表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
綺石のクラウン  作者: もももか
第十三章 『アメジスト』
130/145

II

夜明けにはまだ時間がある、夜の帳。

サンドライト城のルーベライトの部屋で、アレキサンドライトは彼女の傷の手当をしてやっていた。

黒い軍服は早々に脱ぎ捨てた。

彼女にも、彼女の兄にも、その色を見ていたくないと言われたから。

楽な部屋着に着替えてルーベライトの怪我を見てやった。

転倒した際に出来た打撲はしばらくすれば痣も引くが、剣を握っていた両手の柔い皮膚が、柄に負けてめくれ爛れてしまっていた。

雑菌が入らないように、慣れない手付きで消毒していく。

「少し染みるが、我慢して」

「……はい」

消毒液を垂らせば、やはり染みてしまったのか、体をびくりと跳ねさせた。

「痛いか?」

「いえ、平気です」

思えば自分で怪我の処置をする時は慣れているものの、こうして誰かの手当をした事があまりなかった。

それだけでなく、先程のゲームで乱れた心のままのアレキサンドライトの手元はまだ震えていて、とても処理が上手とは言えるものではなかった。

アメジストに手当してもらった事を思い出した。

手慣れた様子で無駄なく処置する彼とは違い、見た目も手際も悪くなってしまう。

ふっと笑われた気がした。

空気の揺れでそれに気付き、顔を上げた。

「すまない。あまり慣れていなくて……」

「いいえ。大丈夫です」

慣れない中、一生懸命に手当をしてくれる彼の姿勢が、何よりも嬉しかった。

包帯を巻こうとした時、ある物が目に入った。

左手の小指。

自分がサンドリアの街で買ってやった、薔薇の指輪だった。

「外ずしても?」

「いえ、このままで」

「でも……」

「外したくないんです」

宝物だからと、彼女は答えた。

包帯が指輪にかからないよう、指の一本一本を巻きながらずっと聞きたかった事を話した。

「どうしてあんな無茶を」

剣も握った事のない彼女がロイヤルゲームに潜り込んだのか。

死ぬかもしれない状況でプラチナに向かっていったのか。

「見ていて怖かった……君を、失うんじゃないかと」

「……ごめんなさい」

「誰かにけしかけられたのか?」

本当はマリアライトに言われた事が発端だった。

『貴方はこのまま黙って隠れているつもりかしら?』そう言われた。

けれど、口車に乗ったとは思っていなかった。

自分自身に同じ事を問えば、いても立ってもいられなかったから。

だからスギライトに頼みこんでロイヤルゲームに潜り込ませてもらった。

結果、目の前の彼にも、兄にも、そしてアメジストにも、多くの人に迷惑をかけてしまったが。

「皆さんにご迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした。でも、一人で隠れているだけなんて、もう出来ないと思ってしまったんです」

『貴方が私を、連れ出してくれたから』

その言葉にアレキサンドライトは手を止めた。

「私は今まで、この世界に『存在してはいけない者』でした。誰にも知られることもなく、見られることもなく、関わりを持つこともなく……いつも塔の小さな窓から広がる世界を眺めては憧れて、そして許されない定めだと思い直し諦めていました。ですが、私は貴方に出会いました。存在してはいけない者として生きてきた私を、貴方は見つけ出してくれました。あの塔から連れ出して、窓の外に広がる世界を見せてくれました。貴方に見せていただいた世界は、綺麗で、美しくて、そして残酷なこともありました。けれど、どんな困難にも恐れず、立ち向かう勇気を、貴方から教わりました」

心からの言葉に、目の前の体を思わず抱きしめた。

自分の腕に簡単に収まる、こんな細い体で勝ち目のない決闘ゲームに挑むなんて、どんなに怖かっただろう。

「貴方はすごいです。いつも目に見えない恐怖と戦っていた……とても強い方です」

「君が傍にいてくれたから。私一人では、きっと立ち向かえなかった」

きっと足が竦んで歩く事もできなかっただろう。

それでも、ここまで進む事ができたのは、単に彼女のおかげだった。

体を離し、額を合わせる。

「怖くないのか?もし次のゲームで、私が負ければ……」

自分はプラチナの物になるだけでなく、サンドライトは降伏。

彼女も殺される事になる。

あの場で嫌だと言えば、きっとアイオライトが何とかしてくれただろう。

それでも、彼女はプラチナの要件を呑んだ。

「大丈夫です。貴方を信じていますから」

皮膚が擦れてめくれた痛々しい手で、彼女は頬を撫でてくれた。

「貴方は誇り高いサンドライトの王です。民も、国も……私も救ってくださるのでしょう?」

思わず笑ってしまい、笑顔で頷いた。

「すまなかった。君にはたくさん酷い事を言ってしまった。私を想ってくれていたのに」

「いえ、私の方こそ……貴方を深く傷つけてしまって、ごめんなさい」

「君の言った通り、私たちは『傷を舐め合う仲』なのかもしれない。辛くて一人じゃ耐えきれない、どうしようもない寂しさや虚しさを、誰かの存在で埋めようとしていたのかもしれない。けど、今はそれを悪い事だとは思わない。それが、互いの力になるのなら……」

ルーベライトの目を見ながら。アレキサンドライトは続ける。

「また私の名を、呼んでくれないか?」

『君に、その名で呼んで欲しくない』

そう言ってしまってから、彼女の口から聞けないでいた。

頷きながら、彼女は微笑んで呼んでくれた。

「アレク」

名を呼ばれる事がこんなにも嬉しい事なんだと、アレキサンドライトは初めて実感した。

嬉しくて、ありがとうと囁いた。

「私からも、一つだけ。お願いがあります」

「何だ?」

「貴方が想い続けた夢を、『つまらない』なんて、『くだらない』なんて、言わないでください」

今まで私の『つまらない願い』のために付き合わせて悪かった。

君からしたら、私の願いなんてくだらないものだったんだろう。

そう言われた事が一番辛かったと彼女は答えた。

「貴方があの日、青空の下で約束してくれた事、夢を語ってくれた事、私は叶うと信じています」

アイオライトとのロイヤルゲームをした後、快晴のサンドライト城で交わした誓い。

『皆が笑って暮らせる世界を、私は作りたい』

そのために強くなる事、誰にも負けない事。

彼女は、ずっと覚えていてくれていた。

「見せてください。貴方の願う世界を……」

あの日と同じ言葉を、ルーベライトはアレキサンドライトに贈った。

アレキサンドライトは頷いて、もう一度ルーベライトの細い体を抱きしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ