V
「許されたい……か」
ふとアレキサンドライトが呟いた。
城の中庭を、清々しい風が吹き抜けて行く。
歩いている途中、ふいに聞こえたそれにアイオライトは振り返る。
「なんだ、貴様も懺悔がしたいのか?」
珍しく茶化しながら言う彼に釣られ、思わず笑ってしまう。
「いや、そうじゃないんだが……アメジストに言われた言葉が、頭から離れなくて」
『……お前は幸せを願っているんじゃない。許しを乞うてるだけだ』
ロイヤルゲームで対峙した際、彼にそう言われた。
「私はずっと、皆が幸せに、笑える世界を望んで戦ってきた。それが王である自分の使命だと思っていたから……けれど、それは誰かに許されたいから、自分に言い聞かせてきただけなのかもしれない」
アイオライトは何も言わず、黙って耳を傾けてくれた。
「今まで多くの犠牲を生んできた。他国の民も、サンドライトの民も。皆が傷付き、いなくなっていく事、『死』が怖いんだと思う」
『……『死』に、怯えているのだろう?』
彼が言った通りなのかもしれない。
「猫以外にも怖いものがあったんだな」
そう厭らしく笑うアイオライトにクスリと笑う。
空を見上げると、雲一つない快晴だった。
雨季の中で見れた、晴れ渡る青空を目に焼き付ける。
「民が犠牲になっていく事も、母上の死も、自分がそうなるかもしれない現実も……きっと全てに怯えている。だから、誰かの幸せを願う事で、許されたかったのかもしれない。私の願いは、そんな自己満足だったのかもしれない」
「確かにそうかもな。人の願いや夢なんて、所詮そんなものだ」
「手厳しいな」
別に気休めの言葉を望んでいたわけじゃなかった。
それでもすっぱりとそう言い切るアイオライトに、アレキサンドライトはふっと笑う。
「だが、その自己満足を信じて共に戦い、支えてくれていた者がいたのも事実だ」
思わず目を見開いた。
「少なくとも私は、貴様の自己満足とやら、嫌いではない」
願った所で、死んでしまった者が帰ってくるわけではない。
母の死を経験した時に、それは痛い程身を持ってわかった。
それでも、願わずにはいられなかった。
今まで自分の進んできた道が間違いじゃなかった事に、アレキサンドライトは胸に『何か』が込み上げてくるのがわかった。
「『皆が笑える世界』……簡単そうな願い程、叶えるのが難しいものだな」
「そうだな。だから、人は願わずにはいられないんだ」
そう呟くアレキサンドライトに、アイオライトは向き直る。
「貴様に渡したいものがある」
そう言い、腰に差していた剣を差し出した。
それはいつも彼が普段愛用しているエストックではなかった。
昨夜、ルーベライトがロイヤルゲームで使用していたものだった。
「ラズライト王家に代々伝わる剣、父のクレイモアだ。父もあの体でもう剣は振れない。私が使用するには形状が違いすぎる。了承は得ている。貴様が使え」
「駄目だ。そんな大事な物、受け取れない」
「丸腰でアメジストに挑むつもりか?私が墓場まで持って行こうとした話も聞いておいて。それで負ければ、私は貴様を一生許さんぞ」
折れてしまった自分の剣。
それを知って、彼は自分に託した。
国色である青色の柄と、ラズライト式の装飾、アイオライトのいつも以上に真剣な瞳を見て、アレキサンドライトはゆっくりとそれを受け取った。
「悔しいが、妹の命がかかっているのに、私は何も出来ない。せめてこれくらいしても罰は当たらんだろう」
「ありがとう」
「礼ならゲームに勝ってから言え。言い訳や弁解は一切聞かないからな」
先程いたいばらの塔を見上げる。
青空を割るように、高くそびえ立つそれ。
この塔はもうじき取り壊すと教えてくれた。
「ゲームの勝敗がどうであれ、ルーベが帰る場所はここではない。もう必要のない場所だ。最後に貴様に見せる事ができて良かった」
何時もはきつく寄せられていた眉間。
今はそれが緩み、穏やかな顔をしていた。
アイオライトが自分に初めて見せた表情だった。




