XI
連れてこられたアラゴナイト城。
通された部屋のベッドに腰掛ける小さな背中。
「トパーズ!」
呼べば彼は体を跳ねさせて振り返った。
「……シトリン」
駆け寄って気付いた。
「どうしたの?その格好?」
利き腕に兵士が付けるような、彼の体に合わせて作られたガントレット。
腰には短い剣のようなナイフが二本。
「誰かと戦うの?」
彼は答えなかった。
「遅くなって申し訳ありません、坊ちゃん。さ、参りましょうか」
ベルフェゴールはそう言うと、部屋の鍵穴に黒い鍵を差し込んだ。
ガチャリと音がして扉を開くと、薄暗い階段が見えた。
「……ベルフェゴール」
「何でしょう、坊ちゃん」
「……何処に行くんだ?」
「決闘場です」
「……ゲームをするだけならオレの部屋でも出来る」
「いいえ。ゲームをするにはこの部屋では狭すぎます。さ、どうぞ」
「ねぇ、どういう事?なんでトパーズが剣を持ってるの?この階段、何処に繋がってるの?」
死神は何も言わなかった。
トパーズは意を決して階段をゆっくり降りて行く。
「ま、待ってよトパーズ!」
暗い螺旋階段をトパーズの後に続いて降りる。
光の見えない、長く長く続く階段。
不安になって一度後ろを振り返ると、青い炎を持ったベルフェゴールが笑っていた。
「もう少しです。さ、立ち止まらず進んでください」
しばらく行くと、一つの大きな扉が見えた。
「そこにお二人の駒をはめ込んでください。鍵が開き、扉を開くとゲームが終わるまで戻ってこれません。心の準備が出来てから開けてくださいね」
トパーズはシトリンを見た。
「……なんで」
「え?」
「……なんで、来たんだよ?怖かったんじゃなかったのか?」
「なんでって……勝手に連れて来られたんだよ」
「そっか……ごめんな。オレのせいで」
小さくて弱々しい声だったが、トパーズは確かにそう言った。
「ねぇ、どうしたの?どうしてトパーズ、剣を持ってるの?」
「……わからない」
「わからないじゃわからないよ」
「……ベルフェゴールが、持って来ないと勝負にならないって……」
トパーズの体は震えていた。
蜂蜜色の瞳が、見えない恐怖に揺れている。
ここにいては駄目だ。
直感的に彼の手を取り、後ろの階段を戻ろうとした。
後一歩の所で死神が立ちふさがった。
「何処へ行かれるんですか?扉はそちらですよ」
「帰るんだよ。退いてよ」
「それは出来ません」
「退けよ!」
シトリンの声にトパーズは驚いた。
「ゲームを放棄した時点で坊ちゃんの負けになります。それでも良いのですか?」
「ゲームゲームって何なんだよ、さっきから!わからないのに出来るわけないだろ!?」
クスクスと笑う死神。
「ロイヤルゲーム……七国王同士の『決闘』です」
「決闘……?」
「はい。国と威信を掛けた王様たちの決闘ゲーム……それがロイヤルゲームです。決闘相手の七国王を殺すか降伏させるか、ゲーム続行不能にすれば勝ち。勝者は敗者を思うがまま。敗者は……ご想像にお任せします」
「お前、チェスって言ったじゃないか!」
「坊ちゃん、早とちりはいけません。私は『チェスみたいなもの』と言っただけです。もっとイマジネーションを働かせてください」
「ボクたちを騙してたのか!?」
「騙すだなんて人聞きの悪い。私は貴方方と契約しただけです。参戦したかったのでしょう?血で血を洗うロイヤルゲームに……」
不気味に口角を上げるベルフェゴール。
シトリンはトパーズの手を引き、他に帰れる道はないかと辺りを探る。
「シトリン……」
「待っててトパーズ、何処かに逃げ道があるかもしれない!」
「………」
「こういうのって、大抵何処かに隠し通路があるはずなんだ!何かのブロックを押したら抜け道があったりとか……!!」
そんなもの何処にもありませんよと笑うベルフェゴールに耳を貸さず、シトリンは壁を探り続ける。
「シトリン、もういいよ……」
「大丈夫、絶対帰れるから!!」
トパーズの手を引きながら、シトリンは隈なく壁を探り続ける。
「ずっとそうしているのも構いませんが、六時間以内に扉を開かなければ戦意放棄とみなし坊ちゃんの負けになります」
「うるさい!」
トパーズはシトリンの顔を見る。
必死にここから逃げ出そうと同じような壁を探り続ける。
硬い石に手が当たって、爪がボロボロになっている。
きっと痛いだろう。
それでも必死に壁を探っている。
自分のために。
「ベルフェゴール……」
トパーズが死神の名を呼ぶ。
「何でしょう、坊ちゃん」
「……お願いだ。シトリンだけでも、返してあげてくれないか」
シトリンの手が止まった。
「ゲームのルールを知らずにオレが巻き込んだんだ。ロイヤルゲームって王様のゲームなんだろ?シトリンは王様じゃない」
「……何言ってるの、トパーズ?」
「全部オレが言い出したことなんだ。シトリンはオレに逆らえないから言う事聞くしかなかったんだ。だからお願いだ。シトリンだけでも、ここから返して……」
ベルフェゴールは黙って聞いていたが、少し考える素振りをして言う。
「理由はどうあれ、生贄の契約をしてしまった以上、どうにもなりませんね。申し訳ありませんが諦めてください」
「そんな……!」
シトリンは握った拳をそのままトパーズの頬に向け殴った。
反動でバランスを崩し、尻餅を付く。
驚いて、シトリンの方を見上げた。
「勝手な事言うな!」
「………!」
「何が自分から言い出しただよ!嘘つき!そんな事して、ボクが喜ぶと思ってるのか!?」
「……それは、」
「ボクもゲームに参戦するって!二人ならなんとかなるって約束したじゃないか!『一生の約束』、忘れたのか!?」
「わ、忘れてない!忘れてないけどしょうがないだろ!?」
「何が言う事聞くしかなかっただだよ……!ボクたち、友達じゃないか……!!」
シトリンの瞳から雫が落ちた。
「……ごめん」
シトリンは流れる涙を拭うのでいっぱいいっぱいになっていた。
爪が欠けてボロボロになった手が、自分を殴ったせいで赤くなっている。
ゆっくり立ち上がって、よしよしと頭を撫でてやる。
「本当にごめん。もう泣くな」
「だって……!」
「……お前に殴られて目が覚めた。後はオレに任せろ」
「トパーズ……!」
「オレはアラゴナイトの王子だ。こんな事で逃げてたまるか」
怖いの?とからかうといつも返ってくる、彼の決まり文句。
頼もしい、いつもの自信に溢れた彼の顔があった。
「危ないよ!決闘って殺し合いだよ!?」
「わかってる」
「わかってないよ!」
トパーズは自分の『怠惰』駒を溝に差し込んだ。
「オレは負けない。オレはアラゴナイト王子・トパーズだ!」
二人のやり取りを後ろで見ていたベルフェゴールは、決心が固まったみたいで何よりですと笑っていた。
シトリンも意を決し、恐々と自分の小さな駒を溝に差し込む。
鍵が開く音がした。
トパーズがその扉を開けようとするが、子ども一人の力では重く中々動かなかった。
扉を押すトパーズの手に並い、シトリンも一緒になって扉を押す。
「二人ならなんとかなるよ」
笑って言う彼に、トパーズは力強く頷いた。




