「お兄様、そんな怖い顔をしては逃げてしまいます。もっと笑顔で!」
妹から投げ掛けられた言葉に、アイオライトはできるかと抗議しそうになった。
が、振り返った先に手を握り締め、こちらを見守るアレキサンドライトの姿を見てやれやれと肩の力を抜く。
ぎこちない作り笑顔で腰を低くしてゆっくり、ゆっくりと近付いていく。
「怖くない、怖くない……私は怖くないぞ」
どこか呪文のように呟きながら白猫に近付いて行くアイオライト。
手の届く範囲まで近寄れ、ニコリと偽りの笑顔を向けると、鋭い爪が顔に走った。
「ぐあぁぁぁ!!!?」
思わず顔面を抑えて蹲る。
その隙に白猫は駒を咥え走り去ってしまった。
「お兄様、大丈夫ですか?」
ルーベライトが直様近寄り、掻かれた傷口を見てやると、白い肌に赤い筋が数本見事に走っていた。
ぷぷぷと態とらしい笑い声が聞こえ、顔を上げると、絵描き道具を持ったクオンタムが立っていた。
「見〜ちゃった♪楽しそうだね」
嫌な所を見られたと顔を顰める。
「貴様には関係ない」
「だよね〜君が笑顔でネコを捕まえようとして引っ掻かれたなんて、僕には関係ないもんね〜」
弱みを握ったとばかりに勝ち誇った笑みを浮かべるクオンタム。
そんな彼の両肩をアレキサンドライトが掴む。
「頼む、クオンタム!お前の力が必要なんだ!!」
その唯ならぬ気迫にクオンタムは顔を引き攣らせた。




