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綺石のクラウン  作者: もももか
第一章 『アレキサンドライト』
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III

城下町サンドリアを一望できる険しい岩垣。

その上に堂々と君臨する大きな城。

長い歴史の中、何度敵に攻め込まれようとも決して陥落する事のなかった難攻不落の要塞がサンドライト城だった。

日が沈み、夜が訪れてもサンドライト城は灯りで満ちている。

若き王と騎兵団の功績、サンドライトの繁栄を願う凱旋パーティーが開かれていた。

普段は贅沢を良しとしない傾向にあるが、今夜ばかりは城に在中する専属シェフが腕によりをかけ、数え切れない豪華な料理がテーブルに所狭しと並んでいる。

招かれた自国、同盟国問わず多くの貴族や王族がアレキサンドライトの功績に祝福の声をかける。

「さすがアレキサンドライト様ですわ!あの野蛮なラブラドライトに勝利されるなんて!さぞご活躍なされたのでしょう?」

「いずれは隣国のフローライトにも進軍なさると伺いました。アレキサンドライト様なら必ずや勝利されましょう!」

「それよりアレキサンドライト様、宜しければ私と踊って下さいませんか?」

「ちょっと、私が今お話しているのよ!無礼でなくて!?」

「アレキサンドライト様、私とも踊って下さい!」

「いいえ、私と!」

「私と!」

贅の限りを尽くした豪華なドレスと眩しいアクセサリー。

素肌が見えないくらいに厚く塗られた化粧ときつい香水。

多くの貴婦人に言い寄られるアレキサンドライトは正直うんざりしていた。

少し離れた場所で会場の警備に当たる近衛兵たちもその光景を目の当たりにし、気の毒そうにしていた。

「あれは……キツイな」

「うん。キツイ」

「必死すぎて引くな」

「陛下大丈夫かな?かなりお疲れみたいだけど」

しかし、団長のセラフィナイトの姿を見つけるなり、そそくさと持ち場について背筋を伸ばした。

「失礼します。陛下、ラズライト王がお見えです」

「聞いての通りです。短い間でしたがお相手できて良かったです。最後まで楽しんでいってください」

それではと身を翻すアレキサンドライトの後ろで、今の言葉は私に言ったのよと言い合う貴婦人の甲高い声が聞こえた。

「助かった。これだから宴は嫌いだ」

さっきまでの建前の笑顔を一瞬で崩し、不機嫌な顔でアレキサンドライトは隣を歩くセラフィナイトに言う。

「武器製造の第一人者・アベンチュリン伯爵公のご息女、甲冑技師のモルダバイト卿の妹君、布織物製造名家・プレナイトの令嬢もお見えになっていましたね」

「皆無下にできない関係だから余計に困る」

「妃にふさわしいご令嬢はいらっしゃいましたか?」

「……笑えない冗談も嫌いだ」

アレキサンドライトのパーティー嫌いは今に始まった事ではない。

そして先ほどのように女性に言い寄られ、機嫌を損ねるのも今に始まった事ではなかった。

長い戦に明け暮れる今、贅沢と無駄な時間を過ごしたくないとアレキサンドライトが王座に就いてからは宴やパーティーの回数は格段に減った。

その滅多にない機会に、英雄であるアレキサンドライトの心を射止めようと貴族の娘は皆着飾って言い寄ってくるのだ。

近衛兵以外にも、セラフィナイトも彼を気の毒と思っていた。

こちらですと通された応接室にラズライト王はいた。

「聞いたぞ赤毛。活躍、見事であった」

アレキサンドライトの姿が見えるなり、白髪交じりの威厳ある風格のラズライト国王・ラピスラズリは青い目を細め笑いながら言う。

堅い握手を交わしながらアレキサンドライトの背中を一つ大きく叩いた。

「お久しぶりです、陛下」

「堅苦しい挨拶はなしだ。貴殿も飲め、同盟国から祝い酒だ」

ラピスラズリは控えの者に言って葡萄酒を用意させる。

二人は小さなテーブルに着くと先の戦の話を始めた。

「貴殿の父も攻略できなかったあの城をよく落とせたな」

「私一人の力ではありません。兵士たち一人一人の賜物です」

「これで拠点ができた。が、東国連合も躍起になってくるだろうな」

「……その時は、また戦ですね」

控えの者が用意した葡萄酒を美しい細工が施された杯に注ぐ。

「改めて、サンドライトの勝利に」

チンと小さな音を立てて乾杯し、赤色のそれを飲み干す。

少し間を開けてラピスラズリは尋ねる。

「戦は嫌いか?赤毛」

飲み切れなかった杯から口を離し、言葉を探すアレキサンドライト。

「貴殿は賢い。信頼される統率力、剣の腕前も確かな上に父親譲りの負けん気もいい事だ。しかし、優しさだけでは国は守れぬぞ」

「承知しています」

ラピスラズリは控えていたセラフィナイトに尋ねる。

「損害はどれくらいだ?」

「三万は失いました。負傷した兵も合わせるとなると少なくありません」

「そうか……それなりの犠牲は出たのだな」

ラピスラズリは葡萄酒を自分とアレキサンドライトの杯に注ぐ。

「私は、いつも思うのです」

アレキサンドライトの言葉にラピスラズリは耳を傾ける。

「誰かの血で汚れて出来た平和は、果たして本当に平和と呼べるのか……命を奪い合わなければ平穏は手に入らないのかと」

「手に入らぬから皆が争うのであろう?それがこの大戦が百年続いている理由だ。言葉で理解し合えぬのなら力で従わせるしかない」

「どの国も同じ平和を望んでいるはずなんです。それなのに……戦で勝利しても、必ず悲しむ人がいるんです。敵も、味方も。仲間や家族を失って涙する民を見るのは、身が裂かれるくらい辛いのです」

生やした白い顎鬚を触りながらアレキサンドライトの言葉を聞いたラピスラズリだったが、小さく息を吐くなり続けた。

「昼間のパレードの子ども、まだ五歳だったそうだな」

あの母親に抱かれた子どもは、間もなく『処分』されたと聞かされた。

ラブラドライトとの戦に出る前にも、親交があった貴族の当主が同じ病で倒れ、同じく『処分』された。

サンドライトの中でも有力な家柄だったにもかかわらず、病が発症したと知らされた途端に家の取潰しが決まった。

顔をきかせていた人物だったという事もあるが、有力貴族の家が一瞬にして取り潰された事実に民衆もアレキサンドライト自身も改めて病の恐ろしさに不安を煽られる事件だった。

「他人の子とは言え、無垢な子が犠牲になるのは胸が痛む」

「せめて最後は一緒にという母親の願いも、叶えてあげれませんでした」

「不治の病『ラトゥミナ症候群』。人を生きたまま食い殺す『奇石きせきの呪縛』か……どうやら女神は、まだ我らをお許しになられないようだ」

アレキサンドライトはラピスラズリから見えないよう、テーブルの下でそっと左腕を捲り上げた。

丁度腕の中程に深い緑色に煌めく石が皮膚に埋まっていた。

自分の瞳の色と同じ、深い緑色の石。

きらりと光を受けたそれに、自身の顔が映る。

「遥か昔、まだ世界が国と国で隔たれていなかった頃。天変地異による災厄に、人はあまりに無力だった。その災厄を消し去ることで、世界に安息をもたらすと信じた女神・ロードナイトは禁忌を犯し、災厄を封じ込めた。だが、世界に訪れたのは平和ではなく、人と人との争いだった。禁忌を犯したことにより、力を失ったロードナイトはその様を嘆き悲しみながら消滅し、流した涙が奇石きせきとなり人々に宿るようになったと我が国では伝えられている」

ラピスラズリが統治するラズライトは宗教国家である。

世界を脅かす災厄を封じたとされる女神・ロードナイトを信仰し、その教えを受け継ぎ国家を繁栄させている。

幾度となく聞いたその伝承に、アレキサンドライトは今一度静かに耳を傾けた。

「平穏を望んだ女神の願いは、皮肉にも人々に争いを招く結果になってしまった。奇石きせきは言わば、我ら人に課せられた『罪』であり『罰』の象徴だ。古の時代より受け継がれた『罪』は大陸を二分する大戦に姿を変え、今も終期は見えぬ。ワシらは生まれながらにして『罰』を背負い、命尽きれば亡骸は結晶クリスタルとなり、土にも還れず、魂すら天に召されない。さらにはこの病だ。原因だけでなく治療法も不明。生きながらにして蝕まれ結晶クリスタルになっていく。何時、何処で、誰が発症するかも解明されておらぬ。明日は我が身と震える民の不安も拭えないでいる」

残酷な現実を淡々と紡ぐラピスラズリの言葉を聞きながら、アレキサンドライトは無意識に自身の腕にある深緑の奇石きせきを袖の上から撫でた。

「貴殿の母君も同じ病だったな。まだ幼かった貴殿を残してさぞ無念だっただろう」

厳格な父と違い、母はいつも優しかった。

いつでも自分の味方でいてくれ、暖かい手で包んでくれた。

そんな母がラトゥミナ症候群で倒れた。

母が結晶クリスタルになっていく様を、幼いアレキサンドライトは何も出来ず見ているしか出来なかった。

暖かい手が冷たい結晶クリスタルになった時、現実を受け入れることが出来ずずっと泣き叫んでいたのを覚えている。

「……嘆くばかりでは何も変わりません。この戦に終止符を打てるのも、民の不安を拭えるのも、全て我らにかかっています。この乱世を早期に終わらせ、誰もが平和に暮らせる世界を築くのが我らの使命です」

笑みを浮かべながらも伝わる力強い意思と瞳の輝き。

そんなアレキサンドライトの迷いなき言葉に頷き、ラピスラズリはもう一度サンドライトとラズライトの繁栄に乾杯すると残りの葡萄酒を飲み干した。

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