XVIII
鋼を弾く高い音。
必死になって剣を振るうルーベライトに、それをほくそ笑みながらかわしていくプラチナ。
二人のやり取りを見て、アイオライトは声を張り上げる。
「頼むプラチナ!やめてくれ!ルーベは関係ない!!」
今にも飛びついて間に入ろうとするアイオライトの首筋にスギライトのレイピアが突きつけられる。
「ゲームを妨害したその時点で失格になり貴方の負けになります。ラズライトを終わらせる気ですか?」
「黙れ!貴様、よくも騙したな!!」
「言ったはずです。ワタクシはマドモアゼルの願いを手伝っただけ。剣を取ったのはマドモアゼルの意志です」
「負けでも何でもいい!通せ!!」
「ラズライトは西国同盟になくてはならない存在。ワタクシがみすみす手放すとお思いで?」
意味を含んだその笑みを湛える顔を殴りたくなった。
拳を出す瞬間、ルーベライトの悲鳴が耳に入る。
すぐ様その方へ見ると、倒れていた所をプラチナのカトラスが振り下ろされようとしていた時だった。
思わず目を瞑るルーベライトだったが、痛みがやってこない事にゆっくりと目を開ける。
刃が目の前でぴたりと止まっていた。
プラチナはクスリと笑う。
「もっと我を楽しませろ」
指を曲げ、かかって来いと挑発する。
それが悔しくてルーベライトは立ち上がり、めちゃくちゃに剣を振るう。
だが、素人の剣捌きにプラチナがやられる事はなく、笑いながら次々とそれをかわしていく。
勢い余って前のめりになったルーベライトの足をかけると、躓いて転倒してしまう。
「無様なものだな。レースのドレスしか着た事がないのだろう?」
着慣れない鎧のせいで動きが鈍い。
体を覆う鋼を蹴ると、黒と白の床に転がる。
それを見て声を上げて笑う。
「プラチナ!もうやめろ!!」
アレキサンドライトだった。
「勝負は見えてる。頼む、やめてくれ……!!」
失ってしまう恐怖に声が震えるのがわかった。
プラチナはルーベライトの髪を乱暴に掴み立ち上がらせる。
痛みで悲鳴が上がるが、構わずアレキサンドライトの方に顔を向けさせる。
カトラスの刃を細い喉元に当てた。
「跪け」
大聖堂で告げられた時と、同じ命令だった。
「どうした?出来ぬか?」
ルーベライトを見ると、動かしにくい首を精一杯横に振っていた。
薔薇色の瞳に、涙が浮いていた。
「二度言わせるな。早くしろ」
喉元に当てられた刃が柔い肌に食い込む。
少しの間を空けた後、ゆっくりとアレキサンドライトは床に膝を付ける。
「頭が高いぞ。それが貴様の頼み方か?」
プラチナに言われ、深く頭を下げた。
「……頼む。ルーベを、助けてくれ……!!」
自分との婚儀を断り、あんなに抵抗したその行為もルーベライトのためにやってのけた。
プラチナの中で、急激に何かが冷えていくのが分かった。
「頼む!!」
誰にも屈しない、気高き獅子の王。
そんな彼が自分のために、屈辱的な行為に耐えている。
ルーベライトの瞳から、涙が零れた。
プラチナは髪を掴んでいた手を乱暴に離す。
反動で倒れるルーベライトにカトラスを向ける。
「……気が変わった」
炎も凍て付く眼差し。
残酷な言葉は、恐ろしく冷たい声だった。
柄を握り直し、高く振り上げる。
絶望にアレキサンドライトが声にならない悲鳴を上げる。
その手が振り下ろされた時、高い鋼の音がなった。
ルーベライトが目を見開くと、目の前にいた人物に驚いた。
「……アメジスト……!?」
振り下ろされる直前、自分の剣でそれを止めてみせた。
プラチナの冷えた体は、怒りで再び火が付いた。
「アメジスト!我に逆らう気か!?」
「……陛下、私からもお願いです。どうか剣を収めてください」
「黙れ!其処をどけ!!」
「どきません」
「どけ!!」
「どきません!」
「……!邪魔を、するなぁぁ!!!!」
プラチナが声を張り上げた時だった。
「そこまで」
死神・サタンが制した。
「生贄の妨害行為により、このゲームは無効とする」
サタンが発した言葉に一同が気を向いている隙に、アイオライトがルーベライトに駆け寄る。
「ルーベ!大丈夫か!?」
兄の顔を見て安堵したのか、ルーベライトの瞳から次々に涙が溢れ出す。
「お兄様……!ごめんなさい……!!」
縋り付いて泣き出したルーベライトを安心させるように、もう大丈夫だと何度も声をかけて頭を撫でてやる。
それを見ていたプラチナは、舌打ちしながらサタンを睨む。
「本来なら妨害行為が認められた場合、妨害した側の七国王の負けになる。だが、今のは優勢だった『嫉妬』駒側の生贄が自国の七国王を妨害した。よってこのゲームは無効だ」
「あら?ノーゲームにしちゃうの?」
「引分け《ステールメイト》だ」
プラチナはますます怒りに震えた。
「ふざけるな!我はこんなの認めない!!」
怒り狂うプラチナに声をかけたのは、アレキサンドライトだった。
「プラチナ、もう一度私とロイヤルゲームをしてくれないか?」
「何?」
「このゲームの仕切り直しだ。元は私の駒を巡ってのゲームだ。次お前が勝てば、二度とお前に背かないと誓う。だから、今回のゲームは水に流してくれないか?」
「そんな話、信用しろとでも言うのか!?」
ルーベライトを胸に抱いたアイオライトもプラチナに乞う。
「私の駒もかけてもいい。アレクのゲームを認めてくれないか」
アレキサンドライトは驚いてアイオライトの方を見た。
「我ら二人の駒、貴様の好きにすればいい。ここまでゲームが荒れてしまったのもこちらの不手際が原因だ。その分、アレクが勝てば駒はどちらか一つでいい。偽りはない。神に誓おう」
「………」
「頼むプラチナ」
「この通りだ」
二人の七国王はプラチナに頭を下げた。
すっかり怒りも冷めてしまったのか、カトラスを鞘に収めた。
「どうするの?一度で二つの駒が手に入る美味しい話だと思うけど」
レヴィアタンの言葉に、プラチナは少し間を空けて口を開く。
「……いいだろう」
アレキサンドライトとアイオライトの顔が上がる。
「ただし、アイオライト。貴様の駒はいらぬ。欲しいのはルーベライト、お前の駒だ」
名指しされたルーベライトの体が腕の中で小さく跳ねた。
「ルーベは関係ない。私の駒が手に入ればラズライトはお前のものだ」
「あんな田舎で小さな国がどうなろうと我はどうでもいい。それより我は、お前が生きている事が気に食わない。我が勝った暁には皆が見る前で首を跳ね処刑してやる」
今も兄の腕の中で大事に守られているルーベライトを睨む。
周りの人々から大切に守られている、彼女の全てが許せなかった。
「どうなんだ?受けるか、受けないのか?」
ルーベライトは流れる涙を拭い、ゆっくりと自分の足で立ち上がり、プラチナを見据えた。
「……わかりました。そのゲーム、お受けいたします」
「ルーベ!」
涙で濡れていた薔薇色の瞳はまっすぐ前を向いていた。
「……決まりだな。忘れるな」
そう告げ、プラチナは踵を返し、元来た扉に向かおうとする。
それに続き、アメジストもプラチナの後を続く。
一度だけアレキサンドライトと目が合い、何も言わずすれ違った。
「ルーベ!何故あんな事を!?」
アイオライトはルーベライトの肩を揺さぶり問うた。
「お前が犠牲になれば意味がないだろう!?どうして我らがここまでしたと思っている!?」
「ごめんなさい、お兄様……でも、今のように、私一人が守られていることに耐えれませんの。私も一緒に戦います」
「ルーベ……!」
ルーベライトはアレキサンドライトの方を見る。
やっと、まともに目が合った気がした。
プラチナが扉に手をかけようとした時、アレキサンドライトは声を上げた。
「ありがとう。オニキス」
プラチナの手が止まった。
「オニキスなんだろう?アメジストの部屋にあった肖像画、お前の幼い頃のものだろう?覚えていないか?昔、サンドライトとシャーマナイトの和平会談の時、サンドライトで一緒に遊んだだろう?」
「………」
「私が猫に怯えていた時、助けてくれただろう?一緒に花を摘んだり、追いかけっこをして遊んだ事、覚えていないか?」
「………」
「約束を守れなくて悪かった……『何があっても君を助けてあげる!困った事があったら駆け付ける!』、白百合と一緒に約束したのに……ずっと忘れていてすまなかった。でも、」
「黙れ」
プラチナの声がそれを遮った。
「……オニキスは、我が殺した」
それだけを告げ、プラチナは扉に消えた。
扉が閉まり、微動だにしないプラチナにアメジストは声をかけた。
「……申し訳ありませんでした。この罰は、いくらでも受ける所存です」
そんな言葉を望んでいたんじゃないのに。
プラチナは何も言わず、力任せにアメジストを殴るとそのまま螺旋階段を早足で駆けていった。
何時の間にかスギライトの姿が消えている事に舌打ちしながらも、アレキサンドライトが発した言葉が信じられず、アイオライトは思わず尋ねた。
「本当に、奴がオニキスなのか?」
「……わからない。けど、そんな気がしたんだ」
確信はなかった。
ただ、あの日見た黒曜石のような瞳が、同じ色をしていたような気がした。
アレキサンドライトはアイオライトに向き直る。
「ありがとう。お前のおかげで助かった」
「礼などいらん。それより、その黒い軍服をどうにかしろ。目障りなのだよ」
耳を赤くするアイオライトの隣、ルーベライトに歩み寄る。
何を言えばいいか躊躇ってしまったが、迷った末、アレキサンドライトは柔らかな笑みを浮かべ言った。
「……帰ろうか」
「……はい」
久方ぶりに見たアレキサンドライトの笑顔に、ルーベライトは深く頷いた。




