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綺石のクラウン  作者: もももか
第一章 『アレキサンドライト』
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IV

久々に飲んだラズライト産の葡萄酒はサンドライト産のそれよりも度数がきつかったようだ。

アレキサンドライトは酒に弱い方ではなかったが、酒豪と謳われるラピスラズリのペースに合わせていたら何時もよりも早く酔いが回ってしまった。

パーティー会場にはまだ多くの客人たちが歌やダンス、食事や談笑を楽しんでいる。

夜風で酔いを醒まそうとアレキサンドライトは一人庭園に出た。

春が近いこの時期でも肌寒い夜風だったが、ほんのりと朱を挿す火照った身体には丁度心地良かった。

夜空を見上げれば満月に近い月。澄んだ夜空に幾つもの一等星が瞬いていた。

会場から流れてくるオーケストラの音色。

夜をゆっくりと流れていく黒い雲を眺めては、思い出されるラブラドライト王の最後の言葉。

国々が西と東で別れた頃から、ラブラドライトとサンドライトの間では戦が繰り広げられてきた。

幾度も籠城戦を重ねてきたが、『軍神』の名を欲しいままにしてきた父が先に討たれた。

最後の最後まで騎士として、王として、サンドライトの繁栄のために戦い抜いた父を誇りに思うが、他国を力で侵略していく様を幼い頃から間近で見ていて恐怖心を抱いていたのも事実だった。

即位して三年。父も成し遂げれなかったラブラドライトを攻略したアレキサンドライトの評価は多くの諸侯に知れ渡っただろう。

そうすれば、また東の国々と戦になる。

終わりの見えない、長い戦い。

敵兵を斬り、同胞が斬られる争い。

『貴様らは永遠に『奇石きせきの呪縛』から開放されぬ!!一生呪いに苦しむがいい!!』

奇石きせきがある腕を撫でながら何度も思い出される言葉。

「人の『罪』は、まだ消えない……」

そう無意識に呟いた時だった。

庭園に誰かを呼ぶ女性の声が聞こえた。

「姫様ー!どちらにいらっしゃいますのー?姫様ー!」

付き人かメイドか、しきりに主である姫を呼んでいる。

アレキサンドライトは周りを見渡したが警護を任された兵達が近くに見当たらなかった。

何かあったらどうするのだと今後の城内配備についてセラフィナイトに物申そうと思案しながら、アレキサンドライトは付き人の女性に声を掛けた。

「夫人、いかがなさいましたか?」

暗がりの中突然声を掛けられ、一瞬驚いていた様子だったが少し迷った後女性はアレキサンドライトに言う。

「お時間ですのでお呼びに参りましたのですが、姫様のお姿が見えないのです」

女性は暗いせいもあるのか、アレキサンドライトの事がわかっていないようだった。

アレキサンドライト自身も始めて見る顔の女性に、どこの姫君の付き人だろうかと考えを巡らせていた。

「客人より城の者が探した方がいい。私も探しましょう。失礼ですが姫君のお名前は?」

「ラズライト国の王女・ルーべライト様です。髪色は金色で、本日は薔薇色のドレスをお召しになっています」

「ラズライト?」

ラズライト国の王女と聞いてアレキサンドライトは疑問を抱いた。

先程一緒に酒を飲み交わしたラピスラズリには一人息子しかいなかったはずだ。

覚えのない人物の詳細を聞こうとしたが、

「ありがとうございます。私はもう一度向こうを見て参りますので」

そう言うなり女性は主の名前を呼びながらもと来た方へ小走りで行ってしまった。

大事な事を聞きそびれてしまったアレキサンドライトだったが、客人にもしもの事があったら一大事だと城内を見て回った。

戦に勝利し、故郷のサンドライトに戻ったばかりからか、あちこちで仲間と酒を飲み交わしている兵を見かける。

長い緊張感から開放された兵たちの楽しそうな顔を見ると、なんだか声をかけるのが偲びなく思えた。

月光に照らされた城内を見回って行くと、城に併設された小さな教会から明かりが漏れているのに気付いた。

ここは騎兵団の中で信仰がある者と、サンドライトの政をアレキサンドライトと共に担う元老院の教祖たちが使用するために建てられた教会だった。

今は皆パーティー会場にいるはずで、それ以前にこの時間に明かりが漏れている事はあまりない。

アレキサンドライトは教会の扉をそっと開くと中を覗き見た。

幾つものキャンドルが、教会の中を明るく優しい光で照らす。

小さいながらも細工が細やかな色ガラスで作られたステンドグラスは、月光を透かし鮮やかな影を落とす。

同盟国のラズライトから伝わった女神像の前に、ドレスを着た女性が祈りを捧げていた。

後ろ姿だけ見えたが、先ほどの女性が言っていた金色の髪色と薔薇色のドレスで、自分が探していた人物だと確信した。

音を立てて扉を開く。

背後の気配から女性が振り向いた。

金色の長くて綺麗な巻き髪、大理石のような白い肌、花のように色づく頬にふっくらとした唇。

何より美しい、薔薇色の瞳。

本物の女神がそこにいた。

「ごめんなさい。お邪魔でしたか?」

美しく愛らしい声音。

微笑みながらこちらを伺う姿は、昔聞かされたおとぎ話の姫のようだと思った。

はっと我に返り、アレキサンドライトは自分が女神に見とれていた事に気付いた。

「いえ、こちらこそ。驚かせてしまったようで」

「少し考え事をしていたもので……ここは綺麗なだけでなく、とても心が落ち着ける良い教会ですのね。長居してしまいましたわ」

女性は教会内を見渡す。

美しく磨き上げられた女神像。

生けられた白百合。

色鮮やかなステンドグラス越しに月を見上げる彼女の横顔は浮世離れした美しさだった。

酔いも何処かに消えてしまったアレキサンドライトは尋ねる。

「ラズライトのルーべライト姫ですか?」

名を呼ばれ、ルーべライトは小さく首を傾げた。

「えぇ。どうして私の名を?」

「お付きの方が探しておられました」

「まぁ、そうでしたの。わざわざ探しに来てくださったのですね。ありがとうございます」

お名前を教えていただけますか?との言葉に一瞬躊躇したアレキサンドライトだったが、ルーべライトの前に歩み寄ると右手を取り膝まづいた。

「サンドライト国王、アレキサンドライトです」

手の甲に薔薇色に煌めく奇石きせきが見えた。

「失礼、とんだ無礼を」

奇石きせきは第二の心臓とも言われている。

ひび割れることもそうだが、傷が付いただけでも命を落としかねない。

そのため、親しい間以外に奇石きせきを見せるのは長年タブーとされている。

咄嗟に右手を離したアレキサンドライトだったが、ルーべライトは気にする様子もなくクスリと笑いながら逆の手を差し出した。

透き通るほどに白い左手の甲に唇を落とした。

「お話は伺っています。先の戦の勝利、おめでとうございます」

何と答えていいものか思案していると顔を覗き込まれた。

「浮かないお顔ですのね」

「この勝利のために、多くの犠牲がありました。敵も、味方も……なのに、両手放しで喜んでいいものか……こちらで何を御祈りしていたのですか?」

ルーべライトは女神像を振り返りながら言う。

「犠牲になった方々への追悼を。祖国を愛した方々が、少しでも安ぎ眠れるようにと」

手を組み、再度祈りを捧げる彼女の姿は何物にも形容し難い美しさだった。

「サンドライトの方々は祖国とご家族、貴方のために戦ったのでしょう?そんな顔をなさらないで」

死んでいった者が浮かばれないと、彼女は言った。

「私は戦うことはできません。でも、祈ることはできます。犠牲になった方々のためにも、一日も早く世界から争いがなくなるように祈りましょう」

「信仰心が強い方なのですね」

「ラズライトでは何事にも祈りが勝ると教えられています。きっと貴方にも、ロードナイト様のご加護があります」

アレキサンドライトは女神像に視線をやる。

先程ラピスラズリから聞かされた、ラズライトが信仰している慈愛の女神・ロードナイトの姿を象った像だった。

元々サンドライト人は宗教に対する意識が薄い民族だったが、ラズライトと同盟を結ぶにあたり、異国の文化として伝来してきた。

戦続きのこのご時世、何かに拠り所を求めたかった民にロードナイト教が広まるのにはそう時間がかからなかった。

この教会も、そんな兵士や元老院の教祖たちのために建てられたものだった。

白い大理石で彫られた石像は慈悲深い、どこか母の面影にも似た姿だった。

自然と思い出される記憶に、女神像から視線を逸らした。

「すみません。生憎私は神を信じていません」

母が死んだ時、アレキサンドライトは神を信じなくなった。

幼い日。病にかかった母を見て、何度も何度も母を助けてくれと祈った。

大好きな母を連れていかないでと。

それでもその祈りは叶えられる事はなく、多くの戦場で人の死を見る度、この世界は神から見放されたのだと思うようになった。

人の『罪』が奇石きせきとなって、大陸を巻き込む止められない戦になった。

きっとこの『罪』は、自分たちで償わなければいけない。

それでも……

「頭では分かっているのです。勝たなければ守れないことも、討たなければ討たれることも。それでも、戦う以外に方法が思いつかない自分が、なんだか許せなくて……」

「貴方は優しい方なのですね」

彼女の口から意外な言葉が聞こえ、弾かれたように顔を見た。

「命の重みを、傷つく痛みを知っていらっしゃる。優しいお方です」

「父には臆病者と叱られていました。考えが甘すぎると。戦をなくすためには戦しかない。だけど私は、平和な世界を作りたいのです。争いもない、血を流すこともない。誰も悲しまず、全ての民が笑って暮らせる世界を作るのが私の夢です」

そんなアレキサンドライトの言葉を聞き、ルーべライトは一度瞳を閉じ、薔薇色の瞳でアレキサンドライトを見据えた。

「貴方なら、きっと叶えられますわ」

柔らかな微笑みに、アレキサンドライトも笑顔で返した。

ふと遠くで女性の声が聞こえた。

しきりに姫の名を呼ぶ声に、アレキサンドライトは思い出したように言う。

「すみません、引き止めてしまって」

「いいえ。お話できて楽しかったですわ」

それではと教会を後にしようとするルーべライトを引き止めるようにアレキサンドライトは言う。

「また、お会いできますか?」

ルーべライトは微笑むだけだった。

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