V
すっかり顔を赤くしたラピスラズリが出迎えた自分の馬車に乗り込もうとしたのは少し後のことだった。
装飾が施された室内を覗き込むと、そこにいるはずのない人物を見て一気に酔いが醒めた。
「ルーべライト!?お前が何故ここに?」
「お父様、飲み過ぎですわ。お体に触りますとあれ程申していますのに」
待ちくたびれたと言うように不機嫌な声音でルーべライトは言った。
今ひとつ状況が掴めないラピスラズリだったが、早く扉を閉めて下さいと言われ慌てて馬車に乗り込んだ。
「何故お前がここにいる?城の者はどうした?」
「誰にも申さず参りました」
「何!?心配するであろう?何を考えておる!?」
ラピスラズリは急いで別の馬車を寄越してもらおうとしたが、その腕をルーべライトが掴んだ。
出して下さいと運転手に言いつけ、そのまま馬車は動き出した。
「フローライト王と『ゲーム』をなさるのでしょう?私も参ります」
『ゲーム』という単語を聞き、ラピスラズリの表情が凍りつく。
「……お前、知っているのか?」
「はい」
「ならん。お前は次の街で降ろす。そのままラズライトに帰れ」
「何故です?」
「これは遊びではない。国と命が掛かっておる」
「わかっています。尚更お父様一人で行かせるわけにはまいりません」
「ルーべ!ワシの言うことが聞けないのか!?」
馬車が動き出してからずっとサンドライトの街並みを見ていたルーべライトだったが、やっとラピスラズリに顔を向けた。
「私もラズライトの王女です。お父様が国と民を思うように、私もそれらを守る義務があります。私も共に戦います」
「正気か?」
「戯のように聞こえますか?」
真っ直ぐで迷いのない薔薇色の瞳。
ルーべライトは続ける。
「『ゲーム』のことは以前から知っていました。今宵、サンドライトのパーティーに参加した後、お父様が一人『ゲーム』に参戦されることも」
「誰から聞いた?」
「アイオライトお兄様から」
息子の名が上がり、彼奴めとごちる。
「お兄様は関係ありません。ここに来たのは私の意志です。全て私が決めたことです」
自分の手の甲の奇石を見つめ、ルーべライトは言い聞かせるように呟く。
「この乱世を鎮められる唯一の希望……私の力で国を守れるなら、民が傷つかず争わずに済むのなら……この命、お掛けしますわ」
脳裏に浮かんだアレキサンドライトの言葉を思い出し、ルーべライトは決意する。
「死神、そこにいるのでしょう。契約しましょう」
途端、馬車の中に黒い霧が立ち込める。
何処からともなく現れる黒い影と声。
「これはこれは。美しい姫君。我をお呼びで?」
不気味でどこか冷たい声音にルーベライトは答える。
「私の奇石を駒に変えて。『ゲーム』に参戦します」
ラピスラズリは声を張り上げる。
「やめろルーべ!そんなことをしたらお前は……!」
しかし、ルーべライトは父の言葉に耳を貸さず、黒い影と真っ直ぐに向き合う。
「いいのか?契約したら最後、奇石は元に戻せない。お前の運命も大きく変わる。幸せだった今日も、苦しみの明日へと変わるやもしれぬ」
「構わないわ」
ルーべライトは右手を差し出す。
薔薇色の奇石が黒い霧に呑まれるのを最後に、それはティアラが模られた駒へと姿を変えた。