IX
先に帰るのは悪いからとしばらく一緒にいた彼女たちだが、夜も遅くなってきたため、迎えに来たセラフィナイトに宿に送らせた。
いつまでも食堂にいても迷惑だろうと、場所をトパーズの部屋に移しても二人のチェスは続いた。
テーブルランプのオレンジ色の光が揺れる。
終わるまでそこにいろと言われたアイオライトは早く宿に帰って休みたかったが、二人のゲームがいつまで経っても終わる気配がないので、ソファで休んでいる内にいつの間にか本格的に眠ってしまった。
借りた自分の肩掛けをアイオライトに掛けてやる。
席に戻ったアレキサンドライトは中断して悪かったとゲームを再開させるが、いつまで経ってもトパーズが駒を動かさないのに疑問を持ち顔を上げた。
「……何で肩掛け、貸してあげるんだ?」
「春とは言え、薄着で寝ていると風邪を引くからな」
「そうじゃなくて。アイツ、お前の下僕なんだろ?」
言われて思わず吹き出してしまった。
「そんな言葉、何処で覚えて来たんだ?」
「何処って……」
ちらりと隣に座るクマのぬいぐるみを見つめた。
「アイオライトは『友達』だ。下僕だなんて思ったことないよ」
「友達……」
「君にも友達がいるんだろう?下僕と思っているのか?」
「そんなわけないだろ!」
「それと同じだよ」
余程疲れていたのか、ピクリとも動かず眠るアイオライトを見る。
「彼は今お父さんが倒れて、代わりに二人分の仕事をしているんだ。人に頼めばいい事も、不器用だから全部一人で抱え込んでいる。アラゴナイトに来るのも、私の国より遠くて時間を掛けて来ている。休ませてあげてくれ」
「………」
「……少し休憩しようか」
給仕が気を使って置いてくれたグラスに水を注いでトパーズに渡してやる。
こくりこくりと細い喉が動いて、すぐに空になったそれにもう一度水を注いでやる。
自分のグラスにも注いで喉を潤した。
「……お前は、戦がしたいんじゃないのか?」
トパーズの質問にアレキサンドライトはグラスを置いた。
「信じてもらえないかもしれないが……本当は、したくない。君のお父さんと同じ意見だよ」
「じゃあなんでやめないんだ?本当はアラゴナイトも巻き込もうとしてるんだろ?だから今日の式も良い顔しにわざわざ来たんだろ?」
自分の行動は小さな子どもにそう映っていたのかと思うと、アレキサンドライトは怒れなかった。
反対に申し訳ない気持ちになって、真っ直ぐ彼に向き直った。
「私がもっと賢くて偉かったら、早く戦を終わらせる事ができたのにな。君の国にも迷惑などかけなかったろうに。本当に悪いと思っている。君のお父さんは偉い人だ。誰にも流されることなく、正しい事を貫くのは難しい事なんだ。私にはそれができなかった。だから、こうして戦うことしかできないんだ……」
それはどこか、自分に言い聞かせた言葉だったのかもしれない。
「お前って、ダメなんだな」
あまりにもトパーズがあっけらかんと言ったので、アレキサンドライトも笑いながら答える。
「そうだな、私はダメだな」
ひとしきり二人で笑った所で、アレキサンドライトは席を立った。
肩掛けをアイオライトに貸したため、体が冷えてきた。
代わりの肩掛けを借りてくると、アイオライトを起こさぬよう静かに部屋を出て行った。
トパーズは隣に座るベルフェゴールを抱き寄せる。
「ベルフェゴール……アイツ、本当に七国王なのか?」
「坊ちゃん、相手の策略にハマっていますよ。しっかりしてください」
「オレには、アイツが悪い奴のように見えないよ」
「七国王としてゲームを制するにはずる賢さも必要です。彼は坊ちゃんを欺いています。気を付けてください。もうゲームは始まっていますよ」
トパーズはチェスボードを見た。
自分の部屋で続きをしてからも彼に一度も勝てなかった。
悔しい思いをしていると、自分の間違った駒の動かし方を教えてくれた。
この時にナイトを動かせば逃げれる、ビショップの動きをちゃんと見て、クイーンばかりに頼ってはいけないなど、的確でわかりやすいものだった。
本当に彼が七国王でアラゴナイトを狙っているのなら、こんな事を教えてくれるだろうか。
「さ、本番のロイヤルゲームに備えて相手の手の内を読みましょう!坊ちゃん、頑張って!」
「うー、ん……でも、眠たいよ……」
目をコシコシと擦る。
「ダメです坊ちゃん!寝てしまっては相手の思うツボです!」
「えー……もう眠いよ……」
いつもならもう寝ている時間だ。
向かいのソファで眠るアイオライトを見ていたら、自分も眠たくなってきてしまった。
自然と降りてくる瞼に任せて、蜂蜜色の瞳を閉じた。
自分とトパーズ、アイオライトにもと数枚借りてきた毛布を抱え戻ってきたアレキサンドライト。
テーブルに突っ伏して眠るトパーズを見て自然と笑みがこぼれた。
一旦毛布を置いて、起こさないようにその小さな体を抱える。
床に落ちていたクマのぬいぐるみも一緒に抱え、隣の寝室まで運ぶ。
途中、何かが床に落ちた音がした。
拾うに拾えないため、先にトパーズをベッドに寝かせる。
靴と帽子を脱がし、シーツを掛ける。
隣にクマのぬいぐるみを置いてやると、柔らかい毛が心地良いのか寝返りをうって抱きついた。
それを見届け、先程の落し物を探しに元来た道を戻る。
カーペットに駒が落ちていた。
遊んでいたチェスのものかと手に取ったが、色が違う。
黄色の熊の形。
七国王の駒だった。
目を疑った。
まさか、こんな子どもが。
その時、後ろで声がした。
「うー、ん……おしっこ……」
起き上がったトパーズと目が合った。
アレキサンドライトの手に握られている駒を見て、トパーズは目の色を変えた。
「返せ!何するんだ!!」
ベッドから飛び降り、アレキサンドライトの手からそれを奪い返す。
「気を付けてください坊ちゃん!彼、坊ちゃんが眠っている隙に駒に手を出していましたよ!」
ベッドで飛び跳ねる黒いクマのぬいぐるみ。
ぬいぐるみが喋って動いているのにアレキサンドライトは驚いたが、トパーズが持つ駒で直ぐに合点がいった。
「貴様、死神か!?」
「えぇ、そうですよ。ベルフェゴールと申します。以後お見知りおきを」
ぬいぐるみは丁寧に一礼した。
「こんな子どもまで巻き込んで何を企んでいる!?」
「お前こそ見損なったぞ!信じようと思ってたのに!」
先程まで笑っていた目が鋭く自分に向けられている。
「優しくしてくれたのも、オレを油断させるためだったんだろ!?汚い奴め!やっぱりお前もアイツらと一緒だ!!」
「アイツら?」
「笑いながら父さんに近付いて戦をさせようとする連中と同じだ!西も東も、お前らさえいなければこんな事にならなかったのに!!」
ベッドにあった枕を勢い良く投げつける。
騒ぎのせいで目が覚めてしまったのか、様子を伺いに来たアイオライトの顔面にそれは見事に命中した。
「痛いのだよ!小僧、何をする!?」
「小僧って言うな!!どいつもこいつもオレをバカにして!!」
「落ち着けトパーズ、誤解だ。駒に手を掛けたんじゃない、落ちていたのを拾っただけだ。君が七国王だなんて知らなかったんだ」
アレキサンドライトから出た言葉に、アイオライトも耳を疑った。
「そんな話信じられるか!大人はみんな嘘つきだ!!」
トパーズは持っていた駒をアレキサンドライトに向ける。
「お前の卑怯な手口はわかった!続きはロイヤルゲームで決める!!」
アレキサンドライトは驚愕した。
隣のアイオライトも声を大にして問いかける。
「小僧、それがどういう意味かわかって言っているのか!?」
「小僧じゃない!オレは七国王のトパーズだ!!」
ベルフェゴールは窓を開け、トコトコとベランダに出る。
そこには月を背にした死神・ルシファーの姿もあった。
「おっけーおっけー!ルシファー聞いたよー」
「同じくベルフェゴール。確かに聞き届けました」
丁寧に一礼するぬいぐるみのベルフェゴール。
そのベルフェゴールを抱えて、モコモコの手でバイバイと振るとルシファーたちはベランダから飛び降りた。
「待て!」
アイオライトが急いでベランダに出たが、二人の死神の姿は既に消えていた。
「オレは負けない!手加減はなしだ!本気でかかってこい!!」
「……わかった。この勝負、受けてたとう」
七国王のトパーズとアレキサンドライト。
彼らの戦いが始まろうとしていた。




