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綺石のクラウン  作者: もももか
第六章 『トパーズ』
58/145

XII

「遅いなぁ〜まだかな〜」

呑気にそうつぶやくルシファーの声に、ルーベライトはアレキサンドライトの顔を見上げる。

「……本当に、あの子が七国王ヘプタークなんですの?」

澄み渡る青空。

白と黒の石が敷き詰められた決闘場。

アレキサンドライトは真っ直ぐ、前方の扉が開かれるのを待っていた。

「本当に来るのかな〜?もう尻尾巻いて逃げちゃってたりして」

クツクツと笑うルシファーの言葉。

そうあってくれたらどんなにいいか。

ルーベライトの不安は消えない。

「まだあんな子どもなのに……」

「幼いとは言え、彼も一国の王子だ。国を背負い、誰かを想ってこのゲームに参戦した。私と同じ、王の血を引く七国王ヘプタークだ」

後ろでアレク様ってば手厳しい〜という声が聞こえたが、彼は気にせず続ける。

「私に出来るのは、そんな彼の気持ちに本気で応えること。手加減など、彼のプライドが許さないだろう」

「ですが……」

ルーベライトが言いかけた時だった。

前方の扉がゆっくりと開き、少年二人と死神の姿が見えた。

大きな羽帽子の少年。

トパーズだった。

アレキサンドライトは静かに歩み寄る。

見知らぬ深緑の瞳の男にシトリンは呟く。

「……誰?」

「サンドライト国王・アレキサンドライト様です」

後ろの死神の言葉。

西国同盟のサンドライト。

先日ラブラドライトを勝利で奪取した国。

戦で他国を、アラゴナイトを侵略しようとする国。

父が教えてくれた国名に、シトリンは顔を青くした。

トパーズは怯む事なく同じように歩み寄る。

互いに一定の距離まで来ると立ち止まり、相手を見据えた。

「サンドライトのアレキサンドライトだ」

「アラゴナイトのトパーズだ」

「本当にいいんだな?私は強いぞ?」

「バカにするな!本気でかかって来い!」

アレキサンドライトは一度目を閉じる。

一つ間を空け見開くと、携えた剣を鞘から抜いた。

自分の背丈程もある長い剣。

一歩だけ後ずさった。

だが、首を左右に振り、自分も両手に武器を構える。

ククリナイフとマインゴーシュ。

剣術はいつも城の先生に教えてもらっている。

この前も上手くなりましたねと褒めてくれた。

大丈夫。自分ならできる。

「始めようか」

剣を構えアレキサンドライトは言った。

「役者も揃った事だし、そろそろ始めっか!王様だ〜れだ?」

ルシファーの声にアレキサンドライトは踏み出す。

ひっと小さな悲鳴を上げ、トパーズは剣で鋼を受け止める。

しかし、力の差は比べるまでもなくバランスを崩して倒れてしまった。

「トパーズ!!」

シトリンの悲鳴が上がる。

震える足を叱咤して、トパーズは立ち上がると、叫びながら斬りかかる。

何度も何度もアレキサンドライトに斬りかかるが、それらを顔色変えずに全て鋼で受け止められる。

アレキサンドライトが身をかわすと、勢い余って前のめりに倒れてしまう。

「どうした?もう終わりか?」

肩で息をするトパーズ。

対するアレキサンドライトは呼吸も乱れず、涼しい顔をしたままだ。

それが悔しくてトパーズは歯を食いしばった。

「くっそぉ!」

力任せに斬りつけるが、アレキサンドライトに一つも当たらない。

『遊ばれている』そう形容するしかなかった。

「ねぇ、やめようよ……こんなの、やめさせてよ!ねぇ!」

シトリンは黙って見ているベルフェゴールに縋り付く。

「酷いよ!やめさせてよ!」

「酷いと仰られても、これがルールですので」

「こんなの、ゲームにならないじゃないか!」

「それを含めてロイヤルゲームです」

死神に言っても拉致が空かず、シトリンはアレキサンドライトに声を張った。

「お願いです!もうやめてください!!」

アレキサンドライトは耳を貸さず、トパーズとの交戦を続ける。

トパーズの何度目かの転倒に、シトリンは叫んだ。

「お願いだから、トパーズを傷つけないで!!」

その声を遮ったのはトパーズだった。

「うるさいぞシトリン!!」

「トパーズ……」

「今ここでゲームをやめたら、お前といれなくなるだろ!?」

「………!」

乱した息を整え、ゆっくり立ち上がる。

「……オレは西とか東とか、そんなのはどうだっていい。お前らが考えてる事なんてわかんないし、戦がしたければ勝手にすればいい……けどな、」

息を一つ吸い込み、アレキサンドライトに剣を向ける。

「父さんや母さんを悲しませる奴……オレとシトリンの仲を裂く奴を、オレは許さない!!」

蜂蜜色の瞳に、涙が溢れていた。

叫びながら繰り出される一撃。

アレキサンドライトは剣を大きく振る。

ククリナイフが、円を描きながら床を滑って行く。

「チェックメイトだ」

細い喉元に切っ先を向ける。

トパーズの瞳から、一粒の涙が流れた。

力が抜けて、膝から崩れるようにへたり込む。

悔しくて悔しくて、その思いが涙となって溢れてくる。

しゃくりあげるように泣いていると、駆けつけたシトリンがトパーズを守るように肩を抱いた。

「トパーズ、大丈夫?」

「……ちくしょう、負けた……!!ちくしょう……!!ちくしょう……!!」

小さな肩を震わせ、悔し涙を流す。

ロイヤルゲームの勝者は、敗者のピースを一つ、思うがままにできる。

シトリンは何も言わず、自分のピースをアレキサンドライトに差し出した。

「お願いです。これで許してください」

小さな小さな、黄色い歩兵ポーンピース

そのピースを持つ手は震えていた。

「ボクは何の取り柄もない子どもですが、どんな罰でも受けます。でも、彼だけは……トパーズだけは助けてください!お願いします!」

「シトリン……」

「お願いします!!」

血のような赤い髪。

見慣れない鋭い深緑の瞳。

向けられる剣。

全てが怖かったが、シトリンは震える声でアレキサンドライトに乞うた。

ゆっくり降ろされる剣。

差し出された歩兵ポーンピースに伸びる手。

泣いていたトパーズがシトリンを押しのけ、左手のマインゴーシュを無防備なアレキサンドライトに突き刺した。

それは本当に一瞬の事で、シトリンは驚いて目を見開く事しかできなかった。

トパーズの手元まで伝う赤い液体。

ポタリ、ポタリと玉になって床を汚す。

ルーベライトの悲鳴が上がる。

しかし、一番驚いていたのはトパーズだった。

震えながらも柄から手を離す。

ピースに伸ばされたアレキサンドライトの手は、寸の所で刃を受け止めていた。

鋭い刃を素手で受け止めたせいで、手が真っ赤に染まる。

トパーズが柄から手を離したのを見て、アレキサンドライトはマインゴーシュを放った。

付着した血が一緒に飛んで床を汚した。

深緑の瞳が自分を見下す。

その鋭い瞳が怖くて、息ができなくなる。

「い〜けないんだ〜いけないんだ〜!勝負が決まってから手を出すなんて反則だぞ〜!」

「坊ちゃん、おいたが過ぎますよ。こんな事をして、お相手が怒らないと思っているのですか?」

二人の不気味な死神の言葉が頭上から降って来る。

「ささ、アレク様!こ〜んな生意気なガキンチョ、ギャフンと言わせてやりましょう!お願い事はなんですか〜?」

ルシファーの言葉にアレキサンドライトは直ぐに答えなかった。

代わりに怯えて震える二人の少年の前に膝を折った。

剣から手を離し、シトリンのピースを持つ手を優しく包んだ。

「友を、大切に……」

先程トパーズ相手に剣を振っていた相手とは思えない程、優しい声だった。

「この先、色んな理由で君たちの友情が問われる場面が出てくるだろう。けれど、逃げずに……彼を支えてやって欲しい。不安で泣いてしまう時も、怖くて立ち止まってしまう時も、今みたいに無茶をしてしまう時も……彼の傍で、一番の存在でいてあげて欲しい」

ぽかんと開かれた口。

それが可愛くて笑いながら尋ねる。

「できるか?」

「……は、はい!」

シトリンのその返事を聞いて安心したのか、アレキサンドライトは剣を持って立ち上がる。

踵を返し、扉へ足を進める。

「え〜またそんなお願い事〜?せっかくアラゴナイトを手に入れるチャンスだったのに〜!最近のアレク様つまんなーい!」

死神の言葉にアレキサンドライトは耳を貸さなかった。

ルーベライトは二人の少年に一礼すると、アレキサンドライトの後を続き、そのまま扉の向こうへ消えた。

静まり返る決闘場。

シトリンは恐る恐る尋ねた。

「……終わったの?」

「えぇ。終わりましたよ。良かったですね、お相手が紳士な方で」

普通だったら頭と体がサヨナラしていた所ですとベルフェゴールは笑った。

「終わった……終わったんだ……!!良かったね、トパーズ!終わったんだよ!良かったね!!」

シトリンは泣きながらトパーズに抱きついた。

だが、トパーズは一人放心状態だった。

自分もシトリンも無事で、アラゴナイトも手を出されないだろう。

嬉しい反面、自分の手に付いたアレキサンドライトの血を見ると、悔しさも同時に込み上げてきた。

チェスも。ロイヤルゲームも。王としても。

何一つ、彼に勝てなかった。

嬉し涙を流すシトリンとは逆で、トパーズは悔しさでいっぱいで、羽帽子で顔を隠すように泣いた。

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