II
ルーべライトがサンドライトに来たあの日。
アレキサンドライトはルーべライトを客室に通し、事の経緯を伺った。
「どうしてサンドライトに?」
「貴方にお礼がしたいのです。お手紙にも本日伺うと書かせていただいたのですが」
アレキサンドライトはつい先程目を通した『文字が踊っている手紙』をチラリと見た。
「……先程受け取りました」
「まぁ、そうでしたの。私、文字を書く事も苦手なのですが、こういう形で手紙を出すのも初めてでしたの。勝手がわかりませんでした」
以後気をつけますねと笑う彼女に聞こえないよう、控えていたセラフィナイトは許可を得て来たのか尋ねるよう耳打ちする。
「……あの、ラピスラズリ陛下は……」
「お陰様で少しずつ回復していますわ」
「そうですか……いや、そうではなくて、陛下にはその事を」
「誰にも言っていませんわ。反対されますもの」
「誰にも申さず来たのですか!?」
「はい」
とても良い笑顔で彼女は答えた。
自然と眉間に手を当てる主君に代わり、今度はセラフィナイトが尋ねた。
「ルーベライト姫」
「何でしょう?」
「主君にお礼がしたいと申されましたが、どういった経緯でそうなったのか話していただけませんでしょうか?」
「ですから、それは二人だけの秘密です」
ね?とこちらに向かって笑うルーべライトとは逆に、側近の眼差しが痛いほどに刺さる。
埒があかないとセラフィナイトに席を外してもらうと、アレキサンドライトは慣れない手付きで淹れた茶を出した。
「やっと二人になれましたね」
カップを受け取り、嬉しそうにルーべライトは言う。
できるだけ声を落としてアレキサンドライトは尋ねる。
「先日のゲームの事ですか?」
「はい。助けていただいてありがとうございました」
「礼には及びません。当然の事をしたまでです。貴方は以前からあのゲームとやらに参戦されているのですか?」
「アレキサンドライト様が戦った日で二回目です。初めての時に、父が……」
「どうして貴方がこんなゲームに参戦されているのです?誰かに強要されたのですか?ゲームの内容を知っていて参戦されたのですか?」
矢継ぎ早に質問して来る事にクスクスと笑い出すルーべライトに、アレキサンドライトはすみませんと気持ちを落ち着けるよう一口茶を含んだ。
渋い味がして、こんな物を客人に出してしまい再度謝ると、彼女は気にせず飲んでくれた。
「貴方が国を想うのと同じです。私もラズライトを守りたい、その理由で契約しました」
「契約?」
ルーべライトは懐から薔薇色の駒を取り出し、アレキサンドライトの目の前にコトリと置いた。
あの日見た、手の甲にあった奇石と同じ薔薇色の石でできた駒だった。
「貴方もお持ちでしょう?」
言われるがままに、自分も深緑の駒を置いた。
獅子の姿を形どった自分の駒と違い、ルーべライトの駒はティアラのようなモチーフが形どられていた。
「奇石と引き換えに『ロイヤルゲーム』に参戦する契約です。『ロイヤルゲーム』はゲームの参加を許された王たちの決闘ゲームです。決闘相手を殺めるか降参させれば、敗者を一人思うがままにできるゲームです。死神から伺いましたか?」
死神という言葉に、あの日ラトゥミナ症候群で苦しむ自分を助けたあの男の姿が浮かんだ。
「父は以前から駒を所有していたみたいでした。けれど決闘を拒み続け、長い間自分が『七国王』という事を隠していました」
「七国王……?」
「ロイヤルゲームの参戦が許された選ばれし七人の王の事です。貴方もその一人です」
ほら、獅子の形をしているでしょう?と自分の駒を見て言う。
「貴方と同じようにネフライトも七国王の一人で狐の形をした駒を持っています」
「どうしてネフライトが?」
「おそらく『ロイヤルクラウン』のためです」
死神と決闘の際にネフライトから聞いた言葉。
「全ての願いが叶う、秘宝……」
あの時死神は、確かそう言っていた。
ネフライトはそんな話を本気にして、あのゲームを続けていたのだろうか。
「『ロイヤルクラウン』の事は私にもよくわかりません。兄から聞いた話が全てですので……」
「アイオライト殿下もご存知なのですか?」
「父が七国王と知った時から一人でゲームに関する事を調べていました。でも、私が生贄になった事はきっと知らないでしょう」
初めて聞いた言葉に首を傾けるアレキサンドライトにルーべライトは言う。
「『生贄の駒』です」
持っていたカップをソーサーに置き、ルーべライトは続ける。
「七国王の持つ駒が奪われれば、その国は奪われたも同然です。王を守るために身代わりとなる存在が、私たち生贄です」
「……だから、ネフライトの物になったのですか?」
「はい」
「どうして?」
「私一人が我慢するだけで国が助かるのです。私から申し出ました」
条件を呑んでいただいた事には感謝しなければいけませんねと笑うルーべライトに理解できないとでも言いた気なアレキサンドライト。
そんな彼を見て、軽蔑されましたか?とルーベライトは問いかけた。
「軽蔑なんて……ただ、どうしてそこまで……」
「私がラズライトの王女だからです」
躊躇いなく彼女は言った。
「貴方も祖国のため、民のためにしたくもない戦をなさるでしょう?それと同じ事です。戦えない私が唯一できること、それは国のために身を捧げることです」
カップの淵を撫でていたルーべライトは、ほんの少しの間を置いて続けた。
「でも、本当はショックでずっと泣いていましたの。国のためとは言え、大好きなお父様にも、お兄様にも会えなくなるのかと。ですから、貴方が助けて下さったことに本当に感謝していますし、お礼がしたいのです。貴方が私を助けてくれたように、今度は私が貴方を助けたいのです。たとえそれが、『犠牲』という形になってしまっても……」
「……私の生贄になると?」
「はい」
カップを音を立てて乱暴に置き、アレキサンドライトは言う。
「お断りします」
入っていた茶がこぼれ、テーブルに広がる。
「私はそんなつもりで貴方を助けたわけじゃない。ゲームと関係なく、自由になってもらいたくて戦ったんです」
「契約してしまった以上、ゲームを降りる事はできませんわ」
「貴方を売れと言うのですか」
「国と一人の女、失って困るのはどちらですか」
これはただのゲームじゃないと、彼女は言った。
国を掛けたゲームなのだと。
「貴方がゲームに負けたらサンドライトは終わります。そうしたら同盟国のラズライトはどうなりますか?後ろ盾を失えば結末は同じです。貴方一人で立ち向かえる話ではないのです」
「ですが……!」
「ネフライトの事です。きっと日を改めて再戦を申し込んでくるでしょう。その時にでも、私を使って下さい」
「……もし私が負けたら、どうするのですか?」
「偽りとは言え、一度他人の物になったのです。喜んで言いなりになりますわ」
ここに来るまでに心を決めてきたのか、ルーべライトの気持ちは最後まで揺れることはなかった。