VII
シャーマナイト城。
昨晩から部屋から一歩も出てこない主君に、城中の使いの者が慌てふためいていた。
通例となる朝礼にも顔を出さず、部屋の前から声を掛けても返されない。
食事を持ってきたメイドが来ても鍵は開けられることはない。
体調が悪いのなら一大事だと主治医が鍵を持ってくるよう言ったが、銃声と共に誰も通すなと一言聞こえただけだった。
こうなれば、従うしか他はなかった。
夕刻になり、茜色の光が城を照らす。
話を聞いたアメジストがプラチナの部屋の前に訪れると、数人の家臣とメイド、側近の黒騎士が唸っている所だった。
「どうしたものか……」
「サンドライトとの話もまだ詰めれていない」
「今日中に渡さねばならん書類もあるのに」
口々に言う中、家臣の一人がアメジストに気付いた。
途端、家臣と側近が険しい表情に変わる。
アメジストは気にせず彼らに会釈した。
「何しに来た?」
「……陛下のご様子を伺いに」
「他所者の貴様がか?大した身分だな」
一人のメイドがアメジストに耳打ちする。
「今朝から一歩も部屋から出ず、水もお飲みになっていません」
アメジストはメイドから部屋の鍵を受け取ると、プラチナの部屋の扉に近付く。
「おい貴様!陛下は誰も通すなと仰られている!勝手な真似をするな!」
「……いつまでも籠城に付き合っているつもりですか?」
その言葉にぐっと喉を詰まらせる。
「でも、もし機嫌を損ねられたら……」
「……その時はその時だ」
心配するメイドにそう言い、構わず鍵を開け、静かに中に入った。
部屋は荒れていた。
物が散乱する中、西日の赤い光が柔らかく部屋を照らしている。
大きな窓辺に身を寄せるようにうずくまって座る主君を見つけた。
隙を見せることのない普段の黒い軍服姿ではなく、白いレースの寝巻きのままだった。
顔を膝に埋め、表情は伺えない。
艶やかな黒髪が、茜色の光を受け燃える様に輝いている。
そっと近付くと気配でわかったのか、低い声が聞こえた。
「帰れ」
思わず足を止めた。
「入ってくるなと言ったはずだ」
「……皆心配している。顔を見せたらどうだ、オニキス」
近くにあった本を投げつけた。
「その名で呼ぶな」
投げつけられた本をテーブルに置き、アメジストは声をかける。
「……今は私以外に誰もいない。お前を知っているのも、私しかいない」
二人きりの時にのみ交わされる口調にも、プラチナは顔を埋めたまま、動こうとしなかった。
明かな拒絶。
構わずアメジストは続ける。
「……アレキサンドライトはお前を覚えていた。なのに何故あんな事を……」
『オニキスは、我が殺した』
昨晩のロイヤルゲームでプラチナが放った言葉。
「黙れ」
「……お前は生きている。自分で自分を殺しているだけだ」
「黙れと言っている!」
銃口を向け声を張り上げた。
「裏切り者が知った口をきくな!」
「……私はお前を裏切った覚えはない」
「我よりあの女を選んだではないか!」
プラチナがルーベライトを殺めようとした際、その身を呈して防がれた。
その時の事を言っているのだろうと瞬時に悟った。
「……私はお前に、人殺しになって欲しくないだけだ」
「綺麗事を言うな!昔の女が忘れられないだけだろう!?」
プラチナの言葉に言い留まった。
「お前は嘘つきだ……!ずっと我を守ってくれるのではなかったのか……!?」
燃え盛る城。
黒煙が夜空を覆う。
身も心も傷つき、放心状態でその空を眺めていた。
火の粉が舞う中で、確かに言ってくれた言葉。
プラチナは片時も忘れた事はなかった。
「皆同じだ……皆、我を忘れ、我を置いていく……!我を一人にする……!お前も、アレキサンドライトも同じだ!」
引き金を引こうとした腕を瞬時に取り上げる。
手首をきつく掴むと、痛みで銃を手放してしまう。
床に落とした銃を蹴って遠くにやる。
未だ腕を離さないアメジストにプラチナが声を張り上げる。
「離せ!」
言われても離さなかったが、あまりにもプラチナが抵抗するため、アメジストはそっとその腕を離した。
「……銃は脅しに使う物じゃない」
痛かったのか、握られた腕をかばう様に背を向けた。
その後姿が、いつもより小さく見えた。
「……私はお前への忠誠を忘れた事はない。ロイヤルゲームに負けてシャーマナイトに連れて来られた時、額の傷の手当をしてくれた事、人目を忍んで牢に食事を運んでくれた事、囚われの身の私をいつも気にかけてくれた事……私は忘れた事はない。今の私がいるのは、お前のおかげだ」
「そう言って、あの女の元に帰るんだろう?」
「………」
「お前が此処に居る理由はロイヤルゲームでシャーマナイトの駒になったからだ。拒む事も、抗う事も許されない。その枷がなければ、今すぐにでも我の元から離れていくんだろう。こんな素直じゃない女より、可憐で美しい姫の方が良い事くらいわかっている。欠陥の我は、あの女と同じ位置に立つ事すらできない……比べる以前に、愚かだ……!」
凛とした揺るぎない声が、怯えているかのように震えていた。
「……お前は、欠陥なんかじゃない」
プラチナは弾かれた様に着ていた寝巻きのボタンを引きちぎる。
雪のような白い素肌の中、下腹部に走る大きな傷跡がアメジストの前に晒される。
「これでもまだそんな事が言えるのか!?」
下腹部の傷跡。
幼い頃、覇権争いに巻き込まれた際、無残に貫かれた跡だった。
「この傷のせいで、我は女としての価値を失った!子も宿せぬ女が欠陥じゃないと、お前は本気で言えるのか!?」
父も、母も、兄も、女性として大事な機能も失った。
すべてを失った自分がこの乱世を生きるためには、相手を服従させる『強さ』しかなかった。
誰にも負けず、屈せず、絶対的な存在になるしかなかった。
そして、プラチナという存在が形成された。
オニキスという存在を殺して。
「こんな我を誰が見てくれる!?誰が愛してくれる!?」
アメジストは何も言わなかった。
変わりに自分のマントを外し、晒された素肌を覆うようにかけてやる。
「……冷えると傷に触る」
それだけ言うと、アメジストは踵を返す。
部屋から出て行こうと足を数歩進めた時、プラチナが飛び付いた。
「行くな」
広い背中に縋るように呟く。
「行くな、アメジスト……我を、置いて行くな……!」
切なる声は、震えていた。
「……私はお前の剣。剣は鞘に収まる事も、他の物になるのも許されない。お前が願うなら、私は戦う」
「あの女が死んでもか?」
アレキサンドライトとのロイヤルゲーム。
勝てばアレキサンドライトが手に入り、ルーベライトは処刑する。
そんな中で、アメジストは自分のために戦ってくれるのだろうか。
本当の事を聞くのが、プラチナは怖かった。
「……剣は主に従うまでだ」
「何故我に助けてくれと願わない?あの女の命を握っているのは我なのに……」
「……それが運命なら、受け入れるしかない」
それ以上、アメジストは言わなかった。
プラチナに振り返る事もなく、静かに部屋を後にする。
一人残されたプラチナは、かけてくれたマントを握りしめる。
温もりのないそれが、一層虚しさを駆り立てた。




