XII
「遅いなぁ〜まだかな〜」
呑気にそうつぶやくルシファーの声に、ルーベライトはアレキサンドライトの顔を見上げる。
「……本当に、あの子が七国王なんですの?」
澄み渡る青空。
白と黒の石が敷き詰められた決闘場。
アレキサンドライトは真っ直ぐ、前方の扉が開かれるのを待っていた。
「本当に来るのかな〜?もう尻尾巻いて逃げちゃってたりして」
クツクツと笑うルシファーの言葉。
そうあってくれたらどんなにいいか。
ルーベライトの不安は消えない。
「まだあんな子どもなのに……」
「幼いとは言え、彼も一国の王子だ。国を背負い、誰かを想ってこのゲームに参戦した。私と同じ、王の血を引く七国王だ」
後ろでアレク様ってば手厳しい〜という声が聞こえたが、彼は気にせず続ける。
「私に出来るのは、そんな彼の気持ちに本気で応えること。手加減など、彼のプライドが許さないだろう」
「ですが……」
ルーベライトが言いかけた時だった。
前方の扉がゆっくりと開き、少年二人と死神の姿が見えた。
大きな羽帽子の少年。
トパーズだった。
アレキサンドライトは静かに歩み寄る。
見知らぬ深緑の瞳の男にシトリンは呟く。
「……誰?」
「サンドライト国王・アレキサンドライト様です」
後ろの死神の言葉。
西国同盟のサンドライト。
先日ラブラドライトを勝利で奪取した国。
戦で他国を、アラゴナイトを侵略しようとする国。
父が教えてくれた国名に、シトリンは顔を青くした。
トパーズは怯む事なく同じように歩み寄る。
互いに一定の距離まで来ると立ち止まり、相手を見据えた。
「サンドライトのアレキサンドライトだ」
「アラゴナイトのトパーズだ」
「本当にいいんだな?私は強いぞ?」
「バカにするな!本気でかかって来い!」
アレキサンドライトは一度目を閉じる。
一つ間を空け見開くと、携えた剣を鞘から抜いた。
自分の背丈程もある長い剣。
一歩だけ後ずさった。
だが、首を左右に振り、自分も両手に武器を構える。
ククリナイフとマインゴーシュ。
剣術はいつも城の先生に教えてもらっている。
この前も上手くなりましたねと褒めてくれた。
大丈夫。自分ならできる。
「始めようか」
剣を構えアレキサンドライトは言った。
「役者も揃った事だし、そろそろ始めっか!王様だ〜れだ?」
ルシファーの声にアレキサンドライトは踏み出す。
ひっと小さな悲鳴を上げ、トパーズは剣で鋼を受け止める。
しかし、力の差は比べるまでもなくバランスを崩して倒れてしまった。
「トパーズ!!」
シトリンの悲鳴が上がる。
震える足を叱咤して、トパーズは立ち上がると、叫びながら斬りかかる。
何度も何度もアレキサンドライトに斬りかかるが、それらを顔色変えずに全て鋼で受け止められる。
アレキサンドライトが身をかわすと、勢い余って前のめりに倒れてしまう。
「どうした?もう終わりか?」
肩で息をするトパーズ。
対するアレキサンドライトは呼吸も乱れず、涼しい顔をしたままだ。
それが悔しくてトパーズは歯を食いしばった。
「くっそぉ!」
力任せに斬りつけるが、アレキサンドライトに一つも当たらない。
『遊ばれている』そう形容するしかなかった。
「ねぇ、やめようよ……こんなの、やめさせてよ!ねぇ!」
シトリンは黙って見ているベルフェゴールに縋り付く。
「酷いよ!やめさせてよ!」
「酷いと仰られても、これがルールですので」
「こんなの、ゲームにならないじゃないか!」
「それを含めてロイヤルゲームです」
死神に言っても拉致が空かず、シトリンはアレキサンドライトに声を張った。
「お願いです!もうやめてください!!」
アレキサンドライトは耳を貸さず、トパーズとの交戦を続ける。
トパーズの何度目かの転倒に、シトリンは叫んだ。
「お願いだから、トパーズを傷つけないで!!」
その声を遮ったのはトパーズだった。
「うるさいぞシトリン!!」
「トパーズ……」
「今ここでゲームをやめたら、お前といれなくなるだろ!?」
「………!」
乱した息を整え、ゆっくり立ち上がる。
「……オレは西とか東とか、そんなのはどうだっていい。お前らが考えてる事なんてわかんないし、戦がしたければ勝手にすればいい……けどな、」
息を一つ吸い込み、アレキサンドライトに剣を向ける。
「父さんや母さんを悲しませる奴……オレとシトリンの仲を裂く奴を、オレは許さない!!」
蜂蜜色の瞳に、涙が溢れていた。
叫びながら繰り出される一撃。
アレキサンドライトは剣を大きく振る。
ククリナイフが、円を描きながら床を滑って行く。
「チェックメイトだ」
細い喉元に切っ先を向ける。
トパーズの瞳から、一粒の涙が流れた。
力が抜けて、膝から崩れるようにへたり込む。
悔しくて悔しくて、その思いが涙となって溢れてくる。
しゃくりあげるように泣いていると、駆けつけたシトリンがトパーズを守るように肩を抱いた。
「トパーズ、大丈夫?」
「……ちくしょう、負けた……!!ちくしょう……!!ちくしょう……!!」
小さな肩を震わせ、悔し涙を流す。
ロイヤルゲームの勝者は、敗者の駒を一つ、思うがままにできる。
シトリンは何も言わず、自分の駒をアレキサンドライトに差し出した。
「お願いです。これで許してください」
小さな小さな、黄色い歩兵の駒。
その駒を持つ手は震えていた。
「ボクは何の取り柄もない子どもですが、どんな罰でも受けます。でも、彼だけは……トパーズだけは助けてください!お願いします!」
「シトリン……」
「お願いします!!」
血のような赤い髪。
見慣れない鋭い深緑の瞳。
向けられる剣。
全てが怖かったが、シトリンは震える声でアレキサンドライトに乞うた。
ゆっくり降ろされる剣。
差し出された歩兵の駒に伸びる手。
泣いていたトパーズがシトリンを押しのけ、左手のマインゴーシュを無防備なアレキサンドライトに突き刺した。
それは本当に一瞬の事で、シトリンは驚いて目を見開く事しかできなかった。
トパーズの手元まで伝う赤い液体。
ポタリ、ポタリと玉になって床を汚す。
ルーベライトの悲鳴が上がる。
しかし、一番驚いていたのはトパーズだった。
震えながらも柄から手を離す。
駒に伸ばされたアレキサンドライトの手は、寸の所で刃を受け止めていた。
鋭い刃を素手で受け止めたせいで、手が真っ赤に染まる。
トパーズが柄から手を離したのを見て、アレキサンドライトはマインゴーシュを放った。
付着した血が一緒に飛んで床を汚した。
深緑の瞳が自分を見下す。
その鋭い瞳が怖くて、息ができなくなる。
「い〜けないんだ〜いけないんだ〜!勝負が決まってから手を出すなんて反則だぞ〜!」
「坊ちゃん、おいたが過ぎますよ。こんな事をして、お相手が怒らないと思っているのですか?」
二人の不気味な死神の言葉が頭上から降って来る。
「ささ、アレク様!こ〜んな生意気なガキンチョ、ギャフンと言わせてやりましょう!お願い事はなんですか〜?」
ルシファーの言葉にアレキサンドライトは直ぐに答えなかった。
代わりに怯えて震える二人の少年の前に膝を折った。
剣から手を離し、シトリンの駒を持つ手を優しく包んだ。
「友を、大切に……」
先程トパーズ相手に剣を振っていた相手とは思えない程、優しい声だった。
「この先、色んな理由で君たちの友情が問われる場面が出てくるだろう。けれど、逃げずに……彼を支えてやって欲しい。不安で泣いてしまう時も、怖くて立ち止まってしまう時も、今みたいに無茶をしてしまう時も……彼の傍で、一番の存在でいてあげて欲しい」
ぽかんと開かれた口。
それが可愛くて笑いながら尋ねる。
「できるか?」
「……は、はい!」
シトリンのその返事を聞いて安心したのか、アレキサンドライトは剣を持って立ち上がる。
踵を返し、扉へ足を進める。
「え〜またそんなお願い事〜?せっかくアラゴナイトを手に入れるチャンスだったのに〜!最近のアレク様つまんなーい!」
死神の言葉にアレキサンドライトは耳を貸さなかった。
ルーベライトは二人の少年に一礼すると、アレキサンドライトの後を続き、そのまま扉の向こうへ消えた。
静まり返る決闘場。
シトリンは恐る恐る尋ねた。
「……終わったの?」
「えぇ。終わりましたよ。良かったですね、お相手が紳士な方で」
普通だったら頭と体がサヨナラしていた所ですとベルフェゴールは笑った。
「終わった……終わったんだ……!!良かったね、トパーズ!終わったんだよ!良かったね!!」
シトリンは泣きながらトパーズに抱きついた。
だが、トパーズは一人放心状態だった。
自分もシトリンも無事で、アラゴナイトも手を出されないだろう。
嬉しい反面、自分の手に付いたアレキサンドライトの血を見ると、悔しさも同時に込み上げてきた。
チェスも。ロイヤルゲームも。王としても。
何一つ、彼に勝てなかった。
嬉し涙を流すシトリンとは逆で、トパーズは悔しさでいっぱいで、羽帽子で顔を隠すように泣いた。




