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綺石のクラウン  作者: もももか
第一章 『アレキサンドライト』
2/145

II

大国サンドライトの王都であるサンドリアに騎兵団が到着する頃、街はいつも以上に賑わっていた。

いつもは母親に手伝いをしなさいと怒られている子供たちは、今日ばかりは大人から怒られず、賑わう大通りをはしゃぎながら駆けていく。

働き盛りの男たちは、昼間から浴びるように酒を飲んでも嫌味を言われるどころか店主からもっと飲めと酒瓶が振舞われる。

通りで自慢の楽器を奏でる演奏家も、いつも以上に力強く明るい行進曲を披露する。

市場に買い物に来ていた主婦も、店主からサービスだと言われ大きな果物をおまけしてもらっていた。

街の中心の噴水広場には、老若男女が演奏家のメロディに合わせてダンスを楽しんでいる。

「騎兵団が戻られたそうよ!大通りで見れるわ!」

一人の女性のその言葉で、大勢の民衆は大通りに駆けつけた。

東の敵国、ラブラドライトから勝利で領地を奪取したサンドライト騎兵団。

その活躍と功績は民衆の祝福で凱旋パレードとして壮大に歓迎された。

「キャー!アレキサンドライト様よ!」

「どこどこ!?」

「今私と目が合ったわ!」

「違うわ!私よ!!」

「いつ見ても凛々しいわ!素敵〜!」

若い女性の黄色い歓声が一際大きくなったのは、国王であるアレキサンドライトが見えた時だった。

離れた場所にいても目を引く赤い髪。

サンドライトの御旗と同じ深緑の瞳。

今年で二十二の歳を数えるアレキサンドライトは三年前に国王として即位したばかりだ。

軍神と名高い先代の王と、国一番の麗人と謳われた妃の間に生を受けた彼の姿は、うら若き乙女から憧れの的となっている。

幼い頃から身につけた帝王学の他、剣術にも長け、サンドライト騎兵団を纏め数々の戦を勝利で飾る統率力は同性からも多大な支持を受けている。

強さと気高さを合わせ持つ反面、民に真っ直ぐ向き合うのも彼の魅力の一つだ。

触れ合う機会に恵まれた子どもには自身が膝を折って視線を合わせ、老人の拙く長い話にも親身になって耳を傾ける。日頃民と接する機会が少ない分、少しでも多く長く彼らの声を聞きたいと、全ての国民に敬意を払う姿も皆から愛される理由になっている。

国家を大陸一の強国にすべく、日々他国を侵略していた先代の王と比べられることは多々あるが、民の多くは長い戦を勝利で納めてくれるであろう願いと祖国を繁栄に導いてくれる大きな期待をアレキサンドライトによせている。

国色となっている深緑のマントを留めるアレキサンドライトの胸には、サンドライトを象徴する金の獅子のブローチがきらりと輝く。

深緑の飾り布で装飾された栗毛の馬に跨り、騎兵団の中心を行進する英雄の姿に集まった民衆は大いに歓声を上げた。

「いいね〜さすがアレク陛下!ダントツ人気だ」

「あのお顔立ちだ。女が放っておくわけがないだろう」

「なんて言ったってラブラドライトから領地を取り戻した英雄だもんね」

「歴史的大勝利だかんな!」

親しみを込めて呼ぶアレキサンドライトの周りを囲む四人の近衛兵たちも民衆に手を振りながら口々に言う。

近衞兵と言えど、国王であるアレキサンドライトを愛称で呼べるのは、彼らが主従関係以上の強い絆で繋がっている証だ。

ラブラドライトは大陸を東西で二分する百年の戦の最中に、サンドライトから一部の領地を奪った敵国だった。

小国ながらも鉄壁の守りで、歴代の王、先代の王すら領地を奪取することができずにいた。

それを即位して三年でアレキサンドライトは成し遂げた。

激戦を制した騎兵団たちも鼻が高く、歴史に残るであろうこの瞬間を胸を張りながら歓声に応えていた。

しかし、主役である当のアレキサンドライトは俯き、どこか沈んだ表情だった。

アレキサンドライトに近い位置にいる一人の騎士が近寄り耳打ちする。

「陛下、顔をお上げ下さい。晴れの舞台です」

サンドライト騎兵団団長・セラフィナイトの言葉だった。

「悪いがそんな気分じゃない」

「お気持ちは察し致します。しかし、これも公務です。今は考え事を角において皆に勇姿をお見せ下さい」

後ろから聞こえる二人の会話に周りの近衛兵たちは何かあったのかと首をかしげる。

「何話してんだ?」

「さぁ?よく聞こえないな」

「あれだ、あの子がタイプだからどこの子か調べろとか言ってんだよ」

「お前と一緒にするな。心配せんでも今夜のパーティーでしこたま美人に会えるだろ?」

「えー!勘弁してくれよ〜貴族の女って意地っ張りでガツガツしてて疲れるだけだろ?しかも意外と美人じゃないし」

おしゃべりが過ぎる前を行く近衛兵たちにセラフィナイトの激が飛ぶ。

「お前たち、しゃんとしろ!全て聞こえているぞ!」

乱れていた列が一瞬にして整列した。

自分の名を笑顔で呼んでくれる歓喜の声。

アレキサンドライトはそんな民衆の声が遠くに聞こえ、凱旋に似つかわしくない憂鬱な様子だった。

手綱を握る手には、先日人を斬った嫌な感覚がまだ残っている。

死に際に言い放った敵国のラブラドライト王の言葉。

敵も味方も同じように結晶クリスタルとなって命を散らして行った。

土にも還れず、天にも召されず、その亡骸を残したまま。

先の戦を思い出している時だった。

「国王陛下!助けて下さい!!」

大通りを行進する騎兵団の列に、突如子を抱いた母親が飛び出して来た。

突然の事に行進していた馬は驚き、興奮をなだめるように手綱を引く兵士達。

セラフィナイトはアレキサンドライトを庇うように前に出て、近衛兵たちもアレキサンドライトの周りを囲むように配備についた。

パレードを見ていた民衆も何が起こったのかとどよめきと野次を飛ばす。

子を抱えた母親の身なりは凱旋する兵を歓迎する民衆とは違い、色褪せた生地は汚れ、所々ほつれて穴が空いている。

顔は痩けて、艶のない髪は乱れたまま。王都サンドリアの貧困層が住まうスラム街の人間だと一目で解る出で立ちだった。

「貴様、何者だ!?」

「無礼であるぞ!下がれ!!」

「陛下、どうかこの子を助けて下さい!お願いします!!」

近くにいた兵士たちが母親を捕らえるが、母親は依然として声を大にしてアレキサンドライトに訴えかける。

「『ラトゥミナ症候群』なんです!お願いです!助けてください!!」

抱え上げられた子どもは生気なくぐったりとしていた。

何より片足が結晶クリスタルとなっているのを見て、民衆から悲鳴が上がった。

「きゃー!呪いよ!!」

「逃げろ!俺たちまで感染しちまう!!」

「なんでこんなところに!?」

「助けてくれ!死にたくない!!」

一瞬にしてパニックになり逃げ惑う民衆。

祝福の凱旋パレードから一転、大通りは騒然とした。

セラフィナイトも思わぬ事態に下がるようにと声を掛けたが、アレキサンドライトはそれを拒んだ。

「民が助けを求めている!何故追い払う!?」

「『ラトゥミナ症候群』に感染しています。お下がりください」

「まだ子どもじゃないか!」

「治療法がないのは陛下も重々ご存知のはずです。どの道症状が現れてからは助かりません」

そう言い放ったセラフィナイトは近くにいた兵士に子どもを隔離するよう指示を出す。

母親は泣きながら、何度も何度もアレキサンドライトに助けを求めて声を張り上げる。

「夫は戦で失いました!残されたこの子もこのままでは死んでしまいます!お願いです、どうか助けてください!!」

一人の兵士が母親の手から子どもを奪い取ると、そのまま引き離すように連れ出した。

アレキサンドライトは知っている。

この病に侵された人間がどのような『最後』を遂げるのかを。

セラフィナイトの肩越しに、絶望に涙を流し兵士たちに捉えられる母親の姿を見る。

「可哀想に。まだあんな小さいのに……」

「せめて楽に逝けるといいな」

「あの母親も斬首だな。感染病と立証されていないとは言え、関わった者は一斉排除だ」

「折角の凱旋パレードが除染作業か。後味悪ぃな」

周りを囲む近衛兵たちの会話を、どこか遠くの出来事のように聞いていた。

「これが現実です」

セラフィナイトの言葉に我に返った。

「貴方はサンドライトの国王です。父上様亡き今、サンドライトを統率、繁栄に導けるのは貴方しかいません。どうかお忘れなきよう」

「……わかっている」

大国サンドライトの若き国王・アレキサンドライトは険しい顔で答えた。

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