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綺石のクラウン  作者: もももか
第六章 『トパーズ』
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翌朝。

眠い目を擦りながら部屋から出る。

階段を降りると、食卓に珍しい人物がいて、シトリンは驚いた。

「お、おはよう……父さん」

父は一度顔を上げると、また新聞に視線を戻した。

いつもと同じ、政治と世界情勢の記事が書かれた新聞だった。

「顔を洗ってきなさい。朝ご飯にしよう」

言われた通り顔を洗い、久しぶりに家族三人で食卓を囲む。

シトリンは父が苦手だった。

厳格な所もそうだが、ここ数年は革命家としてアラゴナイトの街で武器を取ろうと演説して回っている。

賛同者が家に上がり食事会をする事もあったが、その度に二階の自室に籠った。

戦の話をしている父が、どうしても好きになれなかったからだ。

トーストにマーマレードジャムを塗っている時、父が話しかけてきた。

「今日は学校は休みか?」

「……うん」

「成績はどうなんだ」

「先生からは優秀だと聞いています。今日もお部屋でお勉強するんですって」

ね?と母に言われたが、正直生きた心地がしなかった。

『お勉強』は遊びに行く口実だった。

集中したいから部屋に来ないでと言えば母は部屋に入ってこない。

その隙に毎日彼と遊んでいた。

しかし、それはもう必要ない嘘だった。

「この子、お医者様になりたいんですって。この前も薬学の本が欲しいって本屋さんに無理を言って取り寄せてもらったの」

「医者か……医者もいいが、お前ももっと世界の情勢を学ばねばならん。今世界は二つに分断され、アラゴナイトはどちらに付くか迫られている」

その話はもう何十回と聞いた。

終戦に向けて皆が戦っている中、アラゴナイトだけ中立だと参戦しない事。

王族が民衆の話を聞かず、力で押さえつけようとしている事。

その圧力に屈してはいけない事。

王権に頼らず、民権が尊重されるべきだという事。

正直、自分にはどうでもいい話だった。

どうでもいいとは語弊があるが、少なくとも友達の彼は自分たち一般庶民を下に見てる事なんてこれっぽっちもない。

直接王様たちから聞いたわけじゃない話を義戦だと言って騒ぐ気にはなれなかった。

早々に食事を終わらせて父は席を立った。

「もういいのですか?」

「あぁ。今日は南の支部との連絡会だから遅くなる」

食べるのが遅い自分は、まだ口に残るトーストを咀嚼していた。

ジャムを塗ったはずなのに、味がしない。

「シトリン、お前ももう良い年だ。勉強もいい事だが、国の未来にも目を向けろ」

「……はい」

結局、朝ごはんは残してしまった。

父が家を出てからは、部屋に戻って参考書を開いた。

ノートは何時まで経っても真っ白のままだった。

ため息を吐いて、本棚から一冊の本を取る。

先日母に無理を言って買ってもらった薬学の本だ。

同じ単語を何度も練習するより、人を助ける薬草、薬の煎じ方を読んでいる方が面白いと思った。

「シトリンは将来何になりたいんだ?」

ある日彼は自分に尋ねた。

「どうしたの?急に?」

「いや、だってさ。お前毎日学校行ってるんだろ?」

「トパーズだってお城で勉強してるんじゃないの?」

「オレは無理矢理やらされてるの。王様になった時にバカだったら困るからって。ま、面白くないからいつも抜け出してるんだけどな」

「確かにバカな王様は嫌かも」

「笑うなー!」

「ごめんごめん。ボクはねぇ、お医者さんかな?」

「医者!?なんで!?」

「なんでって……昔ね、酷い風邪を引いた時にお医者さんが助けてくれたんだ。苦しかった熱も、止まらなかった咳も、お医者さんがくれた薬で治ったんだ。それが魔法みたいですごいなって思って……お医者さんは怪我人も手当できるし、ボクみたいに病気にかかった人も治してくれる。そんな人に、ボクもなりたいなって……」

「そっか。いいよな〜シトリンは。オレはもう王様になるしかないもん。きっと毎日つまんないんだろうな〜。やんなっちゃうよ」

「普通逆だと思うんだけど……でも、バカな王様だとみんなが大変だから、賢い王様になってね」

「じゃあお前も良い医者になれよ!オレが病気になった時、苦い薬飲まなくていいよう甘いシロップみたいな薬作ってくれよな!」

あれから勉強して、薬は苦いもの程良く効くのだと教えたら、彼はすごく嫌そうな顔をしていた。

それを思い出して笑っていると、一階から母が呼ぶ声がした。

おやつの時間だそうだ。

もうそんな時間なのかと階段を降りると、甘い匂いが鼻を擽った。

パンケーキだ。

彼と自分の大好物。

「お勉強、捗ってる?」

「……うん。まぁまぁ」

向かいに座った母は笑顔で自分が食べるのを眺めている。

朝ごはんも残したからお腹が空いているはずなのに、何故か食欲がない。

たっぷりメープルシロップをかけてくれたのに、味がしない。

いつもならペロリと完食するのに、半分も残してしまった。

驚いて心配する母に、申し訳ない事をしたと思った。

「集中しすぎも良くないし、少し散歩でもしてきたら?」

そう言われて街を歩いた。

だけど一人だと何処へ行けばいいのか全くわからなかった。

見慣れた街のはずなのに、知らない場所のように思えた。

街を流れる運河を見る。

橋から次に来るカヌーは何色か当て合いをした事を思い出した。

一度も当たったためしがなかったけど、外れる度にお互い腹を抱えて笑った。

そう言えば、最後に彼と声を出して笑い合ったのはいつだったろう。

外にいても楽しくなくて、直ぐに家に戻った。

夕食も残してしまった。

流石に異変に気付いたのか、母が額に手を当てる。

「熱はないわね。お腹でも痛いの?」

季節の変わり目によく体調を崩していたから、今回もそうなのかと心配された。

なんだか返事も返す気力もなくて、ただ首を横に振った。

「もう今日はお休みなさい。明日も調子が悪かったら先生に見てもらいましょう」

体を温めるため冬物のパジャマを渡されたが、それに袖を通さずベッドに横になった。

暗くなった部屋の天井をぼーっと見つめる。

遠くで街の鐘が鳴るのが聞こえた。

城門と街の外門が閉まる時間。

今日も父は帰らなかった。

何時もの事だからもう慣れていたけど、やはり寂しいなと思った。

鐘が鳴る時間になると、起きていたいのに寝なさいと怒られると彼が言っていた。

今日も駄々をこねているのかと窓から見えるアラゴナイト城を見た。

あの屋上で、死神の儀式をしようと持ちかけたのは自分だった。

彼がこの数ヶ月、ずっと元気がなかったから。

理由を聞けば、自分と離れ離れになるかもしれないのが嫌だと泣いていた。

いつもはどちらかと言うと泣き虫の自分がえんえんと泣いて、彼がよしよしと慰める役だったのに。

慣れない慰め役は、気の利いた言葉すらかけてやれなかった。

自分も彼と会えなくなるのは嫌だった。

初めて出来た友達だったから。

だから街で一番大きな図書館に行き、何か良い方法はないかと探し回った。

魔法でもおまじないでもなんでも良い。

彼が泣かないで済む方法、自分たちがずっと友達でいれる方法を探した。

行き着いたのは『魔術』の棚にあった本。

『死神の儀式』と題されたそれを、古文に詳しい学校の先生に訳してもらった。

月の出た夜に召喚陣を書き、捧げ物として酒と動物の干物を用意して呪文を唱えること。

王家の血を引く者なら七国王ヘプタークの契約ができること。

王家の血を引かない者でも犠牲の駒として生贄サクリファイスの契約ができること。

七国王ヘプターク生贄サクリファイスはロイヤルゲームに参戦できて、ゲームに勝てば相手のピースを一つ思うがままにできること。

全ての七国王ヘプタークを倒した時、全ての願いが叶う秘宝『ロイヤルクラウン』が手に入ること。

先生はよく出来たおとぎ話だと笑っていたが、これしかないと自分は思った。

すぐに彼に教えた。

これならもう誰も戦わなくていいよ。

ボクもゲームに参戦するよ。

二人ならなんとかなるよ。

一生の約束。

トパーズの叶えたい願いもなんでも叶うよと言えば、彼は顔をクシャクシャにしてやっと笑ってくれた。

死神の儀式をするため、もっとその話について詳しくなろうと思った。

連日図書館に通い、関連書を借りては、先生にまたかと嫌な顔をされながらもお願いして訳してもらった。

知識が増えていくにつれ、だんだんと不安になってきた。

ゲームって何をするんだろう。

負けた王様はどうなってしまうんだろう。

こんな便利なゲームがあるのに、どうして誰も知らないんだろう。

不安で怖くなってきた自分に対し、彼はやる気でいた。

ゲームなら誰にも負けないと。

せっかく戻った笑顔が消えてしまうのが怖くて何も言い出せなかった。

自分が何とかするのだと意気込む彼と、日に日に不安が募り怖くなって行く自分。

いくつものズレが重なって、昨日、彼と喧嘩してしまった。

気の利かない自分は、彼を泣かせてしまうばかりか怒らせてしまった。

縋る思いで呼び出した死神に、彼を取られてしまった。

罰が当たったんだと思った。

自分で解決しなければいけない話なのに、よりにもよって死神に頼ってしまった。

自分から言っておいてやめようなんて、誰だって怒るに決まっている。

弱くてズルい人間。そんな人間、誰だって嫌いになる。

だから彼は怒ってしまったのだ。

ごめんねって言えたら良かったのに。

でも、もう遅いのかもしれない。

このまま会えなくて、敵同士になってしまったらどうしよう。

父さんが彼を殺めてしまう事になったらどうしよう。

怖くて怖くて震えが止まらなくなった。

どうしてこうなってしまったんだろう。

手元にある黄色のピースを見つめる。

契約の末、自分の奇石きせきが姿を変えた歩兵ポーンピース

このピースみたいに、自分なんて石になってしまえばいいのに。

「……神様、……弱いボクで……ズルいボクで、ごめんなさい……!!」

自分でもどうしたらいいのかわからず、溢れるまま涙を流した時だった。

懺悔ざんげの時間にはまだ早いですよ」

窓辺に現れた黒い影。

自分たちが呼び出した怠惰の死神・ベルフェゴールだった。

驚いて悲鳴を上げた。

「神様じゃなくてすいません。死神はお嫌いですか?」

「な、何しに来たんだよ!?」

「お迎えに上がりました。思った以上にスケジュールに空きがなくてキャスリングは今からになります。ご了承ください」

「キャスリング?」

「はい。ロイヤルゲームの始まりです」

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